アイドルとのキス

 俺の通う学校には、アイドルが一人、いる。

 芸能界デビューしていて、かなりの人気を誇っている。

 彼は中性的な容姿と、天然な性格で人気急上昇中だった。

 俺は彼とは逆にハデではないもの、真面目に学校生活を送っていた。

 一年の頃から生徒会入りをしており、二年の今では会長になったぐらいだ。

 成績だって、勉強も運動もトップの中にいた。

 彼と同じクラスにこそなったことはないが、同級生として知名度と顔ぐらいは知っていた。

 向こうだって、俺のことはそんな程度しか知らない―はず、だった。

「あの…気持ち悪がらずに聞いてほしいんだけど…」

 誰もいない放課後の屋上、何故か彼に呼び出された。

「実はその…僕、キミのことが好きなんだ」

「………あぁ」

 俺は絞り出すような低い声しか出なかった。

「だから、ね。…付き合って、ほしいんだけど…どうかな?」

 気持ち悪いとかそう言う前に、聞かなくてはならないことがある。

「何で俺なんだ? 俺は別に面白い人間じゃないぞ?」

 自分でも分かるほど、ツマラナイ人間だ。

 勉強や運動も、出来たら良いという周囲の言葉から頑張っただけ。

 生徒会入りも、親戚から入っておいた方が後の進路に良いと言われたからだ。

 そもそも会長職なんて、ほとんど大きな雑用係と言ってもおかしくない。

 ウチの高校は生徒任せにしている部分が大きい為、その分、生徒会の仕事は半端無い。

 本当に忙しい時は、生徒会室に役員達は寝泊まりする程だ。

 それを淡々とこなせるのも、他にやることがないから。

 特に取り柄と言えるものもない。

 友達はいるが、親友や恋人も存在しない。

 だから生徒会に打ち込める。

 …そんな俺を、好きになる人間の気持ちが分からない。

「あっ、それはね。何でも一生懸命だから」

 しかし彼の口から出た言葉は、理解ができない。

「どこが?」

「運動も勉強も、生徒会の仕事も一生懸命にこなすでしょう? 普通の人なら音を上げて、止めていることだって、キミは頑張る。そういう姿を見てその…好きになったんだ」

「別にやりたくてやってたワケじゃない。他にすることがなかっただけの話しだ」

「それでもそういう姿、すごくカッコイイなって思ったんだ」

 そう語る彼の眼は、とても輝いて見える。

 尊敬する眼差しを向けられても…。

「…あっ、でもそういう感情は尊敬とか憧れなんじゃないかな?」

「えっと…僕も最初はそう思った。けど…その、キミとはもっと仲良くなりたいって思ったんだ」

「じゃあ友情。友達でも良いんじゃないか?」

「…それも考えた。でもキミが他の人を愛する姿、想像しただけで…イヤなんだ」

 彼は苦しそうに自分の胸元を押さえ、悲しそうな顔をする。

 キレイな顔でそういう表情をされると、俺まで胸が痛くなる。

「だから気持ちを伝えようって思ったんだ。やっぱり…ダメ?」

 潤んだ上目遣いで、見ないでほしい。

 自分の中で、何かがグラッ…と揺らいでしまう。

「だっだがお前なら、他にも良い人間がいるだろう? 何も俺なんかを選ばなくても…」

「僕はキミが良いんだ!」

 …いくら誰もいないと言っても、放課後の学校。

 あまり大声を出さないでほしい…。

「…だが仮に付き合うことになっても、お互い多忙で滅多に会えないだろう?」

 俺は生徒会の仕事が、彼はアイドルとしての仕事が忙しすぎる。

 普通の一般生徒ならまだしも、すれ違いもいいところだ。

「でっでも滅多に会えないことはないだろう?」

「クラスも違うのに…」

 今こうやって会えること自体、奇跡としか言い様がない。

「……やっぱり、イヤなんだ」

「イヤというより、俺を好きだということが信じられない。俺は自分を好きじゃないからな」

「そう、なの?」

「ああ」

 俺は眼を伏せる。

 彼は大きな眼を、更に見開いていた。

「俺はあまり自分の考えを持っていないんだ。だから周囲の意見に流されやすい。分かっているのに、現状維持をしているからタチも悪い」

 何せやっていることは良いことであって、悪いことではない。

 それが余計に、俺をつまらなくさせている。

「お前のように、自ら選んで進んでいるワケじゃない。付き合っても、お前が損するだけだ」

「そんなのっ…付き合ってみないと分からないじゃないか!」

「分かるから先に言っている。後悔するお前を見たくないし、傷ついてもほしくない」

 いつも見ている笑顔でいてほしい。

 俺のささやかな願いだ。

「僕は別に…甘い恋愛がしたいワケじゃないよ」

 震える声で、真っ直ぐに俺に話しかけてくる彼から、目が離せない。

「好きな人に、好きになってほしいだけ。それだけで苦しいのも辛いのも、受け入れられる!」

 …そういうものなのだろうか?

 誰かを愛したことのない俺には、分からない感情だ。

「分からないって、顔してるね。じゃあ教えてあげる!」

 そう言って顔を真っ赤にしながら、彼は近付いてくる。

「おっおい…」

 後ろに下がるも、すぐに腕を掴まれてしまう。

 そして背伸びした彼に、キスされた。

「っ!?」

 震える唇でキスされて、体が硬直する。

「…コレで分かった?」

「なっ何を、だ?」

 俺の声まで震えた。

「僕は今、キミにキスをした。もしかしたら殴られる可能性があったのに」

 アイドルの顔を殴れるわけないだろうに…。

 いくら俺が常識からズレていても、そのぐらいは分かっている。

「傷付く可能性があっても、僕は逃げない。そのぐらいの強さは持っているんだ」

 別に弱いとは思っていないが…俺の言い方にも問題はあったか。

「…分かった。じゃあ俺と付き合うのがどんなに大変か、経験させてやる」

「言ったね! 僕がどんなに強いか、教えてあげるよ」

 俺達は至近距離で、笑い合った。

 …ああ、笑うのなんていつぶりだろう?

 アイドル、しかも男と付き合うなんて大変そうだ。

 でも彼の強さと可愛らしさ、そして意外な男らしさに魅入ってしまった俺の負けだ。



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