第28話 仮面の下にあるもの


「さて、これで無事目的のものを回収出来たことですし、王都へ戻りましょうか」


 俺を手の中に握ったダリウスは、傍で項垂れるエルナに目を向けた。


「その少女はラウラさんのお任せしても宜しいですか?」

「あ、ああ……」


 言われた彼女は素直に受け答え、エルナの元へと歩み寄る。


 ダリウスはそのまま、地上の光が降り注ぐ穴の真下へと移動し、外へ出る為の算段があるのか、天井を見上げながら小さく笑った。


 そして今一度、手の中の俺を確認するように指で摘まんで光にかざす。

 その屈折する赤光を見つめ、さも楽しそうに口元を弛ませる。


「随分と楽しそうだな」

「……? そう見えましたか?」


 俺が投げ掛けると、彼は元の引き締まった顔立ちに戻り、答える。


「これからは貴方と仲良くやって行かなくてはなりません。宜しく頼みますよ、アクセル」


「仲良く……か」


「ん? 何か不満な点でも? 僕に出来る事ならば善処しますよ?」

「そうだな。じゃあ一つ言わせてもらおう」

「どうぞ」

「お前如きに、俺の名前を気安く呼んで欲しくない」


「……は?」


 それは想定外の言葉だったのか、彼は呆気に取られたようになっていた。


「それと――」


 俺は自分の中の魔力を組み替える。

 とある魔法を使う為だ。


 しかし、当然エルナ無しでは魔法は使えない。

 俺が単独で使うことの出来る魔法と言えば、魔物から得た猪突猛進フューリアスカノン超振動牙ウェイブレイドくらいだ。


 だが、俺は今――、


 その二つとは違う魔法を発現させようとしていた。




「お前とは、仲良くやる気は無い」




 刹那、俺の体が紅く、強い輝きを放つ。


「なっ……!?」


 ダリウスが戸惑う中、正八面体の体は光の粒子となって拡散し、彼の手から抜け出す。そのまま体を這うように腰の聖剣を撫で、宙を舞い、彼の正面に集まる。

 そこで粒子は再び結晶化した。


 だがそれは、元の石の姿ではない。


 一人の人間――少年の姿がそこにあった。


 しかもそれは、ただの少年ではない。

 銀髪と色白の肌。



 勇者ダリウス――そのものだった。



「こ……これは……どういう……?」


 まるで鏡映しのように同じ姿、同じ顔が並ぶ。

 ダリウスだけでなく、近くにいたエルナやラウラも俺の姿を見て呆然としていた。


 それもそうだ。石が突然、人間になったんだからな。

 しかもそれが勇者と瓜二つなのだから当然の反応だ。

 それに俺の手には奴が持っていた聖剣がある。彼の手から抜け出た際に奪い取ったのだ。


 それを見たダリウスは、自分の腰に聖剣が無いことに気付く。


「お前は……一体……?」


 彼は焦った顔を隠し、冷静さを保とうとしていた。



「質問の多い奴だな。だがいいだろう、答えてやるよ。これは〝人化〟の魔法だ」


「……!」



 彼はやや引き攣った表情を見せたが、すぐに平静を取り繕う。


「ほう……」


「俺は彼女――エルナを介して触れたものの魔法を解析して、自分のものにすることが出来るんだ。確かさっき、俺を奪おうとした時、彼女に腕を掴まれたよな?」

「な、何が言いたい」


「おや? 動揺してるのか?」

「……」


 ダリウスは険しい表情を見せたまま押し黙る。


「その時に見えたのさ。お前の中に人化の魔法があることを。それをそのまま写し取ったら、この姿になっただけなんだが?」


「……」


「他にもおかしいと思うことはあった。例えばこの勇者の剣」


 俺は今自分が手にしている聖剣に視線をやる。


「確かにこいつからは聖剣に相応しいオーラを感じる。まさしく勇者の持ち物だろう。だが、これを抜いたことこそあれ、実際に使った所を見ていないのは偶然だろうか?」


「……」


「魔法よりも容易に扱えるはずの剣を使わない。それって、使わないんじゃなくて、使えないんじゃないか?」


「……」


「魔を討ち滅ぼす為の聖なる剣が扱えない。それってどういうことだろうな? それと、勇者が人化の魔法を何に使うんだろうな? しかも勇者が勇者に化ける? あれれ、こいつはおかしいなあ?」


「……」


「あっ、そうだ、言い忘れてた。俺さっき、触れたものの魔法を解析出来るって言ったけど、それって魔物限定なんだよね」


「貴様……最初からそのつもりで……」


 ダリウスは歯噛みする。

 それを聞いていたラウラは、訝しげな視線を彼に向け、不信感を募らせる。


「勇者殿……あなたは……」


「さあ、何を言ってるんですかね? 僕は紛うこと無く勇者ダリウスですよ。あ、もしかしてこれは、僕が賢者の石の所有者として相応しいかどうかを試されているとか?」


 彼はこの期に及んで惚け続けるつもりだ。

 なら、こっちにも考えがある。


「そこまで言うのなら、試してやろうじゃないか」


 これが魔王を封印する為の剣ならば、出来るはず……。


 俺は手元の聖剣に自身の魔力を籠めた。

 人の姿だからこそ出来る芸当だ。


 それで何かを感じたのか、ダリウスの顔に焦りが見え始める。


「なにを……!?」

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