第17話

「い、いきなり何をするんですかな!? 今のところは、命の恩人にハグでもすべき場面では!?」



「うるさいっ! お前のせいで僕がどんだけ苦労したと思って――いやまて、東海、サラリーマンって言う割には、若くないか?」



「殴るより前に、真っ先にそこに疑問を持つべきですぞ!?」



 内股に倒れた東海は、スリスリと自らの頬を撫でながら声を貼る。キショい。



「で、どういうことなの?」



 サラリーマン野郎に対する恨みが強すぎて、当たり前のことに気づかなかったのは落ち度だとは思ってはいる。なので、ここは腰を落ち着かせて東海の説明を聞くことにしたのだが、



「まあ、ぶっちゃけ、魔法で姿を変えているだけですがな!」



 僕は無言で拳を振り上げた。



「ちょっ、そ、その振り上げた拳で、何をするつもりですかな!?」



「なにって、続きをしようかな、と」



「やめるでござる! やめるでござる!」



 いやいやと首を振る東海。その度にぶるんぶるんと振り回される贅肉だらけや頬肉が、本当に見苦しい。


 この目に入るだけでストレスが溜まるような男が、さらにはあのサラリーマンだと思うと、本当に、本当に、腹が立って仕方がない。


 こいつのせいで、僕は幾度となく入院生活を余儀なくされた。あのクソアレルギーのせいで、僕は学校で友達もろくに作れずにいるのである。

 殴りたくもなる。

 でも、やめろと言われてしまった。クソ。



「っ…………」



 そんなことをやっていると、ぐらり。

 視界が横に傾き、隣にいた間切に支えられたらしいとはわかったけれど、次に訪れるのは果てしない頭痛。


 少し動いたからか、その痛みは先ほどよりも大きく増して、もはや、ぐわんぐわんと、自分が上下左右、どちらを向いているのかすらも定かではなくなっていく。



「ああ、無理するからですぞ。大して魔力もないのに、あれほどに治癒を連発したのですから」



「……これ、いつ、治るんだ?」



 かろうじて聞こえる東海の声に、頭痛の中、声をひねり出した。



「明日の朝には回復しますぞ。でも、一度、痛み止めをしておきましょう」



 なんていいながら、東海が「むんっ」と気持ちの悪い声を発すると、だんだんと僕を襲っていた頭痛は薄れていったので、間切に支えられていた体をゆっくりと起こす。


 まだ少しきついけれど、気恥ずかしさが勝った。僕は気にした様子を悟られないよう、軽口を挟む。



「……便利すぎない? 魔法」



「汎用性はありますが、治殿のようなオンリーワンの魔法の方が使いやすくはありますがな」



「……まあどうでもいいけど」



 僕が超能力だと思ってた力は、彼らに言わせれば魔法ということだろうか。



「間切、僕って魔力なんてあったの?」



「はい。ですが、先輩の力の行使に必要な魔力量は、その能力に明らかに見合わないほど小さいです。異常なレベルです」



「へ、へぇ」



 ……まあ、こんな力に正式な名称もクソもないだろうけれど、これからは、魔法やら魔力と言っておこう。


 この歳になって、魔法とか魔力とか言っちゃってるあたり、すごく恥ずかしくはあるけれども。



「東海、質問いいか」



「なんですかな?」



 東海が立ち上がり、佇まいを直すのをまって、僕は続ける。



「あの日、なんであの山にいた」



 あの日――、いうまでもなく、僕が一晩中野犬に襲われ、死を望んだその日のこと。サラリマーマン風、つまりはスーツ姿と山という、アンバランスな組み合わせは、なぜあの山にいたのか、という疑問を持たせるのに十分な不可解がある。


 東海も、どの日、とは尋ねなかった。ただ、そのまん丸の目を小さく細め、僕を見据える。


 どこか巫山戯る気配も消え失せて、場に緊張が走るようだ。これほどに真面目な東海を見るのは初めてである。



「知ってどうするのですかな?」



 その重々しい空気に、思わず、僕もごくりと喉を鳴らす。



「別に、どうもしない。ただ、僕はなんで助けられたのか、その理由を知りたいだけだ」



「知っても仕方ないと思いますが、それでも聞きたいですかな?」



「ああ」



「後悔しますぞ?」



「……構わないよ」



 僕のアレルギーの原因である、野犬の群れと、倒壊による救助。わけもわからないまま後遺症を残されていたままでは、納得できない。理不尽だと思うところで、止まってしまうだろう。


 ピリピリとした空気が漂う中、僕と東海は視線を交差させる。間切も飲まれたように、ごくりと喉を鳴らすと、それを合図に、東海は口を開いた。



「実は、酒に酔った勢いに、転移魔法を使ったら、あの山で寝てしまっていたんですな――」



「くたばれ」「殺していいですか?」



 僕はそっと拳を振り上げて、明確な暴力を東海へ向け、間切も間切で、ちょっとずつイライラが溜まっていたのか、僕につられるように、そっと魔法少女スタイルへと変身した。

 魔力切れとかいってなかったっけ?



「じょ、冗談です! 冗談ですぞ!? 魔物があの辺りに現れたのを感知して、様子を見に行っただけでござるぅ!!!!」



「魔物? あの山に? どういうことだよ?」



「……もしかして、気づいておりませんかな? 治殿を襲っていた犬は、魔物ですぞ?」



「……は?」



 ちょっとまて。


 魔物が間切を襲っていた理由はわかったが、僕を襲うのは、訳がわからない。


 間切が後継者とかなんとかで、それを嫌った魔王(スライム)が、刺客を送り込んでいたのではないのか?


