第26話 対峙


「地表から光の矢が飛び出した時は驚きましたよ。まさかと思って来てみて正解でした」


 ダリウスはさも嬉しそうに言った。


 ちっ、見つかる可能性は考えていたが、想定よりも早かったな……。

 俺は内心で舌打ちする。


「それにしても砂漠の下にこんな空間があるとは思ってもみませんでした。賢者の石が砂の中に埋まってしまっては、そこから探し出すのは相当困難ですからね。このような場所があって幸運でしたよ。あ……もしや、これも想定内だったとか?」


 彼はそう問いかけてきた。

 しかし、それはエルナに向かってではない。

 明らかに俺のことを見て言っている。

 こちらが何も答えないのを確認すると、ダリウスは含み笑う。

 そして、


「よもや賢者の石が人語を操るとは知りませんでした」


 どうやら、先程のエルナとの会話をしっかりと聞かれてしまったらしい。

 こうなったら隠していても仕方が無い。


「ああ、世の中にはそういう石もあるんだぜ?」


 エルナの首元でそう答えてやると、それを聞いていたラウラは驚いたように刮目した。

 逆にダリウスは興味津々といった具合で話しかけてくる。


「これは面白い。過去の文献に於いても賢者の石が喋ったなどという記録は残されていないですからね。となると、かなり強引にでも貴方を奪わないとまずそうですね」

「どういう意味だ?」


「言葉というものはかなり強力な呪縛となる。力で直接支配するよりも信じる者は従順で扱い易い。既に彼女は貴方の言葉にすっかり騙されているということですよ」



「そ、そんなことありません!!」



 そこで大きく声を張り上げたのはエルナだった。

 彼女は怒りに満ちた表情でダリウスを睨み付けていた。


「アクセルはそんな人じゃないです!」


「アクセル……ほう、そんな名前なのですか。かつてこの世の魔法の全てを極めたという魔法使いも、そんな名前だったような気がしますが……。ともあれ、石を人扱いとは。それにその反発の強さ。かなり根が深くなってしまっているようですね」


「そんな……そんなことは……」


「いいでしょう。それが貴方の言う通りなら、僕が石を奪ってみれば分かることです。その瞬間、貴方は賢者の石の呪縛から解き放たれ、固執しなくなるはずですから。それで証明できるでしょう」


 言うとダリウスは右手を前に突き出した。


「来るぞ!」

「っ!?」


 俺の言葉を受けて彼女は咄嗟に身をかわす。

 直後、辺りに爆音が響き渡った。


 背後にあった石柱が陥没し、砕け散ったのだ。

 それはまるで大きな圧力によって押し潰されたかのよう。

 そのまま石柱は足元から崩れ、轟音を立てて倒壊する。


「い……今のは……? 全然、見えませんでした……」

「圧縮された空気……いや、魔力そのものを圧縮したような感じか? さっきの魔法もこれと同じだろうな……」


 恐らく、エルナの一撃旋風テンペストアローを打ち消したのも、この力だ。

 相手の魔法をそれ以上の魔力の塊で爆散させる、なんとも単純で乱暴なやり方。

 見えない魔力の砲弾――魔弾とでも言うべき力。


 これがこの世界の勇者の戦い方なのか?


 何故、腰にある剣を使わない?


 使うまでもない相手ということか?


 だが今はそんな事を悠長に考えている暇は無い。


「次が来るぞ」

「はいっ」


 エルナは素早く魔法で脚力を強化し、ダリウスが伸ばした手の延長戦上から離脱する。

 見えない砲弾が彼女の体を掠めると、すぐさま体勢を整え、あの魔法の弓を作り出す。


「なっ……魔力で弓を作り出しているのか!?」


 離れた場所にいるラウラが度肝を抜かれたような声を上げる。

 それだけ、この世界では有り得ない部類の魔法なのだろう。


 しかし、目の前のダリウスもその有り得ないものを打ち消す能力を持っている。ある意味、彼も勇者らしく特別な存在なのだろう。

 多分、この魔法の弓矢も普通に放った所で、前と同じような結果になるだけだ。


 どうする?


