第10話 聖女はまさかの放置プレイ

「まず、人間の国といってもこの大陸は三分割されておる。其方らがおるのが此処エレゲルティア、その両隣がメスレーテとエベリギオン」

「ず、随分と言いにく名前の国名ですね……」

「メスレーテは魔術が盛んで有能な魔法使いや魔術師、研究者が多いし芸術に秀でた色鮮やかな国。エベリギオンは魔力が元々少ない土地故か機械産業が盛んで、国家一の科学力を誇る、別名機械仕掛けの国。そしてこのエレゲルティアは科学と魔法のバランスが一番とれた大陸の中でも中心といっていい大国家じゃ。まあどちらかといえば魔力にものすごく恵まれた豊かな地じゃの」


 それから一週間過ぎて、俺と糸と沙亜羅は屋敷から一歩も出ることなくこの国についての知識をノア様にみっちり叩き込まれていた。文化や人々の暮らしについてはもうだいたい理解できたので、今はこの世界についての勉強だ。

 読み書きはこの世界に来た時に脳内に自動的にわかるように書き換えられたと非常にホラーな説明をされたので勉強いらずだったし、ファンタジーについて多少の知識があればこの世界の常識は別に俺達にとって受け入れがたいものではなかった。

 基本的には俺たちの世界と変わらない。ただ文化や風習が日本とは全然違うくらいで、人間として生きて行くには困らない。

 両隣に座る糸と沙亜羅に今日も見事に挟まれた俺は、各国の特徴を聞きながら勉強部屋と化している書庫の長机に広げられた地図に目を向ける。

 だいたい円形のこの大陸の地図には、綺麗に線が引かれている。俺たちがいるというエレゲルティアは魔族がいるという大陸と海を挟んでいて一番近いので行方不明者が多いのも頷けた。


「ま、実はエレゲルティアにも不可侵の領土があってな」


 ノア様は大陸全体ではなくエレゲルティアを拡大した地図を取り出す。俺たちがいるのが首都エレゲルティア、そこからずっと東の森林地帯らしい場所に丸が描かれていた。


「幻獣族という、特殊な血を持った人と獣の狭間の姿をした種族が暮らしている森じゃよ。そこは人間とは極力関わりたがっておらぬし、表向きはエレゲルティアの領土の中に含まれておるが当人たちは不本意。争いを避ける為に何代も前の王の頃から不可侵を貫いている地域じゃが……ま、そこは追々じゃな」


 そこで、ノア様はぱんっと軽く両手を叩く。すると呪文も何も必要なく勝手に地図が丸まって本棚へと収まった。三人で目を丸くしてそれを見つめていると、ノア様はぐいっとひとつ伸びをしてさて、と目を爛々と輝かせる。


「ではでは、一般常識と教養が身に着いたところでお待ちかねの魔法の授業」

「待ってました!」

「……と、行きたいところじゃが。央、其方は駄目じゃ」

「え?」

「は?」

「え?」


 そのノア様の言葉に、俺だけじゃなく沙亜羅や糸も目を丸くした。


「ですが、兄さんこそ誰より先に学ばないといけないのでは?」

「まあ一応央は聖女、ですよ。……お披露目ってやつがいつかはわかりませんが、先に勉強させるのは央じゃ……」


 二人が戸惑い気味に言うけれど、ノア様はただ首を横に振るだけ。そして糸と沙亜羅だけに分厚そうな魔法書らしいものを渡すと、てこてこと俺のところにやってきて手を出すように言われる。けれど、渡されたのは本では無く飴玉くらいの小さな石だった。俺の今の目と同じ紅い色だ。宝石とはまた違う輝きで、ほんのりと光を放ってる。


「其方はそれをポケットに入れて、そうじゃな、城の中をぐるっと散歩してこい」

「えっ?!で、でも俺も魔法の授業……」


 スパルタで行くって言ったのはノア様だ。まとめて面倒見てやるとも。だけどノア様はそれ以上言うなとばかりの輝かしい笑顔を浮かべて迫ってくる。勢いに押されてずりずりと後ずさりをしていたら、あっという間に部屋の外に出されてしまった。


「あ、昼食はこれな。厨房のものたちが其方のために作ってくれた特製サンドイッチじゃ、果実とクリームが挟んでおるやつと油で揚げた味付け肉を挟んだやつが二つづ入っておるからの。あとソーセージもくるんでおるのでこの袋に入っとる黒コショウを好みにでかけるように」

「え、あ、あわわわっ」

「糸と沙亜羅は任せておけ。城内だったら夜と違ってふらふら歩いて大丈夫じゃ、ではゆっくりしてくるんじゃぞ~!ばいび~、じゃ!」

「えっ、あのノア様ーーーー!!???」


 ばたーん、と音を立てて扉が閉まる。どんどんと叩いてみても引いてみてもちっとも動かない。いくらなんでも魔法で入れないようにしなくたっていいじゃないかと俺は嘆きながら押し付けられたバスケットに視線を移す。

 ぱかりと開けてみると、中にはノア様が言った通りの美味しそうなフルーツサンドとカツサンドっぽいもの。油に強い紙にくるまれてるのは大きめのソーセージ。黒コショウもあればよく見たらマスタードとケチャップらしいものが入った容器もついてて、水筒もある。中身は紅茶のようでふわりといい匂いがした。


「……でも、めちゃくちゃ美味しそう」


 寂しくても、意味がわからなくても、いきなり放置プレイされてちょっと涙目になってても、美味しいお昼には勝てないものだ。


「まず、厨房にお礼を言ってこようかな……」


 恐らく扉の向こうで俺の名を呼びながらノア様に文句を言ってるだろう二人のことはちょっと頭の片隅に置いやりながら、俺はとぼとぼと屋敷を出たのだった。




 

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