 東海がそんな僕の疑問に答えるように、続ける。



「魔物にも色々ありましてな。魔王は数多くおりますし。魔力に釣られて、寄ってくるのが習性でもあります。まあ、命令されている魔物はその限りではありませんが、当時、治殿を襲っていたのは前者ですな」



「まて、それじゃあ……間切は、また、魔物に襲われる可能性があるってこと?」



「それは否定できませんが、間切殿の場合は、賢者の魂が乗り移ったような状態。つまりは、その魂をどこかに移してしまえば、間切殿の魔力も霧散するでしょう」



「……そう」



 そうすれば、間切は今後、魔物に襲われる心配はなくなるのだろう。魔力に引き寄せられる魔物も、魔力のない間切には近づかないだろいから。



「魂移しくらいなら、我もできますぞ。というか、我に移しますかな? 正直、賢者クラスの魔力はほしいでござるし」



「そうだね、それなら――」



「待ってください」



 間切の賢者の魂とやらを剥がしてもらおうとお願いした時、間切が口を開いた。

 ここまであまり喋らなかった間切であるが、その語気は強い。



「当然、これから、魔物が先輩の魔力につられることもありますよね」



「それはまあ、そうですな。あまり高くはないと思いますが」



「それなら、私はこのままでいいです」



「え? ま、間切?」



 なぜ?

 魔法少女でなくなれば、もう魔物に襲われる心配などないはずだ。そうなれば、普通に生活できるようになるし、もう、命を狙われるという危険もないではないか。



「先輩は口を挟まないでください」



 そんな風に伝えようとしたが、一蹴。お願いされてしまえば、僕はもう、口を挟むことはできない。



「ごめんなさい。今だけは、そのアレルギー、利用させてもらいます……、東海さん、そういうことなので」


「まあ、我はどちらでも構いませんが、また魔物に狙われる可能性はありますぞ?」


「いいんです」


 即答。


「先輩を守れなくなる方が、ずっと嫌です」


 ――断言。


 流石に、そこは自分を優先してほしいところだった。


 今回、あのスライムの天敵とも言える相手が僕だったのはただの幸運で、普通、あんな化け物はどうすることもできないだろう。


 一瞬で地面を溶かし、大穴を開けるほどの力を持つ怪物。あれと同等の奴が来て仕舞えば、間切の、強いては、僕の命運もそこまでだ。



「愛されておりますなぁ、治殿」



「……そうだね」



 彼女の愛が本物であることは、既に理解した。それ故の、生返事。



「さて、いつまでも女子高生の部屋にいては、なんだか犯罪っぽいですからな。我は退散するといたしましょう。お二方、お大事にしてくだされ」



 そういやこいつ、多分、いいおっさんなんだよな、姿変えてるとかいってたし。


 それは確かに、女子高生の部屋なんて居づらいだろう。僕もなかなかきつい、主に気恥ずかしさ的に。


 さらば、なんて言いながら、東海の姿が一瞬で搔き消える。目の前で見せられると、なんだか画像編集で消されたみたいな印象だ。映る価値無しというあれを想起させられる。



「……変な人ですね」



「前からだよ、あいつは」



「わたしは先輩にいったんですよ」



「……僕に?」



 僕はいたって普通だと思うのだけれど。ちょうの……魔法とか、アレルギーを除けば、という条件はつくけれど。



「さっき、なんで逃げなかったんですか」



 間切は、不貞腐れるように言う。何に不貞腐れているのか、そこまでは、僕にはわからないけれど、それでも、彼女が僕が逃げなかったことに、隠しきれないほどの不満を持っていることは明らかだった。



「なんでって言われても……後輩を置いて逃げるわけにはいかないでしょ」



「〜〜〜〜〜っ!!!! 私はっ!」



 間切が上げる大きな声に、少しだけ、驚いた。その表情は、泣きそうな顔をしながら、怒っているように見えたから。

 あまり、僕の前だと叫ぶようなことはあまりしない……、それに、僕に向かって、不満を言うことはあれど、怒りを向けてくるというのは、初めてだった。



「先輩に死んでほしくないです! 先輩が生きていてくれるなら、私はなんだってできるんですっ! 愛しい人に死なれたら、私はどうすればいいんですかっ!?」



「自分のために生きればいい」



「なら、先輩も自分のために逃げてくださいよっ!!!!」


 もはや、ぐしゃぐしゃだった。

 鼻から、眼から、流れていく体液は、段々と増えていく。


 そう怒りを露わにする間切は、今、どんな気持ちなのだろう……、いや、少しばかり、既視感だ。


 そしてそれは、なんとなくだけれど、わかるような気がした。



「間切」



「なんですか、私はまだいいたいことが――」



「僕を守りきれなくて、悔しいの?」



「――――――っ」


 ひうっと言う、息を吸い上げる音。


 言いたいことは、そのまま胸の中に閉じ込められたらしい。それから、なにか言いたそうにして、それでも言えない……、そんな風に、口を開けたり閉めたりする始末。


 図星だと、いっているようなものだ。



「僕も悔しかった」



「へ?」



 だから、僕もいってやる。逃げろと言われて、僕がどんな風に思ったか。全く頼られていないことに、どれだけ憤慨したか。


 もしも彼女の言う『付き合う』が、守り守られの関係だと言うとなら、僕はそんなものは、願い下げだ。



「もしも、間切が僕を守る対象としてではなく、一緒に立ち上がるパートナーとしてみてくれるというのなら」



 そうして、僕は口にする。


 僕なんかを好きでいてくれた彼女に、嘘偽りない本心を。


 僕にはもったいないくらいの、一途な後輩への返事を。



「僕と付き合ってください」



 ――スライムと対峙した時。この、少しおかしな後輩を、命をかけて守りたかったのは、きっと、そう言うことなんだと思うから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る