EP23 魔族バルバトス



突然現れた魔族に誰もが警戒する中、微塵も動じる様子なく、アレクスは男に剣を向けたまま睨みつけた。


「リッカルド王子の御前であるぞ、名を名乗れ!」


男はクックッと笑いを噛み締めた。


「これは失礼ーー。我は72人の魔神の1人、バルバトス。貴殿がこの国の第一位後継者、リッカルド王子か」


バルバトスと名乗った男は、冷めた目でリッカルドを見つめた。

リッカルドも真っ直ぐにそれを受け止めた。


「いかにも。私がリッカルドだ。そなた、誰に呼ばれて来た?」


「ーーさぁ。契約者の名を明かさぬ約束を交わしている。知りたくば自分で調べるが良い」


(契約者だと)


リッカルドはかすかに眉をひそめた。

やはり、この男はすでに誰かと契約を交わしている。


「…目的はなんだ?」


さらに問うリッカルドにバルバトスは怪しい笑みで応える。


(話す気はないーーか)


少し落ち着いて来たカディルは冷静な目で男を観察した。

男から戦意は感じない。どうやら今こちらに危害を加える気はないようだ。

むしろ、目的もないようにさえ見える。


ーー脅しなのか?

強力な魔力を見せつけて、こちらの戦意を喪失させるのが目的なのか。

フィラを狙ってみせたのもリッカルドへの脅迫なのか?


(しかし、それにしては)


カディルは違和感を感じた。

ダラリと椅子に腰掛けて羽織った黒いローブの紐をグルグル回しているこの男には、何か欠けている。


「!」


そうだ。

カディルはある結論にたどり着いた。


この男には、契約者に対する『忠誠』が感じられないのだ。


契約を交わしている以上、契約者の願いを叶えるために行動はするだろう。

けれどこの男にとって、それは『見返り』をもらうためだけの『仕事』であって、興味がないのだ。


単純に楽しんでいる。

目的もなく、ただ暇を潰している。


カディルはそう感じた。

そして、ある思いが確信に変わっていく。


「あなたの契約者は、あなたがここにいることをご存知なんですか?」


カディルは静かにたずねた。


男はカディルを見つめると、暇そうにローブの紐をいじった。


「さあ、知らぬ。私は契約者の願いを叶えるが、あやつの犬になった覚えはない。我はルシファー様の命令しか聞かぬ」


ルシファー


魔族の長だ。そのくらいはカディルでも知っていた。今の今まで実在するとは知らなかったけれど。


「だったら、何をしに来たんだよ!」


「先ほども申しただろう。我のことを話していたので顔を出しただけだ」


バルバトスは何かを思い出したように優雅に視線を流した。


「そういえば、ここの使用人達に護りを与えたな。霊力が強いだけの鉱物を、あれほどまでに強力な守護石に変えるとは、ずいぶん力のある魔導師がそちらについているようだな」


男の視線はアイシャに注がれた。


「ほぅ。お前か。大した力だ…」


「ありがとよ。でも俺の力はこんなもんじゃねぇぞ」


「ふ…、そなたの力を持ってしても、その身に巣食う呪いは解けないのだな」


「ーー!!」


「我ならその呪いを解けるぞ…見返りと引き換えにな…」


「…っいらねぇよ!ちくしょうが!」


「アイシャ、やめなさい」


カディルがアイシャの前に手を出して遮った。「……!」悔しそうにバルバトスをアイシャが睨みつける。


バルバトスはニヤリと笑うとゆらりと立ち上がった。


「さて、戻るとしようか…一興であったぞ。次も存分に楽しませてくれ」


そう言い残すと、黒い霧のようにバルバトスの体が形を歪め、やがて消え去った。

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