第25話 遺跡、石像、大賢者


 砂漠の地下迷宮を進み始めて数時間。


 歩き続けての感想は、まさにそこはダンジョンだということだ。

 複数に分岐する道、入り組んだ通路、風という道標が無ければ永遠に彷徨い続けただろう。


 そんなダンジョンエクスプローラーの真似事も唐突に終わりを告げる。

 突如、広い空間に飛び出したのだ。


 見上げれば頭上に大きなドーム状の屋根。

 その頂点に小さな亀裂があり、そこから真下に向かって光が降り注いでいた。


「あれって、もしかして……」

「ああ、外の光だな」


 エルナの表情が雲間から現れた太陽のように明るくなる。


「やりましたね」

「それは良い結果だとしてだ……。問題はあそこからどうやって出るか……だが」


 その亀裂は到底、人が通り抜けられるような穴の大きさではない。

 加えて、あの高さだ。空でも飛べなきゃ届きはしない。


「やっぱ、使うしかないだろうな」

「え?」

「魔法だよ、魔法」


 エルナは最初、自分に言われたのだとは気付かず、きょとんとしていた。

 しかし、すぐに、


「えっ、私ですか??」


「他に誰がいるんだよ。俺が猪突猛進フューリアスカノンで突っ込んで砕いてもいいが、それじゃダリウス達に居場所を教えてしまうようなもんだろ。だったらエルナがやるしかない。それでも派手に魔法をぶっ放す訳だから、近くに奴らがいたら勘付かれてしまう可能性が無くは無いがな。何にせよ、やらなきゃ外には出られない訳だし、そうするしかないんだけど」


「そうですか……。でも、私……残りの矢が一本も無いんですけど……」


 彼女は腰の矢筒に意識を向けながら、残念そうに呟いた。


「それなら問題無い。今まで魔法を安定させ易いって理由で弓矢を補助として使っていたが、もう今のお前ならそれが無くても魔法の矢を作り出せると思うぞ」


「……へ?」


 彼女は目を丸くした。

 そんな事が出来るなんて思ってもみなかったからだ。

 そして同時に、少し前の出来事が思い返される。

 矢切れを起こしてピンチに陥ったあの時の事だ。


「だったらあの時も……それが使えてたら……」

「過去は過去だ。そんなもの後悔しても仕方が無い。そもそも、やり方を教えてないし、切羽詰まったあの状況じゃ、それも無理だろ」

「はい……」


「とにかくやるぞ」

「はいっ」


 エルナは顔を上げると、天井の亀裂を見つめた。

 そのまま背中の弓に手をやろうとするが――、


「弓もいらないぞ」

「えっ」


「まあ魔法を放つだけなら、そもそも弓の形を取る必要も無いんだが、それでは多分イメージが掴みにくくて、まだ今のエルナでは不安定になり易いだろう。慣れた道具を模す方が圧倒的に扱い易いからな」

「そう……なんですか……?」


「なので弓も矢と同じように魔法で形成する。どうせなら同質のものを使った方が集中出来るし」

「……」


「ただ必要な情報量が増えた分、より多くの条件を揃え、魔法式を組み上げなければならない。まあ、その辺の所は器の容量的にも、エルナの情報処理能力的にも不安は無いがな」

「は、はあ……」


「じゃあ、頼むぞ。俺はサポートに回る」

「はいっ!」


 彼女はしっかりとした返事をすると、何も持っていない手を天に向けて突き出す。

 視線が一点に定まり、一気に集中状態に入った様子。


「握り形成……リム角度……弾性計算……ストリング形成……」


 握られたエルナの手に魔力で形作られた光の弓が形成されてゆく。

 その弓にもう一方の手を添えると、今度は一本の矢が線を描くように現れる。

 魔法の弓矢の完成だ。


 彼女はグイッと光の弦を引き絞ると、今一度、亀裂に狙いを定める。

 矢尻に魔力の風が集まる。

 それは、道具という触媒を全く使用していない純粋な一撃旋風テンペストアロー

 そいつが今、放たれた。


 光の尾を引いて真っ直ぐに飛び、亀裂をぶち抜く。

 轟音と共に、大小の岩石が床に降り注ぐ。

 舞った砂煙の奥に、地上から降り注ぐ、太い光の柱が現れる。

 空いた大穴から外を見上げれば、そこには蒼い空が窺えた。


「成功だな」

「あ……はいっ」


 彼女がはにかむと手から魔法の弓が消える。


「これだけ大きな穴を開ければ脱出には充分だろう。あとは、あそこまでどうやって登るかだが……。せっかくここまで風系統の魔法を練習してきたんだ、ここらでそろそろ飛翔フライの魔法に挑戦してみないか?」


