5-5

 反対に運転席から出てきた男性は周に良く似た可愛らしい人で、温和な雰囲気を醸し出していた。


「行こうか」

「あ、はい……」


 梢はもう一度、周の両親に頭を下げると、周の後を小走りでついていった。


「お母さん、厳しい人なんですね。なんかすみません。帰ったら怒られたりしませんか?」


 駅ビルのファンシーショップで文房具を見ながら梢が言った。


「気にしないでいいよ。まあ厳しい人なのは否定出来ないけど」


 梢の両親はとても緩い。

 その代わり、祖母は厳しい人だったと梢は若かりし頃の祖母の姿を思い出していた。ただ、厳しい中にも優しさはあった。だからこそ梢は文句をいいつつも祖母が大好きだし、尊敬しているのだ。


「成績優秀な兄弟を育てるだけありますよ。あ、これ買ってきます」

「うん。……優秀なのは兄ちゃんだけだけどね……」


 レジへ向かう梢に周が呟いた言葉は聞こえていなかった。



***



「やっぱそんな簡単に見つからないな」


 翌週月曜日。放課後の部室に大森のため息が響いた。


「そりゃそうよね。もう2年だもの。いつまでもある方が奇跡だわ」


 そう答えたのは神楽坂だ。

 最初こそ意気揚々と鍵探しをしていた4人もこの一週間探し回って何も見つけられずに意気消沈してしまっていた。


「そっちはどうだった?」


 佐野が椅子に浅く腰掛けている理恩に問い掛けた。


「小嶋尊は何か知ってるのは確かだな。鍵のことも十中八九知ってる」

「え! じゃあ小嶋先輩が鍵を持ってるんじゃ……」

「小嶋周に追い出されたから全部は聞き出せなかったけどな」

「あんな尋問みたいなことしたらそりゃ追い出されるから」


 梢と理恩は無言で睨み合った。


「で、おまえはどう思ったんだ」

「どうって……確かに尊先輩は鍵のことは知ってると思う。でもそれが直接野神先輩を殺したことに繋がるかどうかは疑問だわ」


 周は、尊が野神沙耶香のことを大事にしていたと言っていた。梢にはどうしても尊が犯人だとは思えない。


「真犯人は他にいると思う。それを探す為にも尊先輩にはちゃんと話してもらう必要がある。でも宝生くんのやり方はどうかと思うわ」

「じゃあ、梢はもっと上手くやれるとでも?」

「や、やれるわよ!」

「じゃあお手並み拝見」


 小嶋家に行くことは今の梢にとって容易いことだろう。

 問題はどうやってまた尊に会うか、だ。


 付き合い始めたといっても、運動部である周とは平日の放課後は時間が合わない。

 梢は日の暮れ始めた空の下を学生鞄を揺らしながら歩いていた。


 すると、あの黒猫が視界に入った。理恩を待っているのだろう。


「…………」


 関わりあうとろくなことがない。そう思った梢はすぐに視線を外し、歩き出したのだが――。



「りーおんっ!」


 校舎から出てきた理恩に梢の姿をした優花が飛びついた。が、毎度のことながらスルリと躱される。


「なんでまた憑いてんだ」

「ちょっとね、気になることあって」

「気になること?」


 優花は理恩にぴったりと身体を寄せながら「うん、あの小嶋くん」と言った。


「小嶋……どっちの?」

「多分、どっちも。私聞いたことある気がするんだ。あの名前」

「知り合いだったのか?」


 優花は「うーん」と唸ってから首を傾げた。


「知り合い……だったのかなあ……」

「同じ中学とか小学校だったとか?」


 霊体である優花が身につけていた制服はこの学校のものではなかった。確かこの近くの女子高のものだから、高校で知り合ったとは考えにくい。


「そうなのかな……。私中学2年の時にこっちに越してきたんだ。その前は兵庫にいたから」

「へえ」

「なんていうか、胸騒ぎがするっていうか……。私なんか忘れてる気がする……」

「そこ、すげえ大事なところじゃねえか」

「そうなの。すごく大事なことを忘れてる。理恩と手を繋いでデート出来たら思い出せそう!」

「どさくさに紛れて何言ってんだ」


 えへへ、と優花は小さく舌を出して笑ったが「私が地縛霊でもないのにあのホームに縛り付けられていたことにも関係あるんじゃないかな……」と呟いた。

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