EP22 魔族



「魔導師ヴィクトーが、生きていた…?しかも兄が何かを企んでいるだと?」


リッカルドは動揺を隠しきれず顔を歪めた。


カディルとアイシャは王宮に戻るとすぐリッカルド王子への謁見の手配とディユ全員を人目につきにくい部屋に呼び出した。


「ルドラ王子が、王位を狙うのは当然かもしれないけど…ヴィクトーが生きていたなんて…本当なのかい?」


半信半疑な表情を浮かべるのは銀髪の玄武使いだ。テーブルに寄りかかって腕組みをしている。

アイシャは不満げに目をつり上げた。


「俺を信じられないのか、ランベール。ナギが目撃したというのだぞ!」


「うーん…。でも、猫でしょう?」


リアムも今ひとつ信じきれない様子だ。


「猫だからなんだ!?」


「いっててぇ!やめてアイシャ〜!」


イラついたアイシャに金の髪を鷲掴みされてわめくリアムをカディルが「ああ、アイシャ、ダメですよ」と慌てて助けに向かった。

アレクスは無言でその様子を見つめながら考え事をしていた。


そういえば、以前カディルと謁見の間に向かう途中で悪意のある視線を感じた。

気のせいだと思って忘れていたが、今思うとあの日の謁見で、あの黒猫がカディルに譲られたのだった。

その数日後にフィラが襲われた。


タイミング的には合うーー。


「どうしました?アレクス」


カディルはアイシャをリアムから引き剝がしながら、アレクスの険しい表情に気づいた。


「ああ…、少し、気になることがある」


「はぁ、どんなことです?」


「カディルは覚えているか?あの日ーー」


アレクスは皆にあの日のことを語った。

カディルは記憶を辿り思い出すと、何度もうなずいて手を打った。


「ああ、ああ。そういえばそんなことがありましたねぇ」


「じゃあ、その視線がヴィクトーだったのかな?」


リアムがアレクスに聞くと、アレクスは少し悩んだ。


「いや、違うな…。ヴィクトーなら会ったことがあるから、気配で分かる。もちろん、ルドラ王子でもない」


「じゃあ…アレクスの知らない人ってこと…?」


「ああ。そうだろうな」


「そんな…。なんだか気持ち悪いな、王宮にそんな悪意を持った人が入り込んでいたなんて」


「ーーーーー…」


リアムが悲しげに呟くと全員が黙り込んだ。


今までも王宮内で事件がなかったわけではない。

王宮は、人口40億人を超す巨大国家の核だ。

様々な役職に付く者達の中で権力争いが起きることもあるのだ。


しかし王位継承については今まで表立った問題は起きていなかった。

なぜなら王位を継承できるのは『白龍を召喚できる器を持つ者』と決まっているからだ。


リッカルドは四人兄妹だ。

兄が二人と妹が一人。

妹はともかく、二人の兄がリッカルドを妬ましく思っていたのは間違いないだろう。

しかし白龍の器となる素質をリッカルドが持っている限り、たとえ兄といえども王位継承の権利を奪うことなど出来ないのだ。


しかし長兄のルドラが黒魔道士のヴィクトーと手を組んでまで成し遂げたいことがあるとすれば…やはり『王位継承』しか考えられない。


「しかし、なぜフィラに危害を加えるのだ…?」


リッカルドは困惑していた。


兄が自分に危害を与えるなら、分かる。

しかし、フィラは最近時空の亀裂から落ちてきた天界人である。

この国の権力争いに関わっているとは、到底思えない。


アイシャは組んでいる足を組み替えた。


「ヴィクトーが、魔族を召喚した可能性があるんだ。なんとかその正体をつきとめたい」




その時だった。





「それは我のことか?」


「!」


突然、背後から何者かの声が発せられた。

瞬時に空気が張り詰め、緊張が走った。

弾かれたように全員が声の主を振り返る。


アレクスは素早くリッカルドの前に立ちはだかり、剣を抜いた。


「お下がりください!リッカルド様っ」


カディルはアイシャを背中に隠して庇った。元は男だと言っても、今は少女だ。

アイシャは意表を突かれて一瞬悔しそうな表情を浮かべたけれど、今はそれどころではない。


「何者だ?」


警戒をあらわにしたリアムがたずねる。

濃紫色のうねりのある髪の男が気味の悪い笑みを浮かべて立っている。

長い前髪から見える切れ長の赤い瞳が怪しく光り、背中には、闇のように黒く艶やかな翼を有している。


「そんなに驚くな。先ほどから居たというのに」


「…!?」


リアムは耳を疑った。


「黒い翼……魔族か?」


ランベールがたずねる。

男はさらにニヤリと笑った。

その不敵な笑みに誰もが緊張を強いられた。

なぜなら、彼から並々ならぬ魔力が溢れ出しているからだ。

ビリビリと痺れるような感覚を、全員が感じていた。


「いかにも。我は魔族だ。しかし、だからなんだ?お前たちが我に用があるようだから声をかけただけではないか」


「ーーーーー…!!」


余裕のある笑みをたたえた男は、まるでか弱い小鳥を見るようにカディル達を見つめている。


(これはマズイぞ…)


アイシャは想定外の展開に焦りを感じていた。

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