第24話 迷宮へようこそ


「おい、エルナ。生きてるか? 返事をしろ」


 俺は暗闇の中で声を上げた。

 辺りに光源らしきものは無く、暗黒だけが支配していた。


 恐らく、ここは砂漠の下にある空洞だと思われるが、その闇のせいで状況が全く把握出来ない。

 分かっているのは、今の俺はエルナの手の中に握られているという事と、そこから伝わってくる温もりから、彼女の生命活動は絶たれていないという事だ。


 だが、彼女は気を失っているのか、返事が無い。

 さっきから幾度となく名前を呼んでいるが一向に目を覚ます気配を感じられない。


 このまま続けても伝わらなそうだな……。


 なら直接、脳内に話しかけるか。

 俺は接触通話で彼女に向かって叫んだ。


『ふかふかのパンケーキが焼けたぞーっ! 今なら食べ放題だぞーっ!』


「た……食べ放題っ!?」


『おわっ!?』


 彼女が急に勢い良く起き上がったもんだから、少しばかり目が回る。


「あ、あれ? 真っ暗……」

「やっと気が付いたか」

「あ……アクセル?」


 彼女が暗闇の中でキョロキョロとしている気配がするが、それ以外はなんにも分からない。


「ともかく燭光ライティングの魔法を頼む。明かりがないと何も始まらないからな」

燭光ライティング……ですか? それって、どうやったらいいんです?」

「そんなに難しい魔法じゃない。小さな点が熱を持って広がるイメージで魔力を扱えばいいだけだ。何も無い状態からでも可能だが、物を触媒にすると安定し易い。試しに俺の体を使ってみるといい」


「は、はい……」


 彼女は俺を両手に持つと、集中する。

 すぐに魔力が俺の体の中心に集まってきて、点のような光を灯す。


 それが次第に膨らみ始め、石の中に満ちると、蝋燭の炎のように俺の体の中で揺らめき始める。

 それで周囲は、ぼんやりとしたオレンジ色の灯りに照らされ、いつもの彼女の顔が俺の視界に入ってきた。


「できたな」

「あ、はい。それで、パンケーキはどこに?」


「まだ寝惚けているようだな……。とりあえず、元気そうでなにより。どこか怪我はしてないか?」

「えっ……怪我……? あっ……」


 そこでようやく自分が今、こんな状況に置かれている理由を思い出したようだ。

 彼女は急に沈鬱な表情を浮かべる。


「そうでした……。私が不甲斐ないせいでアクセルを巻き込んでしまいました……」

「何言ってんだ。この場所にいるのは、どちらかというと俺のせいだろ」

「でもそれは、私を助ける為にしてくれたことで……。もう少し、私が魔法を上手く使えていれば……」


「おいおい、何か勘違いしちゃいないか?」

「勘違い??」

「お前が俺から魔法を習い始めてどのくらいの時が経ってると思ってるんだ? まだ数日だぞ? 上手く使えなくて当たり前じゃないか」


「……」


「寧ろ、数日にしてはスゲー使えている方なんだからな。もっと自信を持った方がいい。それに巻き込んでしまった……っていう言い方はどうかと思うぞ」


「え……」


「俺は俺の意志でエルナと一緒にいる。勿論、色んなトラブルに遭遇することは想定内だ。それについては一番最初に話したはずだが?」


「……」


 すると彼女は大きな丸い瞳を潤ませた。


「え……今の話で泣くところあったか?」

「な……泣いてなんかないです!」

「いや、泣いてるだろ……」

「……そんなことないです!」


 エルナは目元を手で拭うと、紅潮した顔で俺を見つめた。


「そういえばアクセルって……凄い石だったんですね」

「ああ、俺自身も初めて知ったがな」

「私みたいなのが……そんな凄い石を持ってていいんでしょうか……」

「どういう意味だ?」


「志が低いというか……魔法が使えないよりは使えた方がいい……っていうくらいの動機しかないので……」

「それでいいんだと思うぞ」


「??」


「最初の動機ってのはそんなもんだ。俺だって始めはそんな感じだった」

「えっ……アクセルも?」


 意外だったのか、彼女は瞠目した。


「俺が自分の中の魔力をハッキリと自覚したのは五歳の時だ。食事で出されたスープの皿を誤って床に落としてしまった。その際に、無意識に魔力を使って落下を防いだことがあった。切っ掛けとしては大した出来事ではないのだが……その時、魔法が使えない未来よりは、使えた方の未来の方が面白い世界が広がってるんじゃないのか? そう思ったのさ。例えば同じ魔力を持った人間が二人いたとして、片方は魔法を学び、もう片方は適当にしか学ばなかったとしたら? 同じ素質を持っているのに全く違う未来が訪れるだろうな。要はやってみたいという気持ちと行動が重要ってことだ。志は後から付いてくる。切っ掛けなんてそんなもんでいい。それにエルナは今まで魔法が使えなかったんだ。最初から持ってる奴よりは強くそれを欲しているはずだぞ。俺に魔法を教えて欲しいと即答した時のことを思い出せ」


 そこでエルナの顔が次第にしわくちゃになってゆく。


「ぐすっ……」

「ああ、また泣いた。お前すぐ泣くよな」

「な、なぃて……まぜぇんてばっ……」

「その顔でまだ言い張るか……」

「これはあれです。スープ皿を落とした五歳のアクセルを想像して笑いを堪えてるだけです」

「なんだよそれ、笑うようなことじゃないだろ」

「だって、石がカコーンって当たって、お皿が飛んで行く光景を想像したら結構面白いですよ?」

「俺はそんな時まで石の姿かよ!」


 俺がそう突っ込むと、彼女は瞳を濡らしながらも笑顔を見せる。

 もう大丈夫そうだな。

 そう思った俺は、静かに尋ねる。


「歩けそうか?」

「はい、大丈夫です」


 彼女はゆっくりと立ち上がり、俺を首に結び直す。

 胸元から放たれる柔らかな光が、へたり込んでいた時よりも鮮明に周囲の様子を浮かび上がらせる。


 平らな壁、それが左右両側にそそり立っていた。

 まるで巨大な通路のようだ。

 天井を見上げても闇が広がるばかりで、どれくらいの高さがあるのかは分からない。


 ただ、傍には俺達が落下してきた際に一緒に流れ落ちたと思われる砂が堆積していた。

 地面も平らで、とても自然に出来た空洞とは思えない。


「まさか砂漠の下に、こんな空間があるとはな……。しかも人工物のようだ」

「人工物……? こんな場所にどうして……?」

「さあな、だが壁表面の風化具合からして相当古いものってことだけは分かる」


 古代の遺跡か何かか?


 過去に滅びた文明が砂漠の下に埋まっていた――。


 有り得ない話でもない。


「とにかく移動しよう。同じ場所に留まっていては奴らに見つかってしまうからな」

「はい、でもどっちに?」


 壁に挟まれた巨大な通路は、俺達の前後に向かって続いている。

 どちらも先は闇しか広がっていない。

 だが、その場に佇んでいると俺の体の表面を空気が撫でて行くのを感じる。


「僅かだが空気の流れを感じる。どこからか地上の風が流れ込んできている証拠だ。とりあえず風上に向かって進もう。そこから外に出られる保証は無いが、可能性はある」

「そうですね」


 言うと彼女は一旦壁際に寄り、そこを伝いながら風上に向かって歩き出した。

 俺は闇の中を彼女と進みながら考える。


 ダリウスは俺から発せられる魔力を探りにくるだろう。

 エルナの魔法や、俺自身が会話に使っている魔力は、魔法として組み上げる際に変質してしまっている為、探知されることはまず無いだろう。


 だが変質させる前――例えば超振動牙ウェイブレイドそのものや、猪突猛進フューリアスカノンのような特に手を加えていない魔法は足が付く可能性が高い。


 その点は気を付けなければならないだろう。

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