第11話 ハブられ彷徨いツンデレに再会

 ノア様にハブられた後、俺はざっと城内を歩いて回った。漫画やアニメでしか見たことがなかったお城というのは一人で歩いてみるとまた違うもので、魔法の授業を受けられない悲しさはあったものの探検だと思うとワクワクもできた。

 まず一番に厨房に行ってお礼を言うと、待機だったり仕込みをしていた厨房の人たちにとても感激された。俺が聖女だと知っているのはあの三騎士とあの場にいた大臣や騎士団長を含めた限られた人間だが、他には聖女の傍に仕える神子という役割と伝えられている。その為か、食べたら改めて感想を言いに行くと伝えたら恐縮されてしまった。これで聖女だったらもっと緊張されていただろう。沙亜羅は気にしないだろうが俺はあくまで平凡であるという自覚があるので、立場を隠すことにして正解だったかもしれない。

 その後は大広間や客間、夜に来た庭園に騎士団員の訓練場とほぼ一日かけてほとんどの場所に足を向けた。王様がいるスペースは流石に行かなかったが、偶然会った側近さんにお茶に誘われたり、騎士団長たちにお菓子をもらったり、何をしてるんだと頭を抱えそうになったがそれなりに楽しかった。

 とても美味しかった昼食を食べ終えてももらった紅い石は変化もなく、本当に一日城をぐるぐるするだけで終わってしまった。

 屋敷に戻るとノア様に石の様子を確認され、何も言わずに返された。らしくなくげっそりとしていた糸と沙亜羅の姿を見ると、流石に授業の内容を聞く気にはなれなかった。


『では、今日も行って参れ』


 その次の日も、次の日も、ノア様は屋敷から俺に弁当を持たせて放り出した。

 泣く泣く従うまま俺は城のあらゆる場所を歩き回り、使用人や騎士さんたちと挨拶を交わし、お昼にバスケットいっぱいに入った美味しいお弁当をぼっちで食べるというちょっと寂しい日々を一週間繰り返した。

 その頃には顔見知りというか軽く雑談を交わす相手も増え、騎士さん使用人関係なく数人の敬語は入りつつも気楽に話す相手も出来た。一番に仲良くなったのは厨房の人たちで、毎回感想を言いにくるうちにすごく気に入られたようだ。向こうの料理をいくつか教えたらお弁当に和食が混じるようにもなって、『今日はナカバ様スペシャル改です』ってメモがバスケットに挟まれることも増え、何故かノア様にすごい目で見られたのは最近のことだ。

 そして、肝心の紅い石も実はちょっとづつ変化が生まれていた。

 

「……でかくなってる?」


 しかも、今や卵サイズ……というか形状が卵になった。

 ポケットに入れるのは難しくなってきたので、今は巾着にハンカチでくるんで腰に下げている。いらない布で作ったから差し上げますとメイドさんたちに囲まれてもらったものだ。でも流石王宮、いらない布なのにまるでこのためにあつらえられたかのようにもこもこで頑丈で高級そうだ。

 そういえばあのメイドさんたち顔が赤かったけれど大丈夫だろうか、風邪じゃないといいな。

 そんなことを考えながら、いつになれば魔法の勉強させてくれるんだろうと悩んでいたある時……俺は再会してしまった。


「あ」

「貴様……っ!」


 騎士たちの訓練場を遠くから見ることができる穴場、それは城内の中にある図書室だ。そこにはあまりに人はいなくて、最近の俺の絶好の休憩場所の筈……だったのだが、最悪なことに一番見つかってはいけない人間と遭遇してしまった。

 切れ長の目に美しい顔立ち。でも多分前髪を下げたら幼く見えるだろう隠れ童顔っぽい銀髪の騎士。そう、フィレトだ。


「おい!!」


 固まっているうちに逃げ出そうとしたが、我に返った奴が迫ってくる方が早かった。


「ヒエッ!?」

「聞いたぞ、どういうことだ!貴様が聖女だと!?ふざけるな!!」


 ああやっぱりアレシスさん話してたんだな。実はあれから三騎士はアレシスさんしか会ってない。ダアンさんは忙しいようで、フィレトに至ってはノーコメントだったからアレシスさんが文句を言わないように釘を刺してくれていたんだろう。


