第16話

「治癒をスライムに使い続けるのでござるぅぅぅぅぅ!!!!」


 ……聞き覚えのある、気持ちの悪い話し方、声。聞き慣れているはずのその声は、しかし、この場にいるはずもない人物の声である。


 まさかとは思いながらも、僕は横目にその声の方向を見るが……、そのまさかだった。



「東海!?」



 東海がブランコの上でドヤ顔を決めながら、立っていた。なんでそこに立つ必要が……、いや、それよりも、なぜここにいる?


 間切が人避けのご都合結界を張っていなかった……、それならば、もっと人だかりができていても不思議ではないはずだが、現在、間切は魔力切れを起こしている。結界が解けたということは、確かにあるかもしれない。


 だがしかし、何故、東海が僕の治癒のことを知っている?


 僕の超能力について、東海に教えたことは、一度もない。僕の治癒の超能力を知っているのは、家族と、間切、そして、コスプレ先生(信じているかはわからないが)のみである。


 誰かが教えた? あの変人にそんなことを教えてくれる友人が……いや、それはないだろう……、ないよな?



「何をぼーっとしているでござる!? さっさと使うでござるよ!!!! それとも死にたいのですかな!?」



 理由はわからないが、どうせ、このままでは何もできずに死ぬだけだ。それならば、東海の言う通り、スライムに治癒を使用しても、問題はないだろう。


 僕は迫り来るスライムの触手の一本に手を向けて、超能力を発動させ続ける。するとーー



『なっ!?』



 スライムの触手は、その形状が崩れ、どろりと溶け落ちた。

 地面に落ち行く触手だった液体は、シュウシュウと音を立てながら、地面から煙を出させるが……、地面に大きく穴が開くことはなく、表面が少し溶けるだけに留まっている。先ほどの、地面を一瞬で溶かした職種と同じとは思えないほどに、溶解性は弱くなっていることが伺える。



「な、なんで……!?」



「やはり、思った通りですな! あのスライムは、破壊した自らの細胞を糧として、新たな細胞を生み出し、その魔力エネルギーにするという循環を、高速で行なっている。であれば、その供給源を失わせてしまえば、細胞はエネルギー不足となり、活動停止となるのは、必然でございましょう」



『ば、馬鹿な!? そ、そのようなことがあり得るか!? 我の細胞の死滅速度を上回るスピードでの治療など……!』



「治殿の使用できる超能力では、治癒しかできませんが……、その治癒力は異常とも言えるほどですからなぁ。死滅するまでのタイムラグがコンマ1秒以下、ほんの一瞬でもあれば、完全に回復させてしまうほどですぞ」



 その通り。その通りなんだけど……、なんでお前がそのことを知っているんだと突っ込みたい。しかし、今は目の前の怪物に集中しなければならない。


 いくら超能力が有効といっても、捕まり、一瞬で溶かされて仕舞えば、おそらくは即死する。危機は終わってはいないのだ。



『くっ……どうやら、貴様が我の部下を殺めたというのは、ありえぬ話ではないらしい……、であれば、魔力切れの後継者なぞより、貴様を先に処分するのみ!』



 同時、間切に向けられていた触手の全てが、僕の方へと集まってくる。この数、大きさ、どう考えても僕自身が捌き切れる数を超えている。


 であれば。



「治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒治癒ぅうううううううう!!!!!」



『う、うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』



 僕が治癒するたび、スライムの触手はみるみるうちに溶けていき、それらは根元ばかりが残る結果となる。


 これほどに超能力を連発したことはなかったので、あまり気にしなかったが……、治癒にも使用限度があるようだと、今になって、感覚的に理解した。


 じんわりとした疲労が、体を駆け巡る。しかし、このスライムの全てを治療するには――、十分だ。


 僕は疲労の溜まった足を動かし、全速力でスライムへと近づいていく。新たに生み出される触手に阻まれるものの、それらも全て、治癒で溶かしていけば、それらに脅威を感じることなどない。



「散々と、巻き込んでくれたよね……っ」



『っ…………』



 魔法少女がどう言った存在なのかなんて、正直どうでもいい。どうでもいいけれど、このスライムがいなければーー、あるいは、間切は平穏に暮らせていたのかもしれない。


 あるいは、僕もこんな面倒ごとに巻き込まれずに……そして、も、死ぬようなことはなかったかもしれない。


 僕は、治癒の超能力を、限界射程距離である、僕を中心とした半径20m以内全方向に、常時発動させる。


 本来なら、僕に近づいただけで治癒が働く、動くパワースポットのようなものでしかないが、このスライムに対しては、まさに死のバリアーだ。



『ち、近づくなぁっ!!!!』



 スライムが叫びながら伸ばしてくる触手も、僕に触れることなく、どろどろと効果範囲内で溶けるように、力なく地面へと落ちて行く。


 そんな状態の僕がそのまま体育館ほどもあるスライムへと突入すれば、当然。



『や、やめろおおおおオォォォォォォ!!!?????』



 みるみるうちに、僕が近づけば近づくほど、スライムの体はどんどんと崩れていくことに、半ば作業じみた感覚を覚える。正直、治癒の超能力を用いて死滅を止めても、その細胞が活性化するだけのように思うのだけれど、エネルギーの補給はなされないのかもしれない。そこらへんのことは、よくわからない。


