第12話 当たり前こそ難しい

 それからまた数日して。相も変わらず卵型の紅い石と一緒に城内を彷徨っていた俺だったが、なんと今日は城下町に来ているのだ。

 レンガ造りの家も多く、街並みは西洋のそれに近い。商店が並ぶ区には普通の市場だけでなく、RPGゲームみたいな薬屋や武器屋、防具の店なども勢ぞろい。そして冒険者のギルドっていうのもあるらしい。


「す、すごいですね!うわ~ほんっとに異世界って感じだ!」

「はははっ、普通に街見て歩いてるだけでこんなに喜ばれるとはな!」


 この世界のどちらかといえば普通の階級の人間が着る服を着てはしゃぎ周る俺を見ながら笑っているのはダアンさん。そう、俺は今彼とお出かけをしている。

 ……正確に言えば、普通なら王族でも高位の人にしか付かない護衛さんたちがたくさん見えないところに隠れているのでかなりの大所帯なのだけど。皆さんお疲れ様です。


『神子さんをさ、一度城下町に連れて行ってもいいか?』


 各地から湧き出た瘴気による魔物の活性化により降った討伐命令で、忙しくあちこちを周っていたというダアンさんが帰って来てすぐに提案したこの言葉は、予想以上に騒動になった。勿論のこと、反対意見もかなり出た。

 理由は簡単、俺こそが本当の聖女だからである。

 聖女は基本的に城の中で厳重な警備に置かれ、浄化の遠征に向かう時も騎士たちを連れて安全を最優先として送り出される。基本的には城の外に気軽に出ることも叶わず、故に民は聖女への信仰心が高く、お披露目や催事を楽しみにしているという。

 でも、俺は表向き神子ということになってしまった。神子についてはぶっちゃけ取って付けたような役職であるためまだ曖昧なのだ。神子も聖女と同格として扱うには認知度が低いし、異世界の客人として丁重に扱う人間と思われていても、聖女のように厳重な警備の元に置く存在なのかと真相を知らない人間に疑問に思われてもアウトだ。

 これは神官さんのミスといえよう。そこをダアンさんは逆手にとって、俺の城下町外出を押し通してくれた。

 俺が外出することのリスクも十分にある。それなのに彼がどうしてそうしてくれたかという理由は、きっと俺が落ち込み始めてしまっていたからだろう。

 糸と沙亜羅は普通の人間よりも早い速度で魔法を習得したらしい。普通ならば五年かけて身に着ける技術と知識を、ノア様のスパルタで身に着けて神官や魔術師たちに絶賛を受けていた。それに比べて、俺は何ひとつ教わっていない。

 ただ寂しく城の中を歩き回って、少しづつ大きくなる卵のような石に話しかけるだけ。

 それでも俺の事を神子だと敬ってくれる城内の人たちはありがたかったが、気遣われるほどに胸が苦しくなった。

 糸と沙亜羅もノア様に何か言ってくれたようだが、ノア様は変わらない。央のすることはそれだけだ、としか言わず二人にしか授業をしなかった。

 認めがたくも間違いなく聖女は俺の筈なのにどうしてこんな扱いを受けるんだと思ったが多分これには意味があるとも予想している。

 でもそれがわからない。自分で気付く事であると今まで読んだ聖女ものの知識で予想しているけれど、答えが見つけられない。

 そうして落ち込んでいた俺を見つけたダアンさんが気晴らしとしてこの城下町への散歩を提案してくれたというわけだ。


「糸と沙亜羅も連れてきたかったな……」

「ま、あの二人も……というか聖女様もだったら警備がこれ以上必要になるからな。立場を隠してお忍びとしても準備のし直しが必要になる」


 現に、今でこの有様だしなと笑うダアンさんに俺も苦笑いを返した。なんとか許可してもらったが、それも隠密の護衛の人数を最初俺が申し出た三倍に増やしてやっとだ。


「アレシスは結構神子さんに甘いと思ってたんだがなあ」

「あ、アレシスさんは金の騎士ですし……」


 そう、最終的に護衛の数や出歩ける時間などを交渉した相手は聖女及び神子の警備の管理を全面的に任されているアレシスさんだったのだ。

 少数精鋭でいいと願い出た俺の希望は彼に寄ってぴしゃりと一刀両断された。


『ナカバ様が言われる人数の三倍の護衛、外出時間は移動時間含めて最低三時間。大変申し訳ありませんが私が許可できる条件はそれが限界です。ノア様がかけている姿を誤魔化す魔法も十分に重ね掛けをして頂いてください。でなければ、気軽な散策ではなく民に知らせた上での行事的なものになってしまうでしょう』


 優しく気遣いが出来る人だけれど、やはり役職故か厳しいところは厳しい人だった。しかも最初は自分も付いてくるとまで言い出したほどだ。ありがたい話だがそれこそアレシスさんみたいな顔面キラキライケメンを連れ歩いていたら別の意味で散策どころじゃない。ダアンさんは親しみがあって、城下町でも人気なのか気軽に声をかけられるけれど熱狂的というものじゃない。俺のことも見習い騎士と誤魔化せている。

