第9話 絶望

 沙羅が美希とベンチで話をした翌日、美希は学校を休んだ。そして、一週間、美希が登校しない日が続いた。美希の不在に関し、クラスの中で噂話が飛び交い、母親が入院し延命治療していることや、貧困のため学校を止めざるを得ないのではないかといった声が、沙羅の耳へと届いた。


 昼休み、沙羅は以前のように一人ベンチで過ごしていた。


 世の中には、どうしようもないことがある。美希が体を売って稼いでいたのは、そのためか。自分も辛くて逃げ出したかったが逃げられなかった。彼女も逃げたいのに逃げられないのだろう。人が感じる辛さに、重いも軽いもない。助けてあげたくとも、自分にできることはない。せいぜい、隣りに座って、いっしょにパンを食べることぐらいしか。


「なんか、AVに出てたみたいだよ」

「うそー?」

「今、校長室に呼び出されてて、退学になるみたい」

「お金がないからって、そこまでやる?」

沙羅が教室に戻ると、クラスメイトたちが騒いでいた。


 そして、美希が、教室の中に入ってきた。扉が開いた、その瞬間、ざわついていたクラス全体が、シーンと静まり返った。


 皆が無言で見つめる中、美希は無表情で下を向きながら自分の席へと向かう。誰も話しかけない。沙羅でさえも、話しかけられない。


 美希は静かに自分の机の着き、荷物の整理を始めた。美希のたてる物音だけが、クラスに響いていた。


 そして、荷物をカバンに入れ、席を立った時、死んだような美希の目と、沙羅の目があった。


「?!」

沙羅の顔が驚愕に歪む。


 沙羅が美希に語りかける。

「レイプされたの?」


 無表情な美希の顔に驚きの表情が現れた。クラス中がざわめく。

「えっ。何言ってるの。そんな事されてないよ」


「村の女達と同じ顔をしてる」

沙羅が真剣な口調で言う。


「だから、そんな事されてないってば!」

美希が叫び、教室を飛び出した。


「待って!」

 走っていく美希を沙羅が追いかける。


 後ろからでも泣いているのがわかる。


 美希はこの世にいる全ての人間から逃げるように走り続けた。


 学校を出てからも、必死に走った。涙で眼の前が見えなくとも。


 二人の少女が走る姿を、通行人が何事かと言うように見つめていた。


 そして、美希は、大通りに走るトラックの前に飛び出した。


「危ない!」

通行人が叫ぶ。


 トラックが眼前に迫った時、美希は安堵した。

『これで全部終わる。辛い人生から逃れられる』


 目を閉じた一瞬後、美希の全身に衝撃が走り、宙を飛んだ。


 トラックが衝突するより一瞬早く、沙羅が美紀を突き飛ばし、沙羅が美希を抱きかかえるようにして、二人の体が地面に激突した。


 美希が目を開けると、目の前には沙羅の顔があった。


 一連の出来事を目撃した歩行者や、急停止したトラックの運転手、大勢の人々が騒ぐ中、通行人が救急車を呼び、二人は病院へと運ばれた。

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