5-6

「あの場所に強い思いがあることを忘れてる……?」

「わかんないけどそんな気がする。それと私のスマホって今どこにあるんだろ。事故直前まで使ってたならそこに何かヒントがあるかもしれない」

「優花が事故にあったのって確か……2年前だろ? 廃棄されてるか……もしかしたら家族が遺品として持ってるかもしれないな」

「そっか。家族か……。ふたりとも元気かな」


 優花は理恩によって自由に動ける身になっても、家族の元にはどうしても行く事が出来なかった。

 優花はひとり娘だ。

 悲しんでいる父と母の姿を見るのは耐えられそうになかったからだ。そんな姿を見たら冗談ではなく成仏なんて出来そうもない。


「会いに行くか?」

「え……い、いいよ!」

「本当に? 会わないまま成仏していいのか?」

「え、ちょっと待って? まさかいまこの瞬間をデートしてるなんて言わないよね?」

「正解。って言いたいところだけど、優花がなんで小嶋兄弟のことを知っているのかが気になるな」

「うん、絶対知ってる。私も気になるよ……スマホが生きてたら、なんか分かりそうじゃない? って思ったんだけど」


 そこで優花は朱色の空を見上げた。


「パパとママか……」


 今度は理恩が何か言うことはなかった。

 黙ってそのまま駅へ向かい、ふたり並んで歩き続ける。


「……うん。そうだね。会いに行こうかな!」


 心の中の葛藤に答えが出たのか、優花は明るくそう言った。


「そうか。なら休みの日でも……」

「ううん。今からいこ! 気が変わらないうちに!」

「……わかった。おまえんち何処?」

「井の頭公園だよ」


 井の頭公園は、野神慎也の自宅がある隣の駅だ。


 ちなみに、理恩が優花に出会ったのは渋谷駅のホームである。


「じゃあ梢ちゃんは私の友達で、理恩は梢ちゃんの彼氏ってことで!」


 学校のある品川から電車に揺られて20分ほどで井の頭公園へ到着した。

 時刻は午後6時に近いが、空にはまだ太陽が浮かんでいる。


「まあ、いいけど」

「やった!」


 そう言って優花は理恩の腕に自分の腕を絡ませた。いつものように躱すことなく大人しく腕を組まれる理恩に優花はぎゅうと力を込めて身体を密着させた。


「くっつきすぎだろ」

「カレカノだもん。普通だもん」

「はいはい。でも限度ってもんがあるからな。それ梢の身体なんだから」

「はあい」


 15分ほど歩くと住宅街へ入った。

 どこもかしこも高級住宅だとひと目でわかる建物が並ぶ。


「ここだよ」


 そう言われたのは、マンションの入り口だった。


「オートロックだろ。誰かいるのか?」

「多分ママがいるはず。今頃ご飯作ってるんじゃないかな。ママのご飯美味しいよ! 久々に食べたいなあ」


 優花は生前の記憶に頬を緩ませ、慣れた手つきでエントランスに設置されたインターフォンへ部屋番号を入力した。


『…………はい』

「あ、マ……じゃなかった! こんにちは! 私、優花さんの友達で小比類巻って言います!」

『…………優花の? ……どうぞ』


 ピピッという短い電子音の後に、エントランスの自動ドアが開いた。


「き、緊張する!」

「自分ちだろが。落ち着けよ」

「わ、わかってるよ!」


 そう言いつつも、優花の手と足は同時に出ていた。


 エレベーターで8階まで上がると、迷うことなく右手へスキップでもしそうな勢いで進む優花の少し後ろを理恩はついていく。


 ドアフォンを意気揚々と押そうとする優花の手を理恩が既のところで止めた。


「え?」

「アホ。そんなテンションで亡くなった友達の家に訪問するヤツがいるか」

「あ……そか。そだよね。死んでるんだった」


 一気に現実が押し寄せ、優花は苦笑した。


 それから、深呼吸をひとつして、改めてドアフォンをゆっくりと鳴らす。


 優花は目を閉じた。


 パタパタと廊下をかけるスリッパの音がして、それからガチャリと玄関ドアの施錠が外され、開けられたドアから「おかえりなさい、優花」と優しい母の言葉と美味しそうなご飯の匂い。


 カチリ……と小さく鳴った金属音に、優花は瞼を上げた。

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