 俺はエルナに向かって心の中で投げ掛けた。

 すると彼女の瞳は真っ直ぐに目標を捉えていた。


 何か考えがあるらしい。

 なら、それに同意するだけだ。


 俺はありったけの魔力を彼女に受け渡した。

 すると、つがえた矢から放出される風が勢いを増す。


 彼女はそいつを無言で――、

 ――撃ち放った。


「ふ……また、それですか」


 ダリウスは呆れたように笑うと、掲げた手で狙いを定める。

 放たれた魔弾。

 それと一撃旋風テンペストアローが正面から激突する。


 案の定、魔法の矢は四散した。


 だが――、


 四散したそれぞれが息を吹き返したように向きを変え、ダリウスに向かって飛んだのだ。

 その四片が皆、尖端を持った矢だった。

 分裂した矢――。


 それはまさに幻影散撃イリュージョンアロー


「つまらない玩具ですね」


 不意を突かれたダリウスだったが、避けられない訳ではない。

 その散弾矢から逃れる為に真横へと飛ぶ。

 しかし、その矢はそれぞれが意志を持ったように彼のことを追跡する。


 そう、その矢の一つ一つが砂海豚サンドルフィンを倒した、風の追跡者ホーミングアローなのだ。


「むっ!?」


 予想だにしていなかった攻撃にダリウスは反応が遅れる。

 だがしかし、彼は後方に飛び退きながら、左右に身を振り、一矢づつ丁寧に魔弾で破壊してゆく。

 最終的には全ての矢が打ち消されていた。


 ちっ……一矢報いることは敵わなかったか。


 それにしてもエルナだ。彼女の魔法に対する応用力の高さには感心させられる。

 発想力や状況対応能力も柔軟で素早い。


 幼い頃から俺と出会い、共に学んでいたなら今頃は高名な魔法使いになっていたに違い無い。

 こんなことで手こずったりはしないはずだ。

 惜しむべきは、まだ今の彼女は未熟であるということ。


「悪戯が過ぎないうちに、なんとかしましょうか……ね?」


 再び俺達と向き合ったダリウスは、やや苛ついた様子で腕を伸ばした。

 次の瞬間、


「……うっ!?」


 エルナは体ごと吹っ飛ばされていた。


 物凄い力で背後の壁に打ち付けられる。

 ダリウスが放った魔弾を正面からまともの食らったのだ。


 それは先程までとは比べものにならない初動の速さ。

 お陰で彼女に危険を伝える暇も無かった。


 彼女の足はまだ床から浮いたまま。

 見えない力で壁に押し付けられている。


「さあ、これで目が覚めましたか?」


 彼が尋ねるとエルナは強い視線で睨み返す。


「おや、まだ駄目そうですね。ならば仕方ありません」


 そう言うとダリウスは魔力を強めた。

 直後、彼女の背中が接している石壁に亀裂が入り、円状に陥没する。


「くはっ……!!」

「!」


 彼女の骨が軋む音を聞く。

 口元には赤いものが滲んでいた。


 俺自身、石の体で痛みが鈍化しているから耐えられるが、それでも相当な圧力を感じる。

 彼女はこれ以上の痛みに耐えているのかと思うと、胸が締め付けられる。


 早急にこの状況から脱さねば……。


 その方法として考えられるのは彼女の魔法くらいしかないが、この状況でそれが出来るとは思えない。


 なら、どうしたら……。


 焦燥が募る中、ダリウスがとんでもないことを言い出した。


「ふむ……まだのようですね。なら呪縛から解き放たれるまで、もうちょっと搾り出してみますか」



「あ……ああぁぁ……ぁ……」



 壁がそこかしこで砕け散ると、エルナは掠れたような悲鳴を上げた。

 瞳は生気を失い、気を失う寸前だ。


 まずい……!


 こうなったら、俺だけでやるしかない。

 今持てる能力でどこまでやれるかは分からないが、四の五の言ってられるか!


 そう覚悟を決めた時だった。

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