 しかし、アレシスさんだったら女の子たちに囲まれたり睨まれたりして終わりだった気がするので、そこは自分一人で大丈夫だと説き伏せてくれたダアンさんに感謝だ。


「ま、甘くはないが少々過保護でもあるかな。いくら護衛だからって条件があいつにしては厳しい、余程神子さんがお気に入りなんだな」

「へ……?」

「ま、わかるけどなー。ちっこいし元気だし、今や厨房の天使だしなあ」

「えっ、なんですかそれ!」


 ちょっと気になることを言っていた気がするが、その後発せられた俺には相応しくない単語に目を丸くする俺に、ダアンさんはにこーっと笑って教えてくれた。


「いつも食事の感想を言ってくれるしごちそうさまを伝えに来てくれるからおかげで厨房のやつらの士気ってか実力が上がったってもっぱらの評判だぞ」

「何その感想貰って意欲を出す作家みたいな」


 沙亜羅ならばともかく俺が天使って厨房の人たちどれだけ感想と感謝に飢えてたんだろうか……。


「それにお前さん、使用人たちにも常にお礼言ってるだろ」

「……お礼って?」

「お疲れ様、ありがとうございます、仕事してる使用人たちにいつもそう言ってるんだろ。そういうのをちゃんと言えるって実はえらいことだぜ?客人なら尚更な」

「でも、お世話になってる人にはちゃんとお礼を言うものじゃ……」

「それが中々できないっつうか、そもそもする必要ないって思ってる貴族の方が城には多いんだよ。神子さん達は良い家族にしっかりしつけられたんだな」


 確かに、貴族の中には魔族を絶対的な悪と信じてる人間も多いし、神官さんたちもそっちの気がある。

 それと同じように身分で物事を見る人は、あの中に少なくはないんだろう。それがわかりづらいのはきっと俺達が異世界の人間だから。そこは意識していかないといけない。

 でも、例え身分がなんだろうとあの城で働く人たちはどこまでも俺達に優しくて誠実だ。だからこそ日々の感謝は伝えないといけない、それこそそうやって母さんたちに厳しく……それはもう厳しくしつけられてきたんだ。


「ははは……それは両親に感謝してます。ダアンさんにも褒められましたし」

「……だーっ、もういいやつだな神子さんはーっ」


 そう言うと、ダアンさんは笑いながらぐしゃぐしゃーっと俺の頭を撫でる。


「わわわわわっ」


 何故だろう、見えない筈の護衛さんたちが息を呑むような気配がしたが気にしてる余裕がない。出かける前に沙亜羅が半ば無理矢理に梳かしてきた髪がすっかり崩れてしまったが、何故だかちょっとだけ気恥ずかしくて嬉しかった。


(あー……そうだ、俺、お兄ちゃんが欲しかったんだっけ)


 思えば昔から糸と沙亜羅の手を引いていたし、誰かにこうして頭を撫でられたりした経験がまるでなかった。アレシスさんもお兄さん属性の人ではあるが、申し訳ないがあれだけの美形を軽々しくお兄さんとは呼べまい。

 その点、ダアンさんはそんな遠慮を感じさせない不思議な親しみやすさがある。

 ……なんだろう、昔大好きだった大きなクマのぬいぐるみみたいな安心感だ。


「うんうん、あの姉ちゃんも中々いい面構えだったが、お前もさんも中々だ」

「ダアンさん?」

「俺はアレシスやフィレトみてえに魔術も武芸も両方秀でてない、腕っぷしと力と――人脈が武器だ。三騎士になったのも成り行きで、ぶっちゃけ給金目当てだな」


 とんでもないことをニコニコしながら言うダアンさんに驚きながら、商店が並ぶ通りから少し離れた場所にある小さな公園に案内される。

 そして周りに人がいないことを確認すると、ダアンさんは少しだけ眉を下げて俺を見下ろした。


「今日のお忍びはな、実のところ神子さんの息抜きは建前なんだ。俺が改めて仕える人間を知りたかったっていうのが大きい」


――がらりと変わった雰囲気に、ああ、やはりこの人も騎士なんだと直感のようなものが緊張と一緒に体を走る。


「……フィレトから何か聞いたんですか」

「おう。あいつは血の気が多くてすぐにキャンキャン言うけどまあ頭はいいんでな。素直に認めてなかったが、俺達を使うモノではなく協力者として傍に置くって姿勢は多分アレ褒めてたぜ。アレシスはもう腹を括ってるみたいだし、俺が決めればフィレトも渋々従うだろうよ」

