第7話


「浩次君の方から連絡すればいい。引っ越す前に、会いに行けばいい。これで最後なんて嫌だと、想いを伝えればいい」



 背を向けて言った裕文さんに、「そうなんですけど」と僕は俯いた。


「僕の腕は、2本しかないから……」


 振り向いた裕文さんの視線を感じる。僕は濡れたタオルを膝に置いて、広げた自分の両手を見つめた。


「大切なものは、あっけなく僕の前から、居なくなってしまうから……。この両手で掴まえて、しっかり握っていないと……僕の前から、消えてしまうから」




 僕の両手には、姉さんの顔が浮かんでいた。




 僕の見ているものに気づいたらしい裕文さんが、再び僕の前に跪いてくれる。


「浩次君……」


 心配そうな声に、顔を、見られない。


「だけど。僕の、この、両手は――。……っ……あなたに……伸ばしたいんです。あなたを、失いたくないんです。あなた、だけは――……」




 だから、先輩には伸ばせなかった。


 先輩に、何も、言うことさえ出来なくて――。




 僕は――……。




 握った両手で、顔を覆う。




 何を言っているのか、自分でも解らない。


 全然頭が、まわってくれなくて――。




 上手く、言えない。




「浩次君……」


 心配そうな声がして、僕の腕を、裕文さんが握った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る