金持ちとのキス

 とあるホテルの最上階の一室に呼び出された俺は、目の前の男を真っ直ぐに見た。

「―んで、話しって何?」

 目の前にいるのは、俺と同じ高校に通うクラスメート。

 ウチの学校はそこそこ良い所のお坊っちゃんが集まることで有名だ。

 俺の家は古くて大きいだけで、金や権力には固執しない。

 そのためか、口と態度が悪いことで有名だった。

 悪気は全くないのだが、思ったことをすぐに口に出してしまう。

 なので言われた相手が傷つくのも結構あることで、そういう時は素直に謝るようにしつけられた。

 ―が、何せ家族・親戚のほとんどが同じタイプな為、俺もなかなか態度も口の悪さが治らなかった。

 けれど目の前の男は、俺と同じぐらい態度も口もデカイ。

 …まあ種類は別だが。

「取り引きをしよう」

「はあ?」

 ヤツは懐から分厚い封筒を取り出し、目の前のテーブルに投げつけた。

 その衝撃で、封筒から札束が顔を出す。

「何の取り引き?」

 ざっと見ても多分百万はあるだろう。

 けれど俺の心は冷めたまま。

「百万用意した。足りない分は後から用意する」

「だから内容を言えって。説明がたりねーんだよ」

 僅かにイラダチながら言うと、ヤツには珍しく俯く。

 …こういう風に大人しくしていれば、そこそこ美青年なんだけどな。

 何せコイツの実家は世界を相手にしている大会社で、コイツも高校生ながらも会社を経営しているらしい。

 その月収はすでに普通のサラリーマンの年収をとうに越えている。

 そんなコイツが百万を出してまで、俺と何の取り引きをしようと言うのか。

「金をやるから…その……キ…」

「き?」

「キスさせろっ!」


 チーン…


 …アレ? 幻聴か? 何だか寺とかで良く聞くあの音が聞こえた気がしたが…。

「…とりあえず、理由を聞こうか。お前、具合でも悪いのか?」

「そんなワケないだろう? まあ確かに恋は病とも言うがな…」

 ああ、完璧に頭がおかしくなったんだな。

「じゃあ病院へ行け。お前なら良い医者を見つけて、早く治してもらえるから」

 なるべく顔を見ないように、視線をそらす。

「きっ貴様! 人が真面目に言っているのに、その言葉と態度は何だっ!」

「ウチの血筋は老若男女問わず、口と態度が悪いんだ。知ってんだろ?」

 俺はこんなんだから、しょっちゅうガラの悪い生徒達に眼を付けられる。

 コイツはそういう場面を見たことがあるはずなんだが…。

「だっだが素直で良いじゃないか。下手に媚を売るヤツらに比べたら、好感が持てる」

 …と頬を赤らめながら言われてもなぁ。

「んなこと言ったの、お前が始めてだ。どっか感覚、おかしーんじゃねーの?」

「何だとぉ!」

 黙っていれば美青年なのに、コイツはしゃべるとバカに見えるから不思議だ。

 だが学校の成績はトップだし、経営している会社も順調なのだから、頭の良し悪しじゃないんだな、うん。

 人格の問題だ。

「はあ~。あのなぁ、知らないかもしれないが、キスは好きなヤツとすることだ。何でただのクラスメートで、しかも同性の俺とキスしたいと思うんだ?」

 しかも俺は俺で、人格に難があると自覚している。

「そっそんなのボクに分かるか! ただ…貴様のことで、頭がいっぱいになるだけで…」

 …コイツ、マジで俺に惚れてんのか?

 何が原因だ?

 俺は何か、コイツに好かれるようなことをしたのか?

「…ちなみに何があって、そう思うようになったんだ?」

「最初はただ、生意気なヤツだと思っていた」

 …惚れた相手を目の前に、真顔で言うことか?

「だが貴様は自分を偽らない。ありのままで生きているだろう?」

「まあな。そういうところはお前と似ているのかもな」

「そっそう思うだろう? ボクも同じことを考えた。そしたら…いつの間にか、貴様のことばかり考えるようになったんだ」

 んで、突如ここに呼び出して、取り引きを持ちかけたってワケかよ。

「…あのなぁ。フツー、好きなヤツに告るのは分かる。だが段階すっ飛ばした上に、何でキスするのに金をはさむ?」

 俺は指でトントンと札束を叩いた。

「お前、キスする時は金を払ってんのか?」

「そんなわけないだろう! ただ貴様の場合は…その……こうでもしなければ、受け入れないと思ったんだ」

 既にドン引き状態なんだが…。

「つーか、何だ? 俺は大金を払えば、キスを受け入れるヤツだと思われていたのか?」

「そっそうじゃなくて…。…こうするしか、思い浮かばなかったんだ」

 赤い顔で困惑気味に顔を伏せてしまう。

 …まっ、確かに惚れた相手がクラスメートで、しかも同性の場合、どうすれば良いのかなんて分からないだろうな。

 そんでコイツお得意の金の取り引きを持ちかけたワケか。

「…悪ぃけど、俺、金で受け取ってキスとかすんの、イヤだ」

「ひゃっ百万じゃ足りないか?」

「いくら積まれてもイヤだ。お前、人間が金だけじゃ動かいないってことを、学べよ」

「…そう、か。分かった」

 そう言ってがっくりと項垂れた。

 コイツはホントに…見ていると飽きない上に、分かりやす過ぎる。

 俺は立ち上がり、ヤツの目の前に立った。

「なっ何だ? 殴るのか?」

「…ホントにお前の中の俺って、どういうイメージなんだよ?」

 でもビクビクと怯える姿を見ると、ちょっと心が疼いてしまう。

「お前、覚えておけ」

「えっ?」

「俺はな」

 俺は屈み込み、イスに座るアイツの唇にキスをする。

「好きなヤツにしか、キスはしない主義なんだ」

「なっなぁっ…!」

 口をパクパクさせながら、どんどん顔を真っ赤に染めていく姿を見ると、思わずふき出してしまう。

「ぷっ…。まぁそう言うことだから。金は必要ねーよ。分かったか? バーカ」

「だっ誰がバカだっ!」

「少しは勉強とか仕事じゃなく、人間を知ろうとしろよ。特に惚れた相手のことは、な」

「…貴様は分かりにくいんだ」

「それは今まで一緒にいなかったからだろう? 一緒にいれば、聞きたいことには答えてやるぜ?」

「ったく…。本当に厄介なヤツだな、貴様は」

「そんな俺に惚れたお前が悪い」

 ニヤニヤしながら言うと、口ごもってしまう。

 その様子が楽しくて、再び俺はアイツにキスをした。


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