EP47 自覚した想い



「カディル様!?」


医師のレオンはカディルがいることに驚き、汗で濡れた前髪をかき上げた。


「フィラは!」


真剣な表情で見つめるカディルにレオンは頷いた。


「大丈夫です。命に別状はありません」


「……ああ、良かった」


カディルは心底ホッとしたように息をついた。しかしレオンの顔は曇っていた。それに気づいたカディルは不安げに眉を寄せた。


「レオン?」


「ーー傷が深いので跡が残るかもしれません。それに……心の傷が心配です」


「傷跡と心の傷……そうですか……。彼女の意識はあるのですか?」


レオンは首を横に振った。


「いいえ。まだ麻酔から覚めておりません。けれどオペ中もずっとうわ言を言っては苦しげに涙を流されていて」


「どんなことを言っていたのですか」


「たしか、お兄様ーーと」


「……そうですか……。彼女に会えますか?」


「ええ。でも眠っていらっしゃるのでお静かにお願いします」


室内に通されたカディルはレオンの後を付いていく。治療台に立つ看護師が大量の血がついたガーゼを片付けていた。

カディルは辛そうに目を瞑った。


「こちらですよ、カディル様」


レオンが立ち止まった先にはベッドに寝かされたフィラがいた。一礼して立ち去るレオンに「ありがとう」と声をかけてカディルはそっとフィラの枕元に近づいた。


うすいガウンの隙間から肩に巻かれた包帯が見える。顔や首にも青アザが数カ所あった。とても痛々しい姿だった。


「ーーーー頑張ったんですねぇ……」


カディルは静かに椅子に座り、ベッドに肘をついて顔を覆った。これでは数ヶ月前この屋敷に堕ちてきた時と同じではないか。

やっと傷も治り元気を取り戻したというのに。


(王子にフィラのことを任されていたというのに私は……)


もっとフィラの側にいれば良かった。

もっと注意深く物事を考えていれば避けられたかもしれないのに!


(まさかフィラの兄が堕天使になって魔族に召喚されていたなんて)


思いもよらなかった。


「お兄……様……」


「!フィラ……ッ」


フィラの声にカディルは顔を上げた。しかし彼女は眠っている。一筋の涙が頬を伝った。


「フィラ……」


苦しげにカディルは呟いた。そっと涙を拭ってやる。

兄に殺されそうになったのだ。傷つかないはずがない。彼女の心の傷を思うとカディルはいたたまれなかった。


(しかも狙いは彼女の心臓……もしそれを阻止できても、このままではあと数年で死んでしまう……)


フィラにかせられた十字架はあまりに残酷な現実だった。


『ルドラ王子の王位継承の野望』


『ヴィクトーの身体の再生』


『バルバトスの対価の要求』


『ベリアルの天界への帰還と皇位継承の野望』


その全てが彼女の命と引き換えに叶えられるという。フィラの心臓がえぐり出されて血だらけの屍となったフィラの姿が脳裏をよぎる。


「…………っ!」


カディルはその想像を頭から消し去るようにかぶりをふるった。握った拳は怒りに震えている。


(そんなことは絶対にさせない……!)


しかし。

燃えるような怒りの中でカディルは自分自身に違和感を覚えずにいられなかった。


先程アレクスに言われた言葉が蘇る。


『最近のフィラに対するお前の行動は度が行き過ぎている』


『まだ間に合うのなら戻れ。フィラを守りきれなかった時、自らも滅んでしまうぞ』


カディルは神妙な顔つきで顎に手を当てた。


(改めて考えてみると私はこんな性格だっただろうか!?)


絶対的平和主義を主張してきたカディルだ。争いなんてないほうが絶対に良いし、毎晩自慢の望遠鏡で星空を眺めることができればそれで良かった。

人は尊きもので自ら傷つけることは絶対ないと思ってきた。


(それなのにさっき私はベリアルを……)


小刻みに震える両手を見つめるカディルの顔色は青白かった。ベリアルの襟元を掴んで締め上げた感触が手に残っている。


「ーー……」


たしかに最近の自分は変わったかもしれない。しかしなぜーー……。


「!」


カディルはハッとフィラを見つめた。

そうだ。フィラが関わると自分の行動に歯止めが効かなくなっているのではないか?


(しかしなぜ?)


カディルは自らの胸に手を当てた。

ここに、何か違和感があるのだが。


でも、ひとつだけ確かなことならある。

カディルは切なげに囁いた。


「あなたを失うわけにはいかないんですよ……あなたのいない未来なんて想像もできないのです」


そっとフィラの寝顔を見つめる。

出会って数ヶ月経つうちに、いつの間にかフィラがこんなにも大切になっていたなんて。


(ああ……これがそうなんですか……)


妹でも、保護者でもない。

これが自分の真実の感情だとやっと気がついた。


(私はあなたを……)


カディルは眠るフィラの手にそっと手を重ねた。











王宮に戻ったアレクスは早速リッカルド王子との謁見を申し立てた。

運良くすぐに謁見が叶い、二人は大広間で向かい合っていた。他の者はそれぞれの仕事に向かい不在だ。


リッカルド王子はアレクスからカディルの屋敷で起きた事件の事の次第を事細かに報告を受けて苦々しく顔を歪めていた。


「なんということだ!フィラの心臓を喰らうだと!?」


玉座の肘掛をダン!と拳で強く打ち、ワナワナと怒りに震えている。

アレクスは黙ってその姿を見つめていた。

リッカルド王子が怒り狂うのは想定内なので驚きはしない。


「きちがい野郎どもが!それで?フィラの容体はどうなのだ!?」


「それはカディルから連絡が入る予定です」


「うーむ……」


リッカルドがイライラと立ち上がった。


「気になる!私が今から直接出向くぞ!」


さすがにアレクスも驚いて静止した。


「お待ちください王子!そう焦らずとも連絡は近々来るはずですから。とにかくお座りくださ……」


「うるさいぞアレクス!私は行く!」


アレクスはやれやれと額に手を当てた。何故こうもフィラが関わると目の色が変わる男が増えるのだ。リッカルド王子も兄であるルドラ王子に命を狙われている身だというのに……。


「お前のほうがうるさいんだよ」


ドンドンと足で蹴ったようなノックの後で大広間のドアが開かれた。

現れたアイシャの開口一番がその台詞である。リッカルド王子は口を開けたまま黙った。


「水晶球を持ち歩いているとお前のわめき声が頭に響いてかなわん。もう少し王子として冷静沈着にできないもんかのぅ」


「アイシャ。水晶球からこの部屋での会話が外に漏れたということか」


アレクスがアイシャに厳しい目を向けた。


「まさか。水晶球からの映像も音声も持ち主しか受信できん」


自慢げにボーリング玉サイズの美しい水晶球を見せびらかしてアイシャは玉座のそばにある小さなテーブルに水晶球を乗せた。


「フィラの様子が見たいなら見せてやっても良いぞ」


「見れるのか!?」


リッカルド王子は期待に声を弾ませた。

アイシャはフフフと得意げに笑うと銭マークを指で作った。


「まいどあり、旦那!」

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