第三話 新しい職場の巻
出勤初日の朝。雪女のお雪が八時半に御伽警察の表玄関をくぐると、立ち番の赤鬼と青鬼が競うように肉体美を誇示するポーズと笑顔で敬礼してくれた。
「おはようございます」
昨日と同じように「怪談一係」とプレートの掛かったドアを開けようとして、ふと足元を見ると、床近くに小さな白い潜り戸があるのに気がついた。金色のドアノブまでついている。
「あら、かわいい」
お雪は頬笑んだ。昨日は気づかなかったが、ネコがいるのだろうか。
部屋にはまだ誰も来ていなかったので、指定された白いロッカーにコートとリュックをしまう。今日は動きやすいように栗色のタートルセーターと白いスパッツにチェックのベストを合わせ、髪はシニョンにまとめていた。
「ええ? なにこれ!」
三個並んだロッカーの端に、高さ5cm幅3cm程のミニチュアの黄色いロッカーがさりげなく置いてあった。
「面白いなあ。こんなものを見たら、うちの子どもたち、喜んじゃうわね。」
お雪はクスクス笑った。
ブラインドを上げて窓を開け放し、持参した雑巾で四個並んだ机の上や棚を拭く。
壁に寄せられた背の低いキャビネットの上には、四方が10cm程のミニチュアのデスクと椅子が飾ってあった。お雪は顔を寄せてしげしげと眺めた。
「凝ってるわねえ。パソコンまでソックリだわ。誰の趣味なんだろう」
それからホワイトボードの後ろに掃除機を見つけたので、床掃除に取りかかった。
そこに焦茶色のツイードのジャケットに白いマフラーを巻いたツキノワグマがノシノシと出勤してきた。
「おはようございます。荒勢刑事!」
お雪が挨拶すると、荒勢は目を剥いて数秒呼吸を止める。
「お、お早うございます。おゆ、おゆ、お雪さん。」
「お雪でいいですよ」
「今日は眼鏡なんですね」
「ええ。近眼なんです。いつもはコンタクトなんですけど」
お雪が縁なしの眼鏡の朱鷺色のテンプルに指先で触れて頬笑む。
「掃除は自分が担当ですので」
荒勢は掃除機に手を伸ばした。
「あら。今日からわたしがやりますから」
「いけません。新雪のような手が汚れては大変です」
「なにを口走っとるんだ。おバカ!」
タヌキの中村は入ってくるなり、クマの後足を蹴った。
「痛え。ひどいな。長さん、パワハラですよ」
荒勢がなぜかほっとしたようにぼやいた。
「タヌキにパワハラされたって、金太郎さんに言えるもんなら言ってみろ」
中村がガハハと笑う。
「お雪さん、早いね。頼んだ仕事以外は本当にやらなくていいですよ」
中村は革のリュックを背負い、くたびれた枯葉色のコートのすそからシッポを垂らしていた。
「はい。中村さん。そしたら、たくさん言いつけてくださいね」
お雪が頬笑むと、タヌキはガハハと笑った。
「それじゃ、早速だけど。十時から取り調べがあるんで、この資料をメモに書いてある人数分コピーして下さい。それと取り調べには参加してくださいね」
「わたしも参加するんですか?」
雪が驚いて目を瞠る。
「頭の数だけ知恵も湧くってもんですよ。場所は第二会議室です。そのときにうちの課長を紹介しますからね」
「こっちがすんだら御案内します!」
荒勢が猛然と掃除機をかけ始めた。
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