 それでも、今は、このスライムを倒せるという事実があれば、問題はないのだ。


 超能力を行使し続けている中、体から力がどんどんと抜けていくのがはっきりとわかる。おそらく、もって3分。


 とはいえ、体育館ほどの大きさのスライムの体を全て溶かすのに、3分という時間は、十分すぎる。



「くたばれ、デカブツ」



『ぐ……ぁぁあ…………っ!?』



 そうして、半ば作業と化したの殺し合いは、スライムの断末魔とともに、終幕を迎えたのである。


 それを確かに確認した僕は、そのまま、意識を手放した。




◆ ◆ ◆




 目が覚めたのは、多分、夜。

 カーテン越しに部屋に入る光は無く、内側からの蛍光灯ばかりが、部屋を明るく照らしている。

 カーテンの色からしても、僕の部屋ではないことは確かだろうか。


「ここは……ッ」


 起き上がろうとすると、すとんとそのまま後ろへと倒れてしまう。同時に、果てしないほどの頭痛に襲われ、体はだるく、力も入らない。

 仕方ないので、横になったまま周囲に意識を向けてみれば、ベッド脇に誰かがいることに気がついた。


 間切である。


 間切はワイシャツとスカートという格好で、僕のいるベッドに体を半分だけ預けている。腕枕をしてすぅすぅと眠っているようで、僕がベッドを占拠してしまっていることに、少しばかり罪悪感だろうか。



「んぁ……」



「おはよう」



 僕が動いたせいか、間切はゆっくりと瞼を上げていく。寝ている女の子が近くにいるというのは、精神衛生上、あまりよろしくないので、間切には悪いけれど、起きてくれて助かった。

 間切は目をこすりながら僕に視線を向けると、ホッとしたような表情を浮かべる。


「……せんぱい、よかった、目が覚めたんですね」



「うん、あのあと、どうなったの?」



 スライムを倒したところまでは覚えているのだけれど、そのあと、どうなったかまでは覚えていない。超能力の酷使で気絶するとは、思いもしなかった。今まで、使っても1回や2回だったし、それで十二分に間に合っていたのだが。

 でも、多分、もう二度と、これほどに使うようなことはないだろう。



「ええと、あの男の人に手伝ってもらって、先輩を私の部屋まで送ってもらったんです。本当は私一人でとおもったのですけれど、私も魔力切れで体がうまく動かなくて……」



「ああ、東海に……っ」



 ここ、間切の部屋なのか。


 それを意識すると、キョロキョロと部屋の中を見たくなるのは、男子高校生の悲しいサガとも言えようか。


 とはいえ、ベットとラグ、クローゼットに机と教科書くらいしかない。


 女の子らしいものは、何一つない。


 ぬいぐるみとか、装飾品だとか、そういう、『遊び』が、この部屋には何一つしてないのである。そのことは、間切のこれまでの状況を物語っているようで、いたたまれない気持ちにさせられた。


 僕は誤魔化すように、慌てて口を開く。



「あいつは何者なんだろうな」



「教えて欲しいですかな?」



「ああ、是非とも――って、どこから入ってきた!?」


 気づけば、東海が部屋の扉の前に立っていた。僕と間切の位置関係からして、扉が開けば僕が気づくはずなのだが、その気配は全く感じられなかった。


 扉は開かなかったと思うのだけれど、見逃した?



「転移魔法で入ってきただけでござるが」



「……転移魔法?」



「我は魔法使いでござるからな」



「……へ、へ――って、え? ま、魔法使い?」



 それはつまり、間切と同じ人種。しかしながら、間切は、魔法少女には魔力を感じられる力があると言っていた。であれば、東海の魔力も感じられるはずだが……。


 僕は事実確認をする意味で、間切の方を見やる。間切は東海のほうへと振り向いているので、その表情は見れないが、



「嘘です。あなたからは魔力は感じません」



「嘘ではござらん。魔力を隠しているだがですぞ。魔法使いの基本的な技術ですが、おそらぬ、間切殿は必要のない環境で過ごしてきたのでしょう。だれも、異界の怪物に襲われる少女に近づきたいとは思いませんからな。知らないのも仕方ないでありましょう」



「……それはまるで、君の他にも魔法使いがいるような口ぶりだけどr」



「ええ、数は少ないですが、おりますぞ。事実、間切殿は魔法使いの一員では、ありませんか」



「…………」



 確かに、その通りだけれど。ということは、まきりの知らないだけで、魔法を使えるファンタジーな存在は、世の中にそれなりにいるということだろうか?


 ……ちょっとまて。



「なあ、東海。お前、もしかして、間切が魔法少女だったこと、知ってたか?」



「存在自体は昔から知っておりましたが、それが間切殿だと知ったのは、つい最近。治殿が彼女と関わりだしたあたりからですな。なにせ、保護対象が自ら危険に飛び込むものですから、ヒヤヒヤものですぞ」



「……保護対象?」



「ええ。昔、サラリーマン風の男に助けられませんでしたかな? あれ、我ですぞ――ぶへらぁ!?」



 東海が昔僕を助けたサラリーマンだと自白したその瞬間。反射的に、その贅肉たっぷりの頬へと、拳をぶちかましてやった。

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