ヤンデレとのキス

「なぁ、お前って俺のこと、好きだよな?」

「えっ…そりゃあ好きだけど」

 オレは幼馴染の笑顔に、不安が過ぎった。

 隣に住む一つ年上の幼馴染は、何かとオレのことを構いたがる。

 同じ高校に通うようになってからは、特に束縛が強くなったような気がした。

 いつでもオレの側にいるし、離れる時はメールを頻繁に寄越す。

 …こういうのって恋人にする束縛なんじゃないかって、最近思い始めてきたけれど。

「それって特別の好き?」

 オレを後ろから抱き締めながら、間近で眼を見つめてくる。

「とっ特別って…」

 聞かれて顔が赤くなってしまう。

「うん。好きな人って意味。俺以上に好きな人はいないよな?」

 口ではそう言うものの、否定することを許さない意思をヒシヒシと感じる…。

「…ちなみにいるって答えたら?」

「とりあえず消えてもらうかな?」

 …何から? それともどこから?

 恐ろしくて聞けない…。

「俺は自信があるんだ。お前のことを世界で一番大事に思っているし、大切にもしているだろう?」

 口調は柔らかいものの、はっ背後から暗くて冷たい空気を感じる…!

 しかも逃れられないように、オレを抱きしめる手に力が込められる。

「えっと…」

「お前のこと、一番見続けたのは俺だ。そうだろう?」

「たっ確かにそうだけど……」

「それに一番近くにもいる。違っていないよな?」

「うっうん…」

 怖くて顔が見れない…。

 コレっていわゆる…ヤンデレ?

「でもその…オレも男だし…」

「関係ないよ。まあ俺はお前が女でも愛せる自信あるけど」

 うっ…。ハッキリ言われた。

「お前も俺のこと、好きだよな?」

 …否定したら、オレが消される。

 血の気が頭のてっぺんから、つま先まで一気に下がった。

「えっと…うん、と。……うっうん、好き」

 震えながら言うと、それでも背後から感じる空気はあたたかな物になる。

「あっ、やっぱりそうだったんだ。分かっていたけど、改めて聞くと嬉しいなぁ」

 と嬉しそうに後ろから頬ずりしてくる。

「うっ…」

 けれど幼馴染の腕の中は心地よくて、こうやって触られるのも気持ちいい。

 けど幼馴染に抱いている感情が、恋愛なのかと言うと、…あんまり分からない。

「じゃあキスして」

「えっ?」

 突然の言葉に思わず顔を後ろに向けると、すぐ近くに幼馴染の顔があった。

「あっ…」

「俺のことが好きなんだろう? なら、キスできるよね?」

「うっ…」

 コレは絶対、疑われている。

 ただ怖くて言っただけだと、気付かれている。

「ほら」

 ぐいっと体を引かれ、顔が近くなる。

「…めっ眼を閉じろよ」

「ヤダ。お前のキスしてくれる顔を見ていたい」

 逃げ道無し。

 いや、逃げたら恐ろしい目に合わせられる!

 オレは覚悟を決めて、向き直った。

 そしてゆっくりと、キスをした。

「んっ…」

 すぐに離れたけれど、幼馴染は嬉しそうに微笑む。

「ふっ…。やっぱりお前って俺のこと、好きなんだ」

 喜びながら、優しく抱き締めてくる。

 オレは何だか釈然としなかったけれど…。

 でもキスは不思議とイヤじゃなかった。

 それはきっと…。

「ああ、お返しをしないとな」

 そう言ってオレの顔中にキスの雨を降らせる。

 …こうやって毎日、甘やかされるからだ。

 そして唇が、オレの唇に触れる。

 優しく熱く、強く―。

 幼馴染の思いが唇から伝わってくるようだ。

「―今度は正面から聞かせて? 俺のこと、好き?」

 否定なんて許さないクセに…。

「好き…だ」

「うん、俺も好き」

 間近で狂気に満ちた目で見つめられると、何も言えなくなってしまう。

 幼馴染はそんなオレを、力いっぱい抱き締める。

「やっぱり可愛いなぁ。小さい時から可愛かったけど、今はもっと可愛い」

 可愛いって…高校生の男に言うセリフじゃないと思うけど。

「…なぁ、いつからオレのこと、好きだったんだ?」

「そんなの出会ってすぐ。あんまり可愛いんで、将来絶対結婚するんだって思ってた」

 …あれ?

 確かオレと幼馴染が出会ったのは、オレが小学1年生の時。

 幼馴染は小学2年生だったから、その頃には同性同士では結婚できないことを知って…いなかったのか?

「でも日本ではムリだってことは知ってた。だから大学までは日本にいて、お前が卒業したら外国へ行こう」

 ……えっ?

 何か今、再び血の気が引く言葉を聞いたような…。

「もしかして…外国で結婚する気か?」

「もちろん。ああでもその後は向こうにいても良いし、日本に戻るのも良い。どうせ二人暮らしを始めるんだから、俺はどっちでも構わないから。お前に任せる」

 結婚の意思は聞いてくれないのかっ!

 でもきっと…イヤだなんて言えば、無事では済まされない。

「そっそう…」

 だから今は、幼馴染に身を任せるしかない。

 …やっぱりヤンデレって、厄介だ。


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