EP47 恋とは



カディルとアレクスは階下に降り急ぎ足で医務室に向かった。医務室の扉の前にはロランが佇んでいる。

カディルは声をかけた。


「ロラン、フィラの容体はどうですか!」


「カディル様」


ハッと顔を上げてロランが足早にカディルに駆け寄った。


「フィラ様は肩の傷が深いということで今は手術中です」


「そうですか……」


心配そうに医務室の扉を見て呟くカディルにロランは深く頭を下げた。


「本当に申し訳ありませんでした。フィラ様のことを任されていたにも関わらずこのようなことになってしまいまして」


心底悔やんでいる様子のロランを見つめてカディルはロランの肩にそっと手を置いた。


「あなたが悔やむことではありません。私の配慮が足りなかったのです……」


「ロラン。カディルの言う通りだ。我々の目測が誤っていたのだ」


「アレクス様。しかし……」


「いいんですよ。今は何よりフィラの無事を祈ろうじゃないですか。あとね、ノエルがフィラの部屋で眠っていますから後をお願いしますよ」


「ノエルが?」


ノエルはフィラの侍女の一人だ。街に買い物に出た隙を狙われてベリアルに体を操られていたのだ。


「ノエルにも罪の意識を持たせぬように。お願いしますよ」


ロランは改めて深々と頭を下げた。


「かしこまりました」


踵を返して立ち去るロランの背中を見つめてカディルは深いため息をついた。


「フィラの容体が気になりますね」


「そうだな。かなりの重傷だからな」


「傷……」


カディルはソファに腰掛けて思い詰めるように頭を抱えた。ロランには見せなかった姿だ。


「なぁ、カディル」


隣に腰掛けたアレクスが改まった口調でカディルにたずねた。


「お前は実のところフィラをどう思っているんだ」


「ーー……はぁ。あなたからそんな話題を振られるとは思いも及びませんでしたよ」


少し呆れ顔のカディルにアレクスはフンと横を向いた。


「少し気になっただけだ」


「うーん、そうですねぇ。先程ベリアルに言ったのと同じですよ。フィラに特別な感情はありません。妹のようで可愛らしいですけどね」


「ほお。お前は誰かに恋情を抱いたことがあるのだな」


カディルはキョトンとした。


「いいえ、全くないですが。それがなにか?」


「恋をしたことがないのに何故お前はそうも言い切れるのだ」


「ーーーー……はぁ。経験がないから、ですかねぇ。すると、あなたはあるのですか?」


「ない」


「あ、はぁ。そうですか」


キッパリ言い切ったアレクスにカディルはいささか戸惑いながら前を向いた。

侍女やベリアル、そしてアレクス。なぜみんなして同じようなことを言うのか。

そもそも今はそんなことを考えている場合ではないだろうに。


「ならばひとつ忠告しておこう」


アレクスの言葉にカディルは再び顔を上げた。


「忠告、ですか?」


「ああ。お前がフィラに対して特別な想いがないなら良い。だが最近のフィラに対するお前の行動は度が行き過ぎている」


カディルは驚いて目を見開いた。


「そんなことはないですよ。たしかに保護者のような気持ちはありますが……」


「保護者?」


アレクスは皮肉ぽく笑った。カディルの胸に何故か後ろめたい思いが広がった。


「ベリアルの言葉を聞いて俺も気づいた。最近のお前の違和感の正体に」


「何を言ってるのか私には分かりません」


戸惑って目が泳ぐカディルにアレクスはため息をつくと、立ち上がってカディルを見下ろした。腕を組んで立つその顔は厳しく複雑な色が浮かんでいる。


「アレクス?」


「まだ間に合うのなら戻れ。フィラを守りきれなかった時、自らも滅んでしまうぞ」


「ーーーーえ」


アレクスはカディルに背を向けて歩き出した。


「アレクス!?」


「王宮に戻って王子に報告してくる。フィラの容体が分かり次第連絡をよこしてくれ」


「ーーーーああ……」


そうだ。王子に報告をしなければ。それすらも頭から抜けていた。

去っていくアレクスの後ろ姿を見つめながらカディルは放心した。


「間に合うなら戻れって、一体どこに……?」


その時、医務室の扉が開かれた。


「!」


中から現れたお抱え医師のレオンにカディルは駆け寄った。


「フィラの容体はいかがですか!?」

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