第四話 怪談一係の課長の巻
お雪がコピーの束を抱えて第二会議室に入っていくと、大型モニターの真下の、床が一段高くなった中央に議長席があり、学校の教卓を思わせた。
議長席の真正面に背もたれのある椅子が二脚並び、片方には小柄なおじいさんが身を縮めるようにしてうつむいて腰掛け、もう片方には茶色い野ウサギが坐っていた。
おじいさんは形の崩れた烏帽子を被り、色褪せた麻の小袖に短いはかまの裾を膝下で結わえている。ウサギは落ちつかな気に鼻をひくつかせながら、首をのばして無人の議長席を見上げていた。
この一人と一匹を囲むように長机がコの字型に並んでいる。
議長席から見て右の位置に、中村、荒勢両刑事が陣取り、その後ろにお雪が坐ると、荒勢がコピーを受け取り全員に配った。
柱時計が午前十時を打った。
「そろそろお揃いのようなので、はじめますか」
誰もいなかった議長席から朗らかな声がして、老人とウサギとお雪がぎょっとすると、卓上マイクの隣に小さな人影が現れた。光沢のある三つ揃いの黒いスーツを粋に着こなした、身長3cmほどの若い男だった。
「小人?」
お雪が思わずつぶやくと、男がキザな仕草で肩をすくめる。
「おい。誰か紹介しといてくれよ。――はじめまして。ティンカーベルです。なんちゃって」
「ぇぇえっくしょい!」
タヌキの中村巡査部長が大袈裟なクシャミをした。
面食らっているお雪に、ツキノワグマの荒勢巡査がヒソヒソと耳打ちした。
「一寸法師警部だよ。うちの課のボス」
「あの、ええと、失礼しました。パートの雪です。本日からよろしくお願いします」
お雪が立って挨拶すると、一寸法師は白い歯を見せてキザなウインクを返した。
「堅い挨拶はいいよ。俺って生まれつきサプライズな男だからさ。よろしくね、お雪ちゃん」
「ぇぇえっくしょい!」
「長さんは武骨アレルギーで、寒いギャグを聞くとクシャミが出るんだ」
荒勢が小声で解説を追加した。
「中村氏、相変わらず花粉症が治らないねえ。お大事に。さて、はじめるかな」
一寸法師はさらりと前髪をかきあげると、モニターのスイッチを入れた。すると、画面中央に白髪のおばあさんが、眉間に皺を寄せてこちらを睨んでいる写真が映し出された。
「本件の第一被害者です。本名は個人情報で非公開なので、仮にAとします。御主人はそこにいらっしゃいます。そしてこちらが、これまで犯人と目されてきた容疑者Bです」
老女Aの隣に、淀んだ薄笑い浮かべたタヌキの顔写真が映し出された。
「え、中村さん?」
お雪が目を丸くして上司と写真を見比べる。
「やめてくれよ。俺じゃないよ。赤のタヌキだよ」
中村は苦笑する。
「老女AにタヌキBか。ちなみに僕はI(一寸)B(法師)なんちゃって」
「ぇぇえっくしょい!」
お雪はボイスレコーダーを確認するふりをしながら下を向いて笑った。
「容疑者Bは、被害者Aの隣人Cに殺されかけて入院しています」
モニターではタヌキの左側に、目をパッチリと見開いたウサギの写真が映し出された。
「アタシ、頼まれたんです! 仇を討ってくれって!」
野ウサギが歯を剥いてキイキイと叫んだ。
「ねえ、そうよね。おじいさん?」
老人はウサギに袖を掴まれ、コクコクとうなずく。
「さて。事件を明確にするためにアウトラインを説明してくれたまえ。クマちゃん」
「うす」
荒勢は資料を片手に持ち、ぬっと立ち上がった。
*** 八話完結! この続きは、また明日! ***
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます