第15話

「ーーもう、勝手にしてくださいっ!」


 頭上から、溶解液の触手が振り下ろされる。


 幸いにも、スピードは大したことはないらしく、僕でも集中すれば交わすことはできる……が、数が多すぎた。


 全てを完全にかわすことは不可能で、皮膚に飛び散る溶解液は、ジュクジュクと音を立てながら腐乱臭を生み出していく。


 多分、濃密な死に晒される経験は、犬に襲われた時にしたことはあるにはあるけれど、クリーンヒットしたらゲームオーバーなんてスペランカー式は初めてだ。クソゲーすぎる。


 触手を無理な体勢で避けた僕は、ボキリという嫌な音とともに、足首がねじ曲がるが、瞬時に治療を施し、次の触手に備えるべく、身体を土だらけにしながら、無理やり立ち上がる。口の中は、血と土の味に満ちているはずなのに、味なんて1ミリも感じない。



「間切ぃ!!!! いつか言ってた通り、僕がいれば安心するんだろ!? 怪我をしても、すぐに治してもらえるから、安心して戦えるんだろ!? なら、僕に気にせず、そいつをぶちのめしてやれ!!」



「気軽に言わないでくださいよっ! 頭に直撃したら即死ですよ、あんなの!? 先輩に治療してもらう前に、絶対死にます!!!!」



 視界の隅に入った間切を襲う触手の量は、僕のソレとは比較にならないほどに多い。魔王が本気で間切を殺しにきている証拠だろう。間切はそれらに1ミリも触れることなく、かわし続けているが、表情にも、声にも、余裕は感じられない。



「くそっ!」



 悪態をつきながら、迫り来る触手をかわす。



「これでも、くらえっ!」



 振り返りざまに手を振り下ろした間切がそう叫ぶと、光り輝く三日月が、軌道上の触手を切り裂きながら、高速でスライムへと向かっていくが……、


 どぷん。


 その三日月の光はスライムの体内に入り込むと、しゅわしゅわと泡立ちながら、どんどんと縮小していき、やがて完全に消え去った。


 間切の使う魔法らしい魔法は初めて見るが、触手の動きが少しも遅くなっていないことから、まるで効いていないことがわかる。



『無駄だ。我の体は常に破壊と再生を繰り返している。壊れた細胞は即座に生きる細胞が食らい、新たな細胞を生み出す。いくら我に攻撃しようと、死滅する細胞の量を少しばかり増えるだけよ」



「どんなチートだよっ!」



 思わず、意味のない悪態をついてしまう。

 口で文句を言わなければ、やっていられない気分なのだ……いやいや、今は冷静になれ。


 今の言葉を考えるに、この溶解液と思っていたものは、スライムの細胞で構成されているという認識で、恐らくは間違っていない。スライムなどというファンタジー生物に常識が通用するかはわからないが、細胞を生きたまま維持するには、エネルギーが必要なはずだ。では、やつはどこからエネルギーを得ているのか。


 奴が溶かした木々、鳥、土。これだけで、体育館ほどもある大きさの体を維持できるのだろうか?



「ああもう、そんなことはどうでもいいだろっ!」



 こう考えている間にも、常に触手に襲われ続けているし、身体には痛みと熱さという感覚以外がかなり希薄になっている。


 正直、もう亜かわし続けるのも限界だ……、僕はあまり運動が得意ではないのである。



「間切! 何か手はないのか!?」



「あるにはありますけど、その状況じゃ……!」



「あるにはあるんだな!?」



 それだけかければ十分だ。力で及ばないのであれば、頭を使うしかない。僕はただの人間だ……、いくら治療の超能力を持っているといっても、この場じゃなんの役にもたちやしない。であれば、せめて1分でも時間を稼ぐ。それが僕の、この場における最善だ。


 これからやることには、明らかな情報不足……、だが、やるしかない。


 僕は肩で息をしながら、スライムに向かって叫ぶ。



「はぁ……ハァ……ま、魔王、こっちに送ったはずなお前の部下、誰にやられたと思う!?」



『そんなもの、後継者がやったに決まって……』



「僕がやったとしたらどうだ!?」



『なに?』



 よし、食いついたっ!


 途端、間切と僕を襲っていた、触手が止まる。魔王の目がどこにあるかは知らないけれど、意識がこちらに向けられたような、そんな気配。

 これで間切に向けられる注意が少しでも減ればいいが……、



『……ならば二匹とも、本気で行くとしよう』



 そう事がうまく運ぶことはなく、スライムの触手は再び蠢き始め、襲いかかってくる。


 それも、僕に向けられる触手の数が、増えた。


 体感、2倍程度。もう、僕の許容量を超えている。どうあがいても、避けることなどはできはしない。



「先輩、ナイスですっ!」



 と、その時、間切が叫ぶ。彼女はどこから取り出したかわからない、それも、先端が青く輝いている杖をスライムに向けていた。


 そして、放たれる青白く太い光。ザ・魔法といったその光景は、神秘的ではあるものの、その道筋にある触手はジュッと音を立てながら、蒸発させていく光景は、その威力を物語っているようだった。


 コンマ数秒も立たずに、本体までたどり着いた光は、その巨体に飲み込まれることなく、表面にクレーターのようなものを作りながら、徐々にその粘液を削っていく。



「す、すごいっ! これなら……」



 だが、それも長くは続かなかった。



「ハァ……ハァ……ッ」



 間切が肩で息をし始めると同時、光がだんだんと縮小していき、やがて、消えていってしまったのである。



「ま、魔力切れ、です……っ」



 間切は、あの光線に全身全霊を込めていたのだろう……、そう言って膝をつく間切の顔色は、非常に悪いように見えた。

 このスライム、どうやったら倒せるんだ……!?



「治殿ぉぉぉぉ!!!! スライムを治療するのでござるよおぉぉぉぉぉ!!!!」



 ……なんか聞こえた。

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