とある午後の風景

 王は王子に王位を譲るつもりでいる。

 これは家臣たちが考えるのを先送りにしている問題でもある。

 なんとしてでも王子が王位に就くことは避けたかった。

 だが、他に王位を継げるような王族もいない。

 二人でやっと一人前たる双子の姫たちでは力不足だ。

 そもそも基本的に女は王位を継げない。

 決定的な解決策が見つからず――とは言え、王はまだまだ健在だ。

 すぐに王子の王位継承の日が来るとは思えなかった。

 故に家臣たちはまだ真剣に考えようとはしていない。

 しかし先に述べた通り、王は王子に王位を譲るつもりでいる。

 手始めに王子に王政の在り方を自ら教えたり、仕事場に呼んだりした。

 国を視察するときには家臣の中に紛れさせて連れて行ったりもしていた。

 次の王を育てようと懸命な王の様子に、民や家臣たちは感心していた。

 けれど知られていないことも沢山ある。

 例えば王が王子を執務室へ秘密裏に呼び出すことが多々あるということ。

 王が執務室で仕事をしている午後は、三時まで誰も立ち入らない。

 王の集中を切らさぬようにとの配慮だ。

 王は部屋の一番奥に設置されている大理石の机で仕事に当たっている。

 民から上がってきた声が纏められた報告書を読む。

 問題が無ければ印やサインを施す。

 王が座る、どっしりとした椅子の横には小振りな椅子が置かれている。

 これは王子が王から学ぶときに使用されるための椅子だ。

 毎回出し入れをしなくていいように常設されている。

 今現在、椅子に座る王子の姿は無い。

 だが不在というわけではない。

 王子は床の上だ。

 王の右脚と左脚のあいだの床に直接座り込んでいる。

 王の股座へ身を乗り出す姿勢だ。

 王の衣服は下穿きの一部だけが寛げられている。

 そこから取り出された王自身は天を仰いでいて。

 王子はそれを唇と舌を使って丹念に愛撫し続けている。

 表からは立派な机が王子の姿をすっかり覆い隠してしまう。

 部屋の正面からは王がひとりで仕事を黙々とこなしているようにしか見えない。

 王の背後には床から天井まで続く大きな窓がある。

 部屋は城の上部に位置しているので、外から誰かに覗かれる心配は無い。

 だが、鳥だけは別だ。

 外に植わる高木の枝から好きなだけ部屋の様子を覗くことができる。

 悪魔は白日の元で堂々と行われている痴態を眺めていた。

 あれが『愛』なのかどうかを考えてみる。

 王子は長いことああして、決して楽とは言えない姿勢で口淫を続けている。

 きっと王が上り詰めないように加減をさせられてさえいるのだろう。

 王は達するためではなく、行為を続けさせることに意味を持たせているのだ。

 悪魔にとって、それはさほど珍しい光景ではい。

 あれは玩具にした人間相手に自分たちがよく強いる行為だ。

 ただ愉虐するためだけに行っている。

 だからあれが『愛』だとは到底思えなかった。

 それとも人間のあいだではあれも『愛』に含まれるのだろうか。

 そろそろ目の前の光景に飽きてきた。

 そう悪魔が思ったとき、部屋の様子が変わった。

 女中がひとり、入室して来たのだ。

 その物音に、王子の動きが一瞬止まった。

 王は右足を僅かに揺すり、王子に指示を出した。

 続けろ、と。

 机の傍にまで女中は進み、やがて、

「アフタヌーンティーです」

そう告げてソーサーに乗るティーカップを卓上に置いた。

 カチャリ、と音が響く。

 王子は物音にびくりと肩を震わせた。

 だが、それでも音を立てないやり方に替えて奉仕のほうは続けている。

 悪魔は見逃さなかった。

 王が女中と言葉を交わしているあいだに、自身をますます猛らせていく様を。

『変態め』

 悪魔ですら胸が悪くなるのを覚えた。

 女中は午後三時に必ず茶と菓子を持ってやって来る。

 それを分かっていて、王は二時半頃には王子を呼び出して行為を強いる。

 そして三時を過ぎるまで床に縫いつける。

 王はその状況に興奮しているのだ。

 女中が去る頃に、王の限界は訪れる。

 王子は心得ているらしく、喉の奥まで王を呑み込む。

 それから少しあとに、萎えた王を解放する。

 王子はごくりと一度、大きく喉を鳴らす。

 全てを終えた王子はゆっくりと顔を上げ、それからこちらを向いた。

 窓の外の木の枝まで目線を飛ばし、そこにいる悪魔をしっかり見据えて。

 悪魔は王子と視線が交わって思わず息を飲む。

 王子の顔は酷く虚ろだった。

 視線は交えども、その深紅の眼は何も写してはいなかった。

 悪魔は目眩を覚えた。

 あれを王子に行うのは自分だ。

 そんなふうには全く思わなかった。

 寧ろ大事な宝物を手酷く汚されたような、そんな気分でいっぱいだった。

 悪魔は初めて嫉妬ではなく、憤りを覚えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る