「いやあ冗談であってほしいのは俺の方で……。うん、でも力が発現したものはしょうがないとうか……」

「あのバケモノこぞ……ノア大鑑定士の見立てだから信じるしかないが……だからといって勘違いするなよ!あの暴力女同様、俺は貴様だって認めてないんだからな!」


 テンプレートと言っていいほどの台詞である。あの時は威圧感もあって怖かったが、アレシスさんから事情を聞いて落ち着いた今だとこの俺より背が高いイケメンがキャンキャン鳴いてるチワワに見えてきた。ていうか今バケモノ小僧って言ったよね?後でノア様にチクってさしあげよう。ショタジジイの敵は俺の敵だ。

 沙亜羅のこともカチンとくるが、登場して十分もしないで腹パン喰らって退場したのは流石に同情しかないのでスルーだな。


(……アレシスさんにもこんなんなんだろうなあ)


 勿論、兄弟のことに口を出す気はない。それでも冷静になるとこの気性の荒さと無駄に高いプライドはフィレトなりの自己防衛なんだろう。あの完璧なお兄さんがいるんだ。自分を強くみせないといけない、そうでないといけない、そんな呪いがかかっているんだ。

 それでも前みたいに悟りすぎて失敗しなように、俺はなるべく普通に、感じたことを素直に顔に出したりしながら彼の言葉を受け流した。


「俺だってまだ半信半疑だよ。でも目と髪の色が戻らないんだ、ノア様が目隠ししてくれてるけどさ」


 そう、今俺の姿は召喚された時の髪と目の色だ。でもそれは城内用の魔力の低い人間にしか通じない目くらましで、魔力が高い人間には普通に銀と赤で見えてしまうらしい。フィレトもそうらしく、俺の言葉に苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……お前が異世界の奴に偏見あるのもわかる。沙亜羅のグーパンは俺も悪かったと思うし、男の聖女なんて信じられないのもわかる。俺だってそうだから」

「……っ」

「だけど俺が聖女なのは変わらない。だったら、裏方でも頑張ってやれることやりたいって思う。妹も幼馴染守りたいし。だからそのために三騎士は必要だ。でも、強制じゃないし盾だなんて思ってもいない」


 目を見張るフィレトをまっすぐに見て、俺はなんとか気持ちを言葉にする。フィレトは正直ちょっと苦手だ。初対面で喧嘩売られたし、口は悪いけどイケメンだし。

 だけど、嫌いな訳じゃない。多分好きになれるタイプだ。


「俺は、三騎士の皆には協力って形の護衛を頼みたい。そういう役職なのはわかってるけど、従者みたいに扱おうなんて気はちっともない。ただ、この国で一番素晴らしい騎士であるお前達に俺達が自分の身を守る手伝いをしてほしい。だから、俺のことすぐに認めなくていい、嫌いでもいい、ただ見ててほしいんだ。お前が、お前たちが、俺を守る価値がある人間って思ってくれるように頑張るから」


 これは俺の素直な気持ちだ。フィレトは高圧的だし口は悪い。でもアレシスさんから実は本来は努力家で教養も高い勤勉な男とあの夜に聞いていたのだ。

 ただ実力と立場にあぐらをかいている奴とは違う。それがわかった上で、こうやって説明するのが一番だと思えた。

 フィレトはものすごい厭そうな顔をしたが、言い返してはこない。知るかと突っぱねもしない。それは俺の誠意が伝わったというよりは彼の頭脳がいいからだ。

 従僕ではなく協力者として敬意を払い、そして俺が対価を差し出してまで庇護下に妹を置きたいと思えるほど自分たちを信頼し実力を評価しているということを理解してくれたのだ。短気で少々お子ちゃまだがバカでは無い。沙亜羅のこと暴力女って呼んだり突っかかるのはなんか後々恋愛フラグになりそうではらはらするが、フィレトという男は結局国内で認められる銀の騎士として十分な実力を持った男なのだ。

