バレンタインのキス

 ボクは今悩んでいます。

 もうすぐバレンタインデー。

 女の子達は楽しそうに、そして男の子達も浮き足たって見えます。

 けれど今のボクは、きっと暗雲を背負って見えていることでしょう。

 原因は…あの人。

「ねぇねぇ」

 来た!

「チョコ、用意した?」

 いくら男子校だからと言って、昼休みにいきなり背後から抱き付かれれば、視線は集まります。

 なので。

「ちょっ…やめてくださいよ! 後で売店で買っておきますから!」

 と嫌がって見せますが、相手はくせ者。

「え~? そんなんじゃなくて、バレンタインの…」

「わーっ!」

 慌てて彼の口を塞ぎました。

「ちょっ、こっちへ!」

 彼の手を掴み、ボクは人気の少ない階段の踊り場に来ました。

 屋上は立ち入り禁止になっているので、屋上に近い踊り場は内緒話をするのにもってこいだからです。

「いきなり人前で何を言い出すんですか!」

「もうバレていると思うよ?」

 ガクッと肩を落としました。

 そう…彼は目立つ存在です。非常に。

 理由はこの高校の生徒会長だからです。

 そしてボクは生徒会書記。

 知らない人がいないほど、ボク達は有名なのです…。

「キミと付き合いはじめて、もう5年も経つんだしさ。いい加減、諦めたら?」

 …ボクは選択を間違えたんでしょうか?

 有名私立中・高学校として名高いこの学校に合格できた時は、スゴク嬉しかったです。

 中等部の入学式の前、運命的に…いや偶然にこの人と出会ったのが始まりでした。

 首席合格者として、新入生代表で挨拶をした姿が眼に焼きつきました。

 その後、同じクラスになって、一緒に過ごすようになって…。

 彼が1年生ながらも生徒会長に立候補したいと言い出した時には、さすがに驚きましたよ。

 でもその時、ボクも生徒会に入って欲しいと言われた時は…素直に嬉しかった。

 そして見事、ボク達は生徒会入りをしたら…いきなり彼から告白されて、浮かれていた気分もあったせいで、ボクは告白を受け入れてしまったんですよ、ハイ…。

 回想終了。

 …後悔倍増。

「今年のバレンタイン、海外で過ごそうっか?」

「…次の日学校ですから、お断りします」

「え~? じゃあ日本の別荘なんかはどう? ヘリを使えば、登校時間に間に合うよ?」

 そしてこの人はバカ坊(バカなお金持ちの坊ちゃんという意味です)でもありました…。

「朝からヘリ登校なんて、疲れるからイヤです」

「ぶー★ じゃあもうホテルで良いよ。最上階の…」

「だからそういう会話を学校でしないでくださいってば!」

 彼の口を両手で塞ぐと、ニヤッと笑いました。

 うっ…。この笑いは何かを企んでいる顔です。


ペロッ


「うっわぁっ!」

 手をっ…手を舐められたっ!?

「アハハッ。その反応、可愛い♪」

「~~~っ! あなたって人はぁ!」

「だって本気になってくれないんだもん。オレはいつだってキミに本気なのに」

「だったらそうは思えない行動をしないでくださいよ! いっつもふざけているようにしか見えません!」

「あらまっ」

 そういう態度がふざけていると言うのに!

 …全く通じていないのが、悲しいを通り越して、虚しくなりました。

「それにしても、甘いなぁ」

 ぺろっと唇を舐めた彼の眼に、危ない光が宿ったのを見て、ボクは一歩後ろに下がりました。

 こういう眼をしている時の彼に近付いてはいけません。

 ハッキリ言って、危険だからです!