「いや、でもフィレトには……あいつ自身で決めてもらいます」

「俺とアレシスで丸め込んだ方が手っ取り早いぞ?俺は神子さん気に入ってるし」


 そう、多分ダアンさんにとって俺は合格者なのかもしれない。それはありがたい。

 だけど――だからってフィレトを多数決みたいに従わせるべきでもないと思う。


「正式な誓いの話は、ノア様から聞いてました」


 そう、俺は裏方の聖女となることで三騎士の庇護の元に守りたい人たちを置くことにしたけれど実は聖女が正式に三騎士に忠誠を誓われる儀式がお披露目の中にある。

 一人一人が聖女に守護者としての誓いを立て、証に魔力の欠片を結晶化させて渡すという。けれどお披露目の儀式に立つのは沙亜羅なため、本当の聖女である俺への誓いはそれまでに各々で行われるだろうとフィレトに再会した夜にノア様に教えてもらったのだ。

 認める、認めないというのはこのことだ。誓いを立てれば、それを反故にすることは騎士の立場を捨てるのと同じ意味らしい。それだけ大切なことだし、聖女に誓う事で騎士は少しばかりその魔力の恩恵を受けられるとも言っていた。

 ……まだ未熟な俺に誓ってもらったところでそれができるかはわからないけれど。


「だからこそ、お披露目で仮の誓いを皆さんにさせてしまうことを申し訳なく思ってるし――最悪、協力が頂けるなら誓いは必ずしなくてもいいと思ってます」


 そう、これはずっと思っていたことだ。修行ができないから思い詰めた自棄じゃなく、俺なりの考えでもある。しかしダアンさんは意外だったらしく、呆然としてしまった。


「俺、確かに聖女です。……まだ魔法も上手く使えないけど、そうなんだと思います。認めてもらうっていうのはフィレトに言ったみたいに守る価値のある、協力に足る人間であるって意味で、立場を懸ける程の誓いを立ててもらいたいわけじゃない。契約でも、そういう形で皆さんを縛りたくはないんです」


 背筋を伸ばす。きっちりとダアンさんの目を見つめて、腹から声を出した。


「だからその騎士としての誓いを、もしかしたらいつか大切になる誰かに捧げるものをどうか大切にしてほしいんです。アレシスさんにも、フィレトにも、ダアンさん――貴方にも」

「……」

「それにほら、俺よりもっと気に入る人が出来るかもしれませんし。儀式はまあ……怒られそうですけど、お芝居する感じでお願いします」


 そう、俺は確かに三騎士の力が必要で、だから契約した。

 でも彼らをモノのようには扱いたくない。見慣れた設定でも、いつかこうなるのかなって予想ができたって、この世界の人たちはみんな生きているのだ。ゲームのNPCやキャラなんかじゃない。意思を持って、心を持って、必死に生きてる。


「なので、まだまだ落ち込んだり未熟だったりしますけど、頑張るのでどうか俺を見ていてください」


 そんな人たちに真っすぐに接することが聖女であり、異世界に召喚された人間であり、そして聖女作品をこよなく愛すオタクの俺なりの誠意だと思うんだ。


(――ん?)


 強くそう思った時、腰に下げた紅い石が揺れたような気がした。慌てて確認しようとしたが、その瞬間――大きな声を上げてダアンさんが笑い出した。


「くっ、くく、あっはっはっはっ!!こりゃあアレシスが気に入るわけだわ!」

「え?ええと、俺今めちゃくちゃシリアスに真面目な事言いましたよ?」

「ああ、ああ、言った言った!でも残念、お前さんのお陰でいつかが今になったよ」


 それがどういう意味か、わかるまで少しかかった。けれど笑うダアンさんの瞳には優しさと同時に、揺るがない強い意思も見えた。


「落ち込んでても、未熟でも、背中押してやりたいし力になりたい。そう思わせる器が、お前さんにはある。それが分かったし、俺もそう在りたいと強く想った。完敗だ」


 それは、つまり、誓いをしてくれるということなのだろうか。さっきまでの軽いノリと同じようで、空気が違うのはわかる。

 この人は本当に、好意だけじゃなく俺を今認めてくれたのだと分かってしまった。


「ダアンさん……」

「ま、フィレトは追々だな。でも折角なら二人まとめてが効率的か。あいつぼっちにしちまうけど、そのくらいで拗ねないだろうし。幸い警備はしっかりしてる場所だから隙も出来んだろう」

「……だ、ダアンさんー?」


 何故か発言がよくわからない。首を傾げる俺を見下ろすダアンさんは、今度はまるで小さな子供が悪戯をするみたいな顔をすると、大きく声を張り上げた。


「そういうわけなんでな!出て来いよ、アレシス!!」


 耳を疑うような名前が、飛び出た気がした。


「……はい?」


 ぽかんと立ち尽くしていると、がさりと音がして木の陰からその人が現れる。

 フードを深く被って顔を隠しているけれど、そのイケメンオーラは隠しようもない。それなのにどうして気付かなかったのか。

 その人は、まっすぐに俺たちのところまで歩いてくるとそっとフードを外す。


「……申し訳ありません、気配は消していた筈なのですが」


 予想通りの人物は――アレシスさんは、目を飛び出さんほどに丸くする俺の姿に少しだけ照れたような苦笑を浮かべて頭を掻いたのだった。

 

 

 

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