第30話 俺、初体験


「すまないことをした」


 照りつける太陽の下、ラウラは俺達に頭を下げていた。


 ここは砂漠。

 俺達が彷徨っていた地下空間の真上だ。


 やや離れた場所にセラディスの兵士達が集まってきており、馬車の姿も窺える。


「まさかダリウスが偽物であったとは……。陛下も何か気掛かりなことがあったからこそ、私を監視役として護衛に付かせたに違い無い。それを私は……おっと、これはそなた達に関係の無い話だったな」


 ラウラはハッとなって話を元に戻す。


「身勝手な申し出だと重々承知しているが、そなた達の身柄を我がセラディスに預からせて欲しい。無論、相応の待遇でだ」

「身勝手か……全くその通りだな」


 俺はエルナの首元で不満の声を上げた。


「申し訳無い。だが、これはそなた達にとっても有益な話だと思うが」

「まあ確かに」


 俺がこの世界の情勢を左右させる重要なアイテム、賢者の石だと知った以上、のほほんとなどしてはいられない。俺を手中に収めんとする奴らがウヨウヨと寄ってくるはずだからだ。


 そんなのを一つ一つ相手にするなんて面倒だし、魔法の真理を求める行動の邪魔でしかない。

 しかし、ここでセラディスとかいう国の後ろ盾があれば、それが幾分かは解消されるはずだ。


 セラディスがどんな国なのかは分からないが、何か不穏な動きがあれば俺とエルナでどうにでも対応出来るだろうし。


「条件がある」

「聞かせてもらおう」

「セラディスでの俺達の身の安全と自由の保証だ」

「承知した――とは言っても一騎士長が独断で言っても信用出来ないだろうな」

「そうだな」

「ソリス王はそのような御方ではないが……もし、万が一、そなた達の希望に添えない状況が発生した場合、この私が全力でそなた達を守ろう。それで了解してはもらえないだろうか?」


 彼女のこれまでの行動を見る限り、嘘を吐くような人間には見えない。

 見た目通り、生真面目で実直な性格だ。ならば――。


「分かった。じゃあ、その担保として蒼銀あおがねの聖剣をこちらで預かっておく。それでいいか?」


 ラウラはエルナが背負っている剣を見ながら、しばし沈黙する。

 何か考えている様子だったが、すぐに答えは出たようで。


「……ああ、ではそのように陛下に伝えておく」

「というか、そんなこと言っちゃってるけど、俺達に断る選択肢なんて端から無いだろ。ちゃっかり護送用の馬車まで用意しちゃってさ」


 言いながら離れた場所に停まっている馬車に目を向けると、彼女は申し訳なさそうに、


「……すまない」


 とだけ呟いた。


「エルナもそれでいいよな?」

「えっ……あ、はっ、はいっ!」


 ぼんやりと聞いていた彼女は、急に話を振られたもんだから慌てた様子を見せる。

 そんな中、ラウラは少し屈み込むと、俺のことを不思議そうに覗き込んできた。


「しかし不思議なものだな、石がしゃべるというのは」

「む……」


 彼女の瞳と顔が物凄く間近に迫る。

 これがまた案外美人だから視線の置き場に困る。


「あー……その……なんだ……あんまり見つめられると……」

「はっ……これは失礼」


 彼女は咳払いをする。


「どうも石と会話をするというのに慣れていなくてな……。そういえば先のように人の姿にまた化けることも可能なのか?」

「まあ、出来なくも無いが……恐らくダリウスの姿にしかなれないぞ?」


「そ……それは……」


「奴の魔法をそのまま写し取っただけだからな……応用が利かないのが難点だな」

「そ、そうか……」


 ラウラは気まずそうに答えた。


 俺も俺で、やはり人の体は過ごし易くはあるのだが、見た目が見た目なのでそうそう人の姿になるのも憚られる。結局、特別な場合を除いて石の姿で過ごすことが多くなりそうだ。


