第8話 悲劇

 美希は母子家庭で育った。決して豊かとは言えない生活だったが、母娘二人の生活は心地良く、他人の家庭を羨ましいとは思いつつも、美希は幸せだった。


 しかし、失われることなどないと思われた幸せは、簡単に崩れた。体調を崩した母親が病院に行くと、心臓に異常が見つかり緊急手術。早めの治療で、すぐに回復すると安堵したのもつかの間、病状が急激に悪化し、そのまま意識が戻ることがなかった。


 『延命措置』

 治療を継続するか、あきらめるか。ただ一人残された美希に判断するすべはなく、ずるずると現状維持を続ける以外の道は無かった。


 公的支援を受けようにも、回復の見込みがない状態に医療費は出せない。母親の命と引き換えに支援を受けるなど、美希にはとうてい出来ない選択だった。


 どういうわけか、この世界には、絶望の淵にいる人間を見分けることができる人間がいる。そして、美希にお金を稼ぐ方法を教えた。

 

 このまま母親の治療を続けても回復の見込みが無いこと、ただ、自分を無意味に犠牲にするだけだとわかっていても、美希は悪魔の手を取ることを決断した。


「〇〇ホテルに行って」

「わかりました」

 携帯の電話がなるたびに、心を閉ざし、何も考えずに行動する。昨今の規制強化により、合法的に運営許可をとっている風俗店では、未成年の美希は働くことができない。運営者も客も、非合法であることを理解しながら、互いを削り合っていく。


 自分の体と引き換えに稼いだお金は思ったよりも少なかった。昔は、女子高生には高値がついたようだが、規制の強化とともに客層も限られ、下手に金額を釣り上げると、逆に危ない目にあう危険性があるらしい。


 そして、危険は常にあった。



「おたくの美希ちゃん、呼びたいんだけど」

美希が所属する闇デリヘル業者に、新たな依頼が入った。


「徳永さん、困りますよ。うちは問題起こさないように細々とやってるんだから、これ以上、あんたとは関わりたくないんです」

また、こいつか。こういう質の悪い連中とは、さっさと縁をきりたいんだが。


「関わりたくないったって、すでに関わってるだろうが。ちゃんと金は払うからさ」

「そんなこと言われても、女の子にだって、限度があるからさ」

「おいおい、もう何人も壊しているだろ。お前も共犯なんだよ!、いいから、黙って寄越せばいいんだよ」

「しかしですね、」

「撮影した動画が、片っ端から消されてんだから、しょうがねえだろうが。こっちも、金だけもらって、物がないんじゃ、やばいんだよ。もしかして、お前、何か知っているのか」

電話口で男が脅すように言った。


「俺が関わってるわけないじゃないですか。どっかの正義感ぶったバカがやってんですよ。わかりました、美希ちゃん派遣しますよ」

そう言って、電話を切った。

 かわいそうだが、仕方ない。まぁ、こんなとこで、体売ってんだから、自業自得だろ。



 新しい客が入ったと連絡を受けた美希は、指定されたホテルに向かった。ホテルの部屋の前に着きブザーを鳴らすと、ドアが開いて、身なりの良い男が出てきた。

「さぁ、入って」

人当たりの良さそうな顔で、美希を部屋に入れた。


 そして、男たちがいた。

 ベッドの周りには、照明やカメラなどの撮影機材が、ところせましと設置されている。


「なに、これ」

唖然としていると、男に手首を捕まえられ、引っ張られた。


「やめて下さい!」

必死に手を振りほどこうとするが、男の力にはかなわない。


「君、いつも、無表情だろ。もっと、感情みせてもらわないと、お客さん喜ばないよ」

「離して」

暴れる美希を他の男が押さえつける。

「誰か、助けて」

「そうそう、そうやって感情丸出しにしてくれると、リアリティが出ていいね。大丈夫、顔は傷つけないから」


 美希はベッドに押し倒され、手足を男たちに押さえつけられる。

 照明が美希を照らし、カメラのスイッチが入った。

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