第11話

 僕はオレンジ色の木漏れ日を受けながら、寂れた公園のブランコに座る。彼女ーー間切には、ラインで待っているように伝えてある。昨日、行けなかったことへの謝罪もだ。


 来る前までは、公園は警察が閉鎖していると思ってはいたけれど、案外、この公園、それに、林は広い。全てを閉鎖しているのではなく、あくまで坂付康太の死亡現場らしき場所の周辺だけが、立ち入り禁止となっているらしい。


 そうして待っていると、定時といってもいい17時30分に、彼女はやってきた。僕と同じ、夏場にもかかわらず、調姿



「せん、ぱい……、せんぱい……せんぱいっ!」



 俯き加減で歩いていた間切は、僕の姿を認めると、全力といって差し支えないほどに、走ってくる。


 それを見て、ブランコから立ち上がった僕は……



「わっ、わぁっ!?」



 普通に避けた。その結果、間切は勢い余って前のめりに倒れそうになりながらも、ギリギリで踏みとどまることに成功していた。



「な、何で避けるんですかぁ……」



 後ろ目に不満そうにしながら、涙声でそう僕に訴えかけてくる。そうはいってもなぁ……。



「だって危ないし。そんなスピードで突っ込まれたら、背中、打ち付けちゃうよ」



「超能力で治せばいいじゃないですか」



「それでも、痛いものは嫌なの。我慢はできるけどさ」



「私、寂しかったんですからね……先輩、昨日、きてくれないんだもん」



「だからって、ライン通知100件は流石にやめてね……ビビるから」



「私からのラブコールですっ」



「あ、そう……」



 なんでもない、普段の様なやりとり。どちらかが本気か冗談かわからない様な言葉を投げ、それを、これまた冗談か本気かわからない言葉で投げかえす、間切とのキャッチボール。でも、間切の声に、そして僕の声の震えにも、隠せない緊張が見え隠れしている。


 そこに気軽さはなく、ただ、本題に移るのが恐ろしい……いや、どう切り出すのか、互いにタイミングを見計らっている様な、そんな奇妙な時間だ。


 そして、その空気を壊したのは、間切だった。



「……私が嘘をついてたって、どういうことですか?」



 間切はゆっくりと僕と向き直りながら、ポケットから取り出したのは、彼女自身のスマホ。そのスマホの画面を、僕に見せつけた。


 そこに写っているのは、僕のとラインのやりとり……その最後、僕の発言。



『君は嘘をついている。いつもの場所、時間で待ってる』


 

 時間は、だいたい一時間ほど前。確かに、僕が送った内容に間違いはなかった。



「どういうことも何も、言葉通りの意味だよ。君……間切は、嘘をついている。それに、隠し事も」



「…………」



 嘘。隠し事。僕が間切と出会ってから、そして、僕が『手伝い』と称して、間切が僕にさせていたこと。その中に、そして、間切との電話でのやりとりの中にも、そのヒントはちらばっていた。


 思えば、そもそもが変だった。


 間切は、いつも雑魚といいながら、怪物を薙ぎ払っていた。その光景は圧倒的で、素人目から見ても、鮮やかな手際だった。


 その彼女が、定期的に僕に治療の超能力を要求してきた。


 その彼女が、実際に腕に怪我を負っていた。


 その彼女がーー僕と出会ったあの日、大怪我を負っていた。


 そして極め付けは、坂付康太の死。


 間切はごくりと喉を鳴らす。彼女の反応は、嘘もついているし、隠し事もしていると、いっている様なものだった。


 僕は、確信を持ちつつ、畳み掛ける様に続けた。



「間切、腕をまくってごらん。ついでに、お腹も」


「えっ……せ、先輩のエッチ///」


「ふざけないで。僕は真剣だ」


「…………」


 僕の推測が正しければ、間切の体にはアレがあるはずだ。僕にとっては何でもない、でも、普通にしていれば、到底、我慢できないほどのもの。


 間切は僕のいう通り、「ばれちゃいましたか」と観念したように、制服をめくって、その白いお腹、腕を見せる。


 そこにあったのは……血のにじんだ、包帯だった。



「やっぱり……」



 推測は正しかった。そう思いながら、僕は間切へ治癒を発動する。外に出てしまった血までは消えないけれど、今、間切を襲っていただあろう痛みは消えたはずだ。


 案の定、間切は治されたことに気づいたようで、ペタペタと体を触り始めた。



「いつから、気づいてました?」



「違和感は、ずっと前……それこそ、初めてこの公園で君の戦ってる姿を見てから。気づいたという意味なら、今日。君の家に行ってからだ」



 思えば、ずっと変だったのだ。僕が彼女のサポートをし始めてから、これまで、彼女のいう『最初のダンジョンで出てくるような敵』しか見た事はない。


 それなのに、彼女は僕に手伝いを要求してきた。雑魚ばかりなら、必要ないサポートだ。それこそ、怪我をした時に僕の家に立ち寄るだけで良い。なによりーーいつの間にか負っている怪我が、不自然すぎた。