「では早速だが用意した馬車に乗ってくれるだろうか。王都まで案内しよう」

「ああ、だがその前にちょっと待ってくれるか。彼女と話があってな」


 ラウラは俺からエルナに視線を移し、納得したような表情を見せる。


「了解した。では、馬車の前で待っている」


 そう言い残すと彼女はこの場から去って行った。

 残されたのは俺とエルナだけ。


 辺りには揺るかな風に黄色い砂が舞っている。


 俺がわざわざこんな時間を取ったのは、彼女が何か言いたそうにしていたからだ。


 しかし、エルナはモジモジとしているだけでなかなか喋ろうとしない。

 だから俺から話しかけようと、口に出しかけた時だった。


「あっ……あ、あの……」


「なんだ?」


「ずっ……ずびまへん」

「噛んだな」

「噛みました……」


 それで彼女の表情が和らぐ。

 少し緊張が解けたようだ。


「あの……また私が足を引っ張ってしまったみたいで……すみません」

「そんなことか。そういうので一々責任を感じなくていいって前にも言わなかったか?」


「ええ、でも……」

「〝でも〟は禁止」

「えええっ! だって……」

「〝だって〟も禁止だ」

「ふぇぇ……それだと何も言えなくなってしまいます……」


「そんなことないだろ。俺達は一蓮托生……というか、一心同体? いや、なんか違うな……不即不離……じゃなくて……二人三脚……共存共栄……死なば諸共……ああっ、いい喩えが見つからないが、まあとにかく、そんな感じな訳だから言い訳なんていらないんだよ」


「……」


 変な沈黙が過ぎる。


「なんだよ?」

「金の木と銀の木が朽ちるその日まで――」


「……え?」


「あっ……えっと、あの……エルフの森に伝わる諺です。それが私達の関係に近いのかなあ……なんて思ったんですが……」

「どんな意味なんだ?」

「二つの木は別名で番いの木とも呼ばれていて、互いに寄り添うことで実を付けると言われています。多くの実を残し、そして老木となって朽ちる時もなぜか一緒なのだとか。そういう意味でプロポーズの言葉などにも使われたりするのですが……」


「あ、そう……」


 俺がぎこちなく返事をすると、エルナは、はにかみながら笑みを見せた。

 なんだか胸の辺りがムズムズとするが悪い気分ではない。


 これは前世では感じたことの無い感覚だなあと感慨に耽っていると、彼女が急にしんみりとした表情を見せる。


「でも……あの時はびっくりしたんですよ」

「あの時?」


「ほら、偽勇者の元へ行くってアクセルが言い出した時です……。あの時……私は自問自答していたんです。私に才能が無いから別の所に行ってしまうんだ……。やっぱり私はには何も無いんだ……。でも別にそれでもいい。私はアクセルと別れたくないって……。そう思うと目の前の現実が悲しくて……辛くて……苦しくて……それで……」


 思い出すとその時の感情が蘇ってきてしまったのか、彼女は目尻に涙を溜めていた。


 俺はその姿を見ながらゆっくりと息を吐く。



「お前は泣き虫な上に、忘れっぽいよな。これも前に言ったと思うぞ。〝魔法はお前を裏切らない〟ってな」


「あ……」


「そして、もう一つ」


「?」





「俺もお前を裏切らない」





「……」



 すると彼女は俺を手に持って俯いてしまった。

 恐らく俺に顔を見られたくないんだろうな。


 でも、彼女はすぐに頭を上げた。

 まだ瞳は濡れそぼってはいるものの、その表情は清々しい笑顔だった。


 そして彼女は何を思ったのか、俺のことを自分の口元に近付け――、

 その小さな唇で触れたのだ。


「!?」


 柔らかくて温かい感触が石の体全体を駆け巡る。


「なっ……!?」


 俺も突然のことで気が動転していた。

 大賢者たるものこんなことで動揺してはならないのだが、こんな経験初めての事だったし、あまりに不意打ちすぎて平静を保てなかった。


 すぐにこの事を問いただそうと口を開きかけたのだが、彼女はニッコリ笑って俺を再び首に掛ける。

 まるで質問は受け付けませんとでも言っているかのようだ。


「さあ、行きましょ!」


「えっ!? ちょっ、おい!」


 そう言ってエルナは、砂丘の上に停まる馬車に向かって駆け出すのだった。


                                                                   〈石、誕生編 了〉

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魔法は俺を裏切らない ~大賢者が転生したのは石ころでしたが、やっぱり最強だったので落第エルフの弟子と成り上がります~ 藤谷ある @ryo_hasumura

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