第29話 心ひとつに


 次の瞬間、聖剣が目映い光を発した。


 眩しくて直視出来ないほどの光だ。


 ダリウスは苦悶の声を漏らした。

 俺が送った魔力によって聖剣に宿る退魔の力が動き始めたのだ。


 光を浴びた彼は、次第にその本性を現す。

 勇者らしく精悍な顔立ちだった表情が、瞬く間に醜悪なものへと歪んで行く。


 白い肌が浅黒いものに変化し、爪や牙が鋭く伸び、背中からコウモリのような翼が生える。瞳は燃えるような赤に染まっていた。


 それはまさに魔物の風貌。


 その姿を見たラウラは瞠目しながらも、怒りの表情を彼に向ける。


「お……お前は……! 陛下……いや、我がセラディスを騙していたというのか!」


 ダリウス――いや、その魔物は退魔の光に圧力を感じながらも薄ら笑いを浮かべる。


「騙した? 人聞きの悪い……。僕は純粋に賢者の石を欲しているだけですよ。ただそれは、魔王を討伐する為ではなく――魔王を復活させる為ですけどね。ふふっ……」

「くっ……本物の勇者殿はどこへやった!」


「さあ? 僕は、この蒼銀あおがねの聖剣と法王庁の書状さえあれば良かったので、それ以外のことは忘れました」

「なっ……貴様っ……!」


 ラウラは悔しそうに唇を噛み締める。


「さて、こうなってしまっては潮時のようですね。一旦出直した方がいいかもしれません」


 聖剣を奪われ、魔法騎士も敵対した。それでは分が悪いと踏んだのだろう。

 魔物は天井の大穴を見上げ、翼を伸ばした。


 そこで俺は企みに満ちた笑みを浮かべる。


 翼を羽ばたかせ、魔物の体が宙に浮こうとした時、それは起こった。

 彼の体が、地面に括り付けられたように動かなくなったのだ。



「なっ……!? これは……?」



「俺が奪ったのは人化の魔法だけだとでも思ったのか?」

「ま、まさか……」


 彼の顔から血の気が失せて行くのが分かる。



魔圧弾ブルートバレット。お前がエルナを張り付けにした魔法だ」


「!?」



 既に見えない鎖が魔物の手足や翼に絡み付き蹂躙していた。

 必死に飛び立とうにも、もう逃れることは出来ない。


「どうだ? 自分の魔法に押さえ込まれる気分は」

「……」

「さて、そろそろ終わりにしようか」


 彼は刮目した。


「魔物は魔物らしく聖剣によって浄化されるがいい」


「っ……!?」


 俺が蒼銀あおがねの聖剣を構えると、魔物は諦め悪く藻掻き始める。



「消えろ」



 俺は聖剣を振りかざすと、縦一文字に切り裂いた。

 光の刃が魔物の体を貫き、砕く。



「……!」



 彼は断末魔の叫びすら上げること無く、全てが小さな粒子となって消し飛び、跡形も無くなる。


 地面には、たった一つの肉片すら残っていなかった。


 目の前の脅威が完全に消滅したのを確認すると、俺は真っ先にエルナの元へと向かう。

 血塗れで倒れている体を抱き起こすと、彼女は朦朧とする意識の中で俺に何かを訴えようと口元を動かす。


「あの……私……」


「喋るな。いいから、じっとしてろ」



 俺は、そのままエルナの体を抱き締めた。



「あ……」



 彼女の小さな声が漏れる。


 温かい。


 今ここに、石ではない肉体があることを感じる。


「いいか、俺の中の魔力を感じろ。それを自分の体の中に循環させるイメージだ。この体でも石である時と同じ感覚だ。出来るだろ?」


「う……ん……」


「ゆっくりでいい」


 そう告げると、エルナは目を閉じた。

 すると俺の中の魔力が彼女に吸い取られ、回り始めるのを感じる。


 柔らかい光を放つ四大元素エーテルの粒子が、俺達の周りで綿毛のように舞い始める。

 そして血塗れだった彼女の体が次第に元の姿へと戻ってゆく。


 傷が塞がり、砕けた骨も繋がってゆく。


 舞っていた粒子が消え、彼女が瞼を上げた時には、その体は完全に元通りになっていた。


「それが回復魔法ヒーリングだ」


 俺が体を起こし、そう伝えると、彼女は自分の体を見回して不思議そうにしていた。

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