「え? 私の家……? 教えてませんよね?」



「坂付君の家は近所って言ってたからね。弟の遥に坂付君の家を教えてもらって、探した。主婦の人とかに聞いたら、案外教えてくれたよ」



「なるほど? でも、なんでそれだけで?」



「君、夜中……毎日、23時ごろまでまで帰らないんだってね。お母さん、心配していたよ……まあ、小学生の頃から言っても聞かないとかなんとか言っていたし、今更と言えば今更だけど」



「っ……」



「そんな時間まで、なにしてるのかな?」



 その答えを、僕はある程度予想している。怪我は際たるもので、僕が帰った後もいつも公園に残るのもそうだ。


「先に言っておくと、どうして君がそんな嘘や隠し事をしていたのかなんて、僕にはわからない。ただ、その隠し事や嘘が、今回の坂付康太の死因に繋がると、僕は考えている」



「私は、彼を殺してなんていませんよ」



「そうだね。君は彼を殺してなんかいない。彼を殺したのは、怪物ーーそれこそ、君ですら大怪我を負わせられるような、そんな化け物……違うかい?」



「……その通りです」



 はぁ、とため息を吐くと、今まで気を張っていたのか、その気を晴らしたように、間切は肩をさげる。


 彼女の嘘。それは、怪物の出現時間について。


 彼女のいっていた出現時間は、夕方から日の入りまで。つまり、夜中は怪物は現れない……それが嘘だ。


 実際は、夜中になればなるほど、強力な怪物が現れる。それは、彼女の怪我が証明している。


 そして、それを教えてくれたのはケラの鳴き声。彼女の電話をしていた時の違和感……それは、ケラの鳴き声がうるさすぎた事だったのだ。


 この公園には、ケラが多く生息しているらしい……そのせいで、かなり煩わしくはあるのだけれど、今回はそれがヒントになった。



「多分、坂付康太は君の、あるいは僕達の後をつけていたんだろう。君が気づいていたかどうかは知らない。けれど、この公園に彼が来ていたというのは、おそらくそういうことだ」



「…………」



 間切は喋らない。おそらく、すでに知っている事で、僕の言っていることが正しいということだろう。


 僕はそのまま、ゆっくりと続ける。



「そして、彼は目撃してしまった。君と怪物が戦っている姿を。そして、君がーー苦戦している姿を」



「その通りです……彼が公園に入ってくることに気がついたのは、彼の声を聞いてから。結界にまで魔力を使う余裕もなくて……一瞬緩んでしまったようで、その隙に」



「……そこからは、僕は見ていないからわからない。ただ、怪物に殺されたというのは、わかった……君なら、死体なんて、怪物と同じように消せてしまうだろう。それなのに、死体は、そのまま残っていたからね」



 僕の言葉に、間切は困ったような笑顔を向けてくる……いや、その表情は僕に向けられたものではないと、なんとなくだが、わかった。

 そうして、こぼすように、口を開いた。



「彼、私が親切にも逃げろって言っても聞かなくて。木の棒なんかで、奴らに立ち向かってたんですよ。本当、バカみたいですよね。先輩みたいな超能力を使えるわけでもなく、ただの人間なのに。一般人が、何かできるわけがないのに」



 「メルヘン」での彼女は、彼のことを、本当に虫ケラのようにしか思っていない、そんな印象だった。しかし、今の彼女からは、少なくとも、そんな雰囲気は感じられない。


 悲しんでいるわけではない。ただ、責任を感じている、そんな表情だ。



「彼は勇敢だったんだね」



「無謀ですよ。あんなの、勇敢とは言いません。アリンコがトラックに立ち向かうようなものです」



「……そんなにか」



「ええ。いつも、いつも、毎夜、毎夜。どんどん強くなっていくんです。先輩に怪我を治してもらうまで、小さな疲労と怪我を蓄積させながら、無理して戦ってました。先輩がいなかったら、今頃、私はここにはいません」



「それは、いつのこと?」



 普通に考えれば、夏休み前の、あの日。僕が間切を治療した、あの夕方のことだ。でも、僕のいう、「いつ」は、もっとずっと、昔の話。



「何をいっているんですか? そんなの、夏休み前の、あの日に決まっているじゃ……「違うよ」」



 僕は間切の言葉を遮る。これから僕が言うことは、推測ではなく、単なる事実。裏付けのされた、真実を、口にする。



「僕は、君が嘘をついて、隠し事をしているといった。今までの話は、君の嘘。そして隠し事は……君、僕のこと、もっとずっと前から、知っていたよね? もっというとーー」


 ーー僕の超能力のことを、ずっと昔から、知っていたはずだ。

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