第3話
敵を文字通り粉砕し、洞窟の壁に激突して地面に落ちていたザマーが立ち上がった。
目覚まし時計である彼はとにかく頑丈にできている。この程度で壊れることはないとニルマは確信していた。
「一つ、いいですかね?」
戻って来たザマーが聞いた。
「なに?」
「投げつけたのは、まあいいでしょう」
「いいんだ」
文句の一つも言われるかとニルマは思っていた。
「同門の少女でしたか。その彼女がニルマ様の手の中にいることから推察するとですね。ニルマ様が僕を投げたあと、僕が着弾するよりも早く少女の元に辿り着いて確保し、わざわざ元の位置に戻ったということになるのですが」
ニルマはマズルカ教の神官らしき少女を腕に抱えていた。
ほぼザマーの推察通りだった。
「だね」
「つまり、僕がぶつかるまでの一瞬の間に、彼女を安全に運ぶことができたんですね」
「その手の修業は散々やったからねぇ。卵を割らないとか、水をこぼさないとか」
それらの修行に比べれば、人を壊さずに素早く運ぶなど造作もないことだった。
「そんな芸当ができるならニルマ様があいつらを直接殴ればよかったんじゃないですかね!?」
「投げつけたのはまあいいって、言ったじゃん」
「それは意味があればのことですよ! なんで意味もなく投げられなきゃならないんですか!」
「意味は……こんな程度の奴らで私の手を汚したくなかった?」
「それ今考えてますよね?」
「強いて言うなら投げやすかった?」
「もういいです。それよりもその人をどうにかした方がいいのでは?」
ザマーが神官の少女を指差した。
それもそうかとニルマは少女を下ろした。
少女は足に力が入らないのか、ぺたりと座り込んだ。
「大丈夫?」
「え? あの、何がどうなって……」
混乱しているようだった。
確かに彼女からすればわけのわからない状況だろう。
「とりあえず自己紹介ね。私はニルマ。こっちの小さいのがザマー」
「あ、はい。私はセシリアと申します。その、危ないところを助けていただき……助けていただいたんですよね?」
「うん。純粋な善意からの人助けだから気にしないで」
「わざわざ言うとすごくうさんくさいですね。それでニルマ様。今からご自身の状況について説明されようとしていますか?」
「うん。とりあえず私が何者かとかね」
「おそらく、ありのままを伝えても理解していただけないかと思います」
「うーん。そう言われればそうか。けど、ごまかすのも面倒くさいし、一応正直に言ってみるよ」
ニルマは、現状をそのまま伝えることにした。
起きてから今までの話なので、そう時間もかからなかった。
「五千年寝ていたら、この洞窟にいたということですか」
セシリアは半信半疑という様子だった。
「そう。だからここがどこなのかとかさっぱりわかんないし、寝てる間に世界がどうなったのかとか全然わからないわけなのよ」
「五千年……ということは五千歳をこえておられるということですか?」
「おお! 言われてみるとたしかにその通りなんだけど五千歳って嫌な響きだな!」
「正確には五千二百三十五歳ですね」
ザマーが補足した。
「正確に言う必要あったかな!?」
年齢などどうでもいいはずだが、ニルマも女として多少は気になるのだった。
「その。確かに聖典に登場するような大昔の方々は長命であったと聞いてはいるのですが」
「鍛えてるとね、ある程度の段階で歳はとらなくなるもんなのよ」
「この人、当たり前のように言ってますけど普通はそこまで至れませんからね」
「ですよね……」
「まあとにかくさ。同門のよしみでいろいろ教えてほしいなって思うんだけど、駄目かな?」
「それは構いませんが、ニルマさんもマズルカ教徒なのですか?」
「聖女ニルマって知らない?」
「聖女のニルマ様……聖典には一通り目を通しておりますが……」
「なるほど。後世に名が残るほどではなかったということですね」
「ザマー。なんで嬉しそうなの」
ニルマは自己顕示欲があるほうではない。
なので名が残っていなくとも残念には思わなかったが、まったく残っていないのも不思議な話だった。
五千年前の時点では、聖女ニルマの名は世界中に知られたものだったのだ。
「まあ、五千年だからねぇ。さすがに忘れられてても仕方ないか」
「いえ。そもそも聖典は今から千年前に神の御子であるエデル様が現れたあたりからの記述しかないのです」
なので、ニルマのことが聖典に載っていないのは当然とのことだった。
「ま、聖女だとかは証明できないことだしどうでもいいや。ところで、あれって大丈夫だと思う?」
ニルマは粉砕されたチンピラどもを指さした。
個人特定ができなほどに、ぐちゃぐちゃになっている。
敵は殺すものだと思っているニルマだし、マズルカ教に喧嘩を売ればこうなるのは当たり前なのだが、それは五千年前の常識だ。
「その、亡くなられたことは大変お気の毒に思いますが、ダンジョン内に外の法は適用されませんので……」
ここで何があろうとおとがめなしということだった。
「よくそんなとこに、のこのこやってきたね?」
「そうですね。今は軽率だったと恥じ入るばかりです」
「で、ここってなんなの? ダンジョンって?」
奇妙な場所だとニルマは思っていた。
複雑に入りくんでいて、加工されているようだが、何のために存在しているのかがよくわからなかったのだ。
「そうですね。とりあえず移動しましょうか。その方が説明しやすいかと思います」
ニルマたちは、セシリアについていくことにした。
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