告白にして独白

 恋愛


 と二文字だけ恵当に告げてから一夜明けた。

 まだ春休みなので、真昼間から恵当と会うことができる。


「受験生でしょ?」


 母さんの問いに今朝は、アップ・アップ、と呟きながら長距離ランナーのようにスリムジーンズの太腿を上下させながらマンションを出た。


 軽く歩くのが好きだな、この街は。


 生まれてからずっと市内で生きてきた。

 幼稚園、小学校、中学校。そして高校に至ってはその中学に隣接する敷地だ。別に私立の中高一貫じゃなくって、たまたま市立中学の隣にわたしの通う県立高校があるってだけだ。

 そういえば恵当は明日中学の入学式だ。

 ってことは、明日からわたしの高校の隣の校門をくぐることになるのか。


「・・・おはよう」

「おはよう」


 やっぱり恵当は自分から挨拶をしてくれる。けれども今日は間があったな。よく見たら顔が白っぽい。


「眠れた?」

「ううん」

「わ。正直だね」

嶺紗れいさは眠れたの?」

「うん。ぐっすり」

「信じらんない・・・」


 今日の逢瀬場所はスーパーのイートイン。

 商業高校の子らがイートインで電卓叩いて簿記の勉強してる。

 あと、よく見たら『商業実習』のネームプレートつけた女子男子が何人か惣菜コーナーのおにぎりを陳列してる。


 黙りこくる恵当。わたしは優しく微笑んであげた。


「恵当。難しく考えなくていいよ。今まで通り。関係が変わることはない。ただ、名目が『彼氏・彼女』になるだけで」

「いやいやいや!」


 自分の声にびっくりして恵当は周囲の人に小声ですみません、と謝りながら続けた。


「そんな訳、ないでしょ? まるで曲芸だよ。嶺紗はそんなことできるの?」

「うん。できるよ」

「どうして」

「小説書くためだけだもん」


 はあ・・・、とまたも恵当は大人の男みたいな嘆息の仕草をする。わたしは今日も許してあげるよ。

 でも、恵当はわたしを許してはくれなかった。


「なにそれ。いくら僕が小学校出たばっかりだからって舐めてない? そんな性根でいい小説書けると思ってんの?」


 性根しょうね、ときたもんだ。

 さすが読書量が違うと語彙も違うわ。

 それに、『誠実』を執筆の旨とするわたしが面白半分に彼氏・彼女を演じようとしていると捉えられても仕方のない言動をしていたことに気付かされた。


 本来、恋愛は、小説が最も真実を書かなければならないエリアなのに。


「ごめん。恵当。仕切り直すよ」


 わたしは雑然とするイートインの、老爺がベンダーの無料のお茶をお代わりし、老婆がカップラーメンをズズズと啜るその脇で姿勢を正して恵当に向き合った。


「恵当。わたしと付き合ってください!」


 ゆっくりと首を振る恵当。

 やっぱりダメか。


「僕は男だ」

「へ」

「だから、女の子に告白させるなんて恥ずかしいことはできない」


 そう言うと恵当は、ちっこい体の、やっぱりちっこい座高を目一杯に伸ばして見上げるようにしてわたしの目を射抜いた。


「嶺紗。僕と付き合ってください」

「・・・はい」


 恵当の声が思いがけず大きかった。

『商業実習』のネームプレートをつけた女の子が、え? という顔をしてイートインのテーブルを拭く手を止めた。


 一応、が無事に済み、恵当は1本68円の特売強炭酸水をごくごくと喉を鳴らして飲む。

 わたしは1本45円の激安ブラック缶コーヒーをこくっ、と一口啜る。


「もうひとつ嶺紗に言っとかなきゃならないことがあるんだ」

「うん。なに?」


 恵当は言ってからしばらく顎を手で触って間を取った。さすがにここまで来ると大人っぽいだけじゃなくて芝居がかってるからちょっとだけイラついた。


「嶺紗のこと、ずっと前から好きだったんだ」


 なーんだ。そうだったのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ!?




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