 でもボクの運動神経は並み。

 人よりズバ抜けている彼の手に捕まるのは、あっという間のことでした。

「何で逃げるんだよ?」

「何かメチャクチャ身の危険を感じたからです」

 両手首を捕まれ、身動きできないボクの顔を、彼は楽しそうに覗きこみました。

「そんな顔しないでよ。オレはキミの恋人なんだよ?」

「知っていますよ!」

 そんなこと…言われるまでもないことです。

 彼の眼が怖くて顔を背けると、今度は首筋を…!

「なっ何で舐めるんですか!」

「だって甘くて美味しいんだもん」

 そう言って今度は頬を!

「ちょっチョコならちゃんとバレンタインデーに渡しますから!」

「あっ、もう用意してくれた?」

「しましたよ!」

 高級チョコを彼は食べているから、ボクは簡単な手作りのチョコを毎年渡していたんです。

 それでもボクの手作りということで、彼は喜んで食べてくれます。

 すでに材料は買ってあるので、後は作れば良いだけの話なのに…この人は!

「いい加減にしないと、チョコあげませんよ?」

「うっ…。それは…困る」

 彼が手を離してくれたので、ボクは距離を取ることができました。

 本気で困っている彼の顔を見ると、かっ可愛いとも思えなくもないですけど…。

 …やっぱり困った人です。

「ん~。でもホテルもダメ?」

 まだ言いますか!?

「街の中に良いホテル建てたんだよ。そこの最上階で、ね?」

 ボクの手を掴み、キスする姿はまるで王子様のように見えなくもないですけど…。

 付き合い、長いですからね…。

「…分かりました。でも! 学校には間に合うようにしてくださいよ?」

「分かってるって♪ 代わりにチョコ、ちゃんと用意してよ?」

「はいはい。…それで、いつまで手を握っているんですか?」

「できればずっと繋いでいたいなぁ。一瞬でも離れたくないって言うのは、本気の本音」

 そう言ってまたキスをしてきました。

「…ほとんど一緒にいるでしょう?」

「ううん。離れている方が多い。それに2人っきりの時間は短いよ」

「学校に通っているんだから、しょうがないですよ」

「あ~あ。学校なんてかったるい。…ねっ、結婚しようか?」

「はあっ!?」

 天才とバカは紙一重と言いますが、とうとうバカの方が大きくなったんでしょうか?

「来年、高校卒業するよね? そしたら外国行って、結婚しようよ」

「なっ何を…」

 バカなことを、とは続けられませんでした。

 …いきなりの言葉に、頭の中が真っ白になったからです。

「だって不安なんだ。オレの見てないところで、キミに何かあったらどうしようって思ってる」

「何も無いですよ」

「分かんないじゃん。いつ何時、何が起こるか分からないし」

 まあ一理ありますね。

「だから永遠を誓ってほしい。もちろん、神サマじゃなくて、オレにね」

 ニッと笑って、近付いてくる唇。

「んっ…」

 眼を閉じるのと同時に、キスされました。

 …この時だけは、キスだけは、彼の本気が伝わってきます。

 熱くて、甘くて、そしてとても切ない気持ちにさせられるから…。

「大好き。愛しているよ。世界中の誰よりも」

 耳元でささやかれる声も熱くて…溶けてしまいそうになります。

「…知ってますよ。ボクだって、あなたのことを愛してるんですから」

 恥ずかしくて、彼のようにいつも言えるワケではないですけど…ボクは彼を愛しています。

 …いや、言ったら調子に乗るから、言わないんでした。

「あっ、もうチョコの用意は済んでんだよね?」

「そうですよ? …何ですか? 食べたい物が変わりました?」

「うん、まあ、ね。でもキミが年に一度、作ってくれるものだしなぁ」

「別にチョコじゃなくても、簡単な料理なら作れますよ?」

 クッキーとか、サンドイッチぐらいならまあ…。

「ううん、そうじゃなくてさ」

 ぎゅっとボクに抱きつくと、彼はとんでもないことを言ってきました。

「…食べるのは、チョコじゃなくて、キミが良いなって」

「なぁっにを…!」

 やっぱりこの人、バカ坊です!


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