「えええっ!? 飛翔フライって……まさか、空を飛ぶってことですか??」


「そんなに大袈裟に驚かなくても……」

「だって……魔法に疎い私でも、空を飛ぶのは魔法の中でも最上位のものだって知ってますよ?」

「え……飛翔フライが? おかしいな……俺のいた世界では初級レベルの魔法なんだが……」


 これが最上位となると、この世界の人間は普段、どんな魔法を使ってんだ?


「とにかく、今やった魔法の弓よりは断然簡単な魔法だから。もう出来ると思うぞ」

「えええええぇっ!?」


 エルナは二度、驚いた。


「飛べると言われても全然そんな気がしないんですが……」

「大丈夫、大丈夫。要領は今までと一緒だ。やれば出来る」

「うぅ……」


 彼女は不安な表情を浮かべながらも空いた穴の真下へと移動する。

 その際の足取りが覚束無い。

 魔法が成功するしない以前に、高さによる怯えの方が大きいのだろう。

 あそこから落ちたらと考えると足が竦むのだ。


 あらゆる可能性に対処する思考を持っているからこそ魔法操作に長けているのだが、こういう時は逆にそれが障害になったりする。


 穴から空を見上げている彼女の踏ん切りが付くまで待っていると、俺はある物に気付いた。

 今まで暗闇で良く分からなかったが、光が差し込んだことで露わになった部分があったのだ。


 今、俺達がいる正面に一段高い場所がある。

 そこの壁際に巨像が立っていたのだ。


「エルナ、ちょっと正面にあるアレを見せてくれ」

「正面……ですか?」


 彼女はとぼとぼと歩き出し、俺をそこまで連れて行ってくれる。

 巨像の足元に辿り着き見上げると、それは何かの人物を模した像だと分かる

 大きさにしたら高さ十メトルほど。

 堅い石を彫って作られたものだ。


 魔法使いのようなローブを身に纏った精悍な顔付きの男。

 だが長い年月を超える間に所々が砕け、ひび割れている箇所も見受けられる。


「やはりここは滅びた古代文明が眠る場所みたいだな」

「じゃあこの人は、その時代の人?」

「どちらかというと、それより少し前じゃないか? 彫像になるくらいだからな。その時代で崇拝されていたか、似たような対象ってことだろうし」

「ふーん……」


 彼女が感慨に耽っている中、俺は像の足元に刻まれた文字を見つける。


「ちょっと像の足元に近付けてくれ。何か書いてある」

「えっ、ここですか?」


 そこにはこう書かれていた。


「えーと、なになに……。〝大賢者アク……ル……ア……ヤーを讃えて〟か。うーん……文字が削れてしまっていて上手く判別出来ないな……」

「読めるんですか?」

「え? あれ? なんで読めるんだろう。つーか、エルナは読めないのか?」

「私達の文字と似ている部分もありますが……ちょっと違う感じですかね……。それにしても大賢者だなんて、アクセルと同じじゃないですか」


「あー……まあ、そうだな」


 改めて見上げると、なんだか親近感を覚えるのは気のせいか?


 そんな事を思っていると、突如背後に強烈な気配を感じた。

 何かが上から降り立ったのだ。



「っ!?」



 エルナも同様に気配を察知し、焦ったように振り返る。

 すると天井から差し込む光の真下に、二つの人影が立っていた。


 佇む男女。

 彼らの顔に見間違いは無い。


 ダリウスとラウラだ。


「良かった。割と早く見つかりました」


 勇者は一歩前へと進み出ると、楽しそうに笑って見せた。

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