第12話

「君、僕の超能力のこと、ずっと前から知っていたよね?」


 まぎれもない事実。僕はそれを、口にした。


「…………」


 間切は眉をひそめて、しかしやはり無言を貫く。それは肯定と受け取って、差し支えないだろう。


「君の家に行った時、お姉さんにあったよ。ね」



「なるほど、もう、全部、知ってるってことですか」



「うん。知っている、というより、思い出した、という方が正しいかな。先代の魔法少女にーー君のお姉さんに、記憶を封印されていたから」


 昔、僕は魔法少女に会っている。


 その事実を知ったのは、いや、思い出したのは、間切のお姉さんに会った直後のことだった。


 あれは僕が小学3年生の頃。この寂れた公園で、瀕死の間切姉と出会い、治療を施した。


 その時、既に間切姉は残り数秒生きていられるかどうかといった状態だったらしく、僕の治療が一瞬でも遅れていれば、今頃、間切姉はこの世にはいなかっただろう。そして、間切自身が僕につきまとうこともなかったはずだ。


 魔法少女は継承制。再起不能状態、あるいは死亡した場合、別の誰かに受け継がれる。その事実に気づき、間切に教えたのは、先代魔法少女の間切姉だったのだ。


 間切鈴鹿。それが、先代魔法少女の正体で、間切未来に僕のことを話した張本人……だが、間切姉自身は僕の名前すら知らなかった。顔を見て、思い出した、そんな具合だ。


 間切姉は間切には僕のことは話したけれど、それはあくまで、小学生に治療してもらったという事くらいだ。間切は、僕と出会って、僕がその少年であると気づいたのだ。


 それに、思えば、僕は間切が魔法少女だと知った時、なんとも淡白な反応をしていたように思う。もしかしたら、既に魔法少女と出会っていたということを、記憶を封印されながらも、頭のどこかで理解していたのかも知れない。



「だけれど、不可解なことが一つあった。君のお姉さんは、なぜ僕の記憶を封印したのか。なぜ君は僕に過度な接触を図ろうと考えたのか。そして、なぜ僕に嘘や隠し事をしたのか。僕の超能力が目的なら、脅すなり適当に頼むなら、すればいい。この公園に呼ぶ、なんてことはせずにね」



「好きだからですよ」



 彼女は相変わらず、甘い甘い、甘言を囁く。ここにきて、嘘をつく必要はない。僕に嘘と隠し事を知られて、好意を向ける必要もない。


 だから、それはきっと、彼女の本心で嘘偽りない、感情だ。



「……なんで、僕なの?」



 でも、僕は無意識に確かめる。人の好意に理由が必要だと、考えてしまうから。その考えを、捨てたいから。



「好きなものは、好きなんです。理由、いりますか?好きな人を好きでいる理由が、必要なんですか? 先輩はーー先輩の感情に、理由はあるんですか? 姉も、あの時の少年に、貴方に、普通に過ごして欲しかったから、記憶を消したんです。変ですか? 姉妹揃って、一人の男の子を好きでいるなんて」



「っ…………」



 間切は再び、囁いた。シンプルでストレートな感情表現。もしくは、愛情表現。それに、僕は大きく心臓が跳ね上がったような気がした。



「でもきっと、先輩は、理由がないと、怖いんでしょうね……あなたは自分に自信がないですから」



「そんなことは……」



「ありますよ。自信があったら、私なんて、今頃、性的に、食べられちゃってます。先輩、若いんですから、私みたいなそこそこ可愛い子に迫られたら、普通はリビドーなんてすぐに爆発して、私は絶対に処女じゃなくなってます」



「なっ……そ、それはいまは関係ないでしょ!」



 べ、別に、そういうのは結婚してからって考えてるわけじゃないし? ど、ど、童貞だからって理由じゃないし?


 そう、ぼ、僕は身持ちが固いだけだ。うん。



「そうですね、関係ないです。でも、自信もなく、怖がりな先輩が、あの日、私と出会った日……私を助けてくれましたよね。助けて、しまいましたよね?」



「……その言い方だと、助けちゃ悪かったって聞こえるけど」



「いえいえ、そんなわけはないです。助けることはいいことです。助けられることも、多分、ほとんどの人にとっては、いいことなんです……でも、私は助けて欲しくはなかった」



「……どういうこと?」



「私、あそこで死にたかったんです。死んで……楽になりたかったんです」



 彼女の口から齎される全てを諦めたような声音は、ケラの鳴き声が日々は渡るこの公園でも、ようく響き渡った。



「私、疲れてたんです。夜中、誰も知らない、誰も見てない公園で、たった一人で怪物と戦って、いつ死ぬかもわからない恐怖に襲われて」



「それは……気持ちはわかるが、死にたいだなんてーー「なにがわかるって言うんですか!?」ーーっ」



 間切が声を荒げる。初めてのことに驚くものの、しかし、彼女がなにも欠かさず、嘘もつかず、心のままに会話している。


 本気で僕にぶつかってきている、それが、伝わった。



「先輩が、のうのうと幸せそうに生きている先輩に、死にかけて、でも、だれも助けに来てくれないと、わかっていて、最期はだれにも看取られず……死んでいくんだって、思った時の、理解した時の、私の気持ちなんて、理解できるわけがない……っ!」



「…………」



 だからこそ。だからこそだ。


 僕も彼女と本気でぶつかって、本気で話し合わなくては、本当の意味で、彼女を理解することなどできはしない。

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