 なので、アレシスさんの名前さえ出さず、かつ実力を評価しているとわかるように言えば暴言は封られるのではないかという俺の読みは当たった。


「……役目は果たしてもあくまで形式だけだ!誤解はするなよ!」


 言葉で押さえられたフィレトはむぐぐと面白くなさそうに眉を寄せていたが、やがてそう吐き捨てるとぷいっとそっぽを向いて歩いて行ってしまった。去り際に数冊本棚から追加で抜いて行ったがもしかしたら読書が趣味なんだろうか。


「あー。もしかして……」


 そこで、ふと外に視線を向ける。そう、ここの窓からは丁度騎士団の訓練がよく見える。そしてフィレトが立っていた場所の窓から見えるのは――部下の練習に付き合っているアレシスさんだった。今日も今日とて顔がいい。

 そして多分、フィレトが此処に居たのは偶然じゃないだろう。


「おっと……なんかかわいく見えてきたぞ」


 流石テンプレートツンデレ銀髪キャラといったところだろう。俺が落ち着いたのもあるんだろうけど、やはりあいつの最初の態度は偏見もあれど虚勢のようなものもあったのかもしれない。あれは紛うことなきチワワだ。今日から心の中でフィレトをキャンキャンチワワと名付けよう。


「でも、な~んか嫌な予感がするんだよな」


 だがだがやはり、沙亜羅との組み合わせを恐れている俺がいる。第一印象は最悪で、沙亜羅はもうフィレトの顔も見たくないとむすくれていた。彼も同じだろう。

 だが!!俺は何度も恋愛小説や少女漫画を見て来た男。数々の展開とフラグを知っている。だからこそ、この二人はもしや物語でいうサブカップルになるのだろうかという不安がぬぐえない。

 嗚呼、沙亜羅が俺と糸以外の男の眼を向けるのは視野が広くなっていいことだが、恋愛となると話は別だ。もし万が一そうなったら全力で阻止してやる。

 妹の幸せ第一だが、やっぱりもう少し手元のおいておきたいのがお兄ちゃん心というもんだろう。


(ところで、だ)


 そんなもしもにメラメラと闘志を燃やしながら、明日ももし同じ事をしろとノア様に言われたらどうしようと思考を切り替える。

 糸と沙亜羅はまず座学で授業を受けてるみたいだが、毎回話を聞けるほど二人が元気じゃない。疲労もあるが、余程ノア様が厳しいのだろう。

 あんな怖いのうちの母さんがキレた時以来だって糸が顔覆ってたしな。

 聞けば今の王も、先代の王も、家庭教師はノア様だったらしい。魔術においてノア様は誰より秀でていて弟子入りできるのは僅かだ。

 それに弟子になれても、その非情では無いが誰よりも厳しいしごきに耐えられる人間も少ないらしい。五百年前からこの国に関わってるとはこの図書館にある記録で読んだけど、本当にいくつなんだろうか……。

 それはそれとして、流石に一週間ぶらぶら徘徊するのもいよいよ申し訳なくなってきた。まあその分城内の人たちと仲良くなれたのだけど、毎日毎日勉強部屋からへとへとで戻ってくる糸と沙亜羅のことを考えるといたたまれない。


「厨房にお邪魔して、糸と沙亜羅になんか簡単なお菓子でも作っていってやるかな」


 今だと使用人さんたちが賄いの準備をしている時間帯だ。お手伝いついでに厨房を使わせてもらおう。

 腰に下げた石を気にしつつ、俺は厨房へ向かいその日は糸と沙亜羅にクッキーを振る舞ってやったのだった。

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