第4話

 洞窟の行き止まりで、白い何かが蠢いている。

 大きすぎてわかりにくいが、どうやらそれは蟻のような昆虫だった。


「うわ。でかっ!」

「ニルマ様……不用意に声を出さないでくださいよ……」

「あ、大丈夫です。彼らは視覚と聴覚は鈍いのでかなり近づかないと気付かれることはありませんし、こちらから手出ししない限り攻撃してきませんから」


 ニルマたちは、少し離れたところから様子を見ていた。

 セシリアが言うように蟻はニルマたちにはまるで気付いておらず、黙々と洞窟の壁を囓っている。


「見ていただいたらわかりますように、この洞窟を広げているのはワーカーと呼ばれる巨大蟻です」

「ふむふむ。じゃあ、このモルタルっぽいのもあいつらが?」

「はい。壁に塗られているのはワーカーの分泌物ですね。洞窟が崩れないように補強しているんです」

「では、壁に埋められている光る石もあの虫が?」


 ザマーが聞いた。


「そうです。あれも分泌物を固めたものですね。一度設置されると結構な時間、輝きを放ちます」


 ニルマはこの洞窟がなんなのかを少し理解できた。

 そうすると次の疑問が湧いてくる。


「こいつらなんでこんなことしてんの?」

「そうですね。視覚に頼らないなら光源など必要ないですし」

「簡単に言いますと、ここは侵略のための橋頭堡なんです」

「侵略って、されてる方?」

「はい。この世界は緩やかに滅亡に向かって進んでいるんです」

「おう……そのパターンは想定してなかったなー」


 起きたらまた滅びかけている。

 これはニルマにとって予想外の展開だった。

 完全に滅びているか、復興を遂げているかの二つぐらいしか想像していなかったのだ。


「あ、もちろん我々も座して滅亡を待っているわけではありません。こんなところにやってくるのも滅亡に抗うための一環というわけでして」

「そう。それも疑問だった。セシリアとかチンピラとかはなんでこんなところに?」

「そうですね。まずはあらましを説明いたしますと」


 いつの頃からかは定かではないが、異世界から侵略者がやってくるようになった。

 侵略者は、ポータルというこの世界への出入り口を作り、そこから現れるのだ。

 このポータルは山奥や洞窟や遺跡などの人が寄りつかない場所を選んで出現する。

 そこから現れる侵略者は大別すると二種類。ワーカーとソルジャーだ。

 ワーカーはポータルの周辺環境を改変し、ポータルを中心に要塞を作りあげる。

 ソルジャーは戦闘要員としてやってきて、この世界の環境に順応するために待機する。

 ソルジャーが一定の数に達し、環境に順応できれば侵攻を開始し、周辺の人類を殲滅していくのだ。


「異世界って地獄のこと?」


 異世界からの侵略者と聞いて、ニルマは地獄からやってくる悪魔のことを思い浮かべた。


「どうなのでしょう。異世界がなんなのかはよくわかっていないんです」


 ポータルは人類には扱えず、異世界に行った者はいないとのことだった。


「侵略についての簡単な説明は以上です。次に人類の対応なのですが」


 当然人類も手をこまねいているわけではない。

 ポータルは辺鄙な場所に現れるため、世界中で探索が行われることになった。

 ポータルを中心に要塞化した侵略拠点をダンジョン。

 ポータルの探索と破壊を任務とする者たちは冒険者と呼ばれるようになった。


「うーん。こう言っちゃなんだけど、セシリアは冒険者ってやつには向いてないんじゃない?」


 見た目や雰囲気で相手の強さを図るのは三流のやることであり、実際に戦うしか知る術はないとニルマは思っている。

 だが、同じマズルカ教徒であればある程度の推測はできた。

 セシリアはマズルカの神官としてはありえないぐらいに弱い。

 一般信徒程度の力しかなさそうで、五千年前であれば神官を名乗ることはできなかったはずだ。


「はい。その自覚はあるのですが、国民には冒険者となる義務がありまして」

「義務? 国民皆兵ってやつ!?」

「はい。ポータルがどこに発生するかわからないため、誰でも対処ができるようになる必要があるんです」

「なるほどねぇ。でも今の話からすると、セシリアを襲ってたのは冒険者仲間ってこと?」


 世界を脅かす侵略者がやってくるのなら、その討伐は最優先事項だろう。

 なのに敵の懐にまでやってきて、仲間内で争っているなどニルマには意味がよくわからなかった。


「はい。中級パーティに入れてもらって、ポータルの破壊に来たのですが……」

「こんなとこによく知らない奴とくるのもどうかと思うよ? ここでのことは闇から闇に葬られるわけでしょ?」

「そうですよね……」

「じゃあ、次はソルジャーとポータルか。それ見せてよ」

「え?」


 セシリアが呆気にとられた顔になった。


「どうしたの?」

「その、この人数でここより下には行けないかと……このまま帰ろうかと思っていたのですが」

「でも、ポータルを壊さないとまずいんでしょ?」

「それはそうなんですが、一刻を争うというほどでも」


 セシリアは及び腰になっていた。


「さっきの五人と合わせて六人か。それでポータルまで行って壊すつもりだったんでしょ? だったら大丈夫でしょ。私、あいつらまとめたより強いんだから」

「で、ですが神官二人に子供が一人なんですよ?」

「大丈夫だって。ね? 行けるとこまで行ってみよ?  無理そうだったら引き返せばいいからさ」


 ニルマはセシリアに微笑みかけた。

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