第17話 お肉、強奪される


『どこだ、こりゃ……』


 俺は灼熱の太陽に照らされた黄色い砂を見渡しながら、呆然とした様子で呟いた。


 陽炎が揺らぐ地平線。

 見渡す限りの砂の海。

 そこは誰がどう見ても砂漠だった。


 エルナが修得した魔力探知と感覚強化。

 それらを駆使しながら、とりあえず、このディプスの森の傍にあるという町に向かった俺達だったが……どういう理由か、全く関係無い場所に辿り着いてしまっていた。

 どうやら、天性の方向音痴の方が魔法よりも勝ってしまったらしい。


「あ、あれー……? おかしいですね……。ちゃんと森が開けている方向を探りながら来たんですけど……」

『確かに森からは出られたな。ただちょっと開けすぎだが……』


 彼女は手で庇を作りながら地平線を眺め、困った表情を浮かべていた。


『俺はこの世界の地理は全く分からないので、そこはエルナに頼るしかないんだからな?』

「分かってます、大丈夫ですって。ディプスの森の傍にある砂漠っていったら、ガビル砂漠しかないですから。ここは多分そこですよ、きっと」


『じゃあ、そのガビル砂漠ってのは、どの方角にある砂漠なんだ?』

「ええーっと、これによると森の南側ですね」


 エルナはどこからか地図を取り出して見せる。



『地図持ってんのかよ!』



 まあ、持ってた所で彼女の前では役に立ちそうにないが……。


『お前……移動する前に言ってたよな。このディプスの森の東西には、それぞれ町があるって。北は故郷であるエルフの森と一部繋がっているとも。なのに、よりにもよってなんで何にも無いところに出ちまうんだよ』

「なんでですかねー? 私もびっくりです」


『……』


 あっけらかんとした様子で言う彼女には、あまり強く言う気は起きない。

 多少のことは笑い飛ばせる。それが彼女の良い所でもあるのだから。


『……とりあえず森から出られただけでも良しとするか』

「そうですね。この森沿いをずーっと辿って行けば、遠回りにはなるかもしれませんが、いずれは町に着くと思いますしね。それに長旅になっても今度は食料の不安が無いですから」


 嬉々とした表情で訴える彼女の背中には大きな袋が抱えられていた。

 鬼猪バーサークボアの胃袋で作った、荷物袋だ。

 その中には同肉で作った干し肉が一杯に詰まっている。


 どうやってそんな短時間で作ったのかというと、俺が小さな風と火を起こすだけのシンプルな併用魔法を彼女に教えて高速で乾燥させたのだ。


 余分な水分が飛んで大分コンパクトになったが、それでもかなりの量。

 袋はパンパンで、一抱えほどある。


『本当に全部持ってくるとは思わなかった』

「だってまた、いつ、ひもじい思いをするか分からないじゃないですか」


 どうやら飲まず食わずで数日間、森の中を彷徨ったことが相当応えたらしい。

 彼女は徐に荷物袋を背中から下ろすと、袋の口を開けて中から一片の干し肉を取り出す。

 そして、


「そんな訳で、ちょっと味見を」

『どんな訳だよ!』


 ただ食い意地が張っていただけだった。


『それに出発してから何回目の味見だ』

「十二回目です」

『正確に覚えてた!? ってか、それ味見のレベルを超えてるどころか食事のレベルも超えてるし!』

「いっぱいあるし、少しくらい食べても大丈夫ですよ」

『絶対、貯金できずに破産するタイプだろ』

「あと、普通にお腹が空きました」

『それはまあ仕方が無いが……って、もうかよ』


 もう別の意味で遭難しかけたんじゃないかとすら思えてきた。

 唖然とする俺を余所に、彼女はニコニコしながら干し肉を口へ運ぶ。

 そんな時だった。



 ゴゴゴゴゴ……。



 地鳴りのような音と共に、地面から震動が伝わってくる。


「ん……?」

『なんだ?』


 干し肉を持った手を止めて周囲を窺っていると、

 震源はあっと言う間にエルナの足元まで近付く。


 次の瞬間――、


 爆発のような轟音が木霊した。

 目の前の砂漠の砂が、柱のように舞い上がったのだ。



「っ!?」

『なっ……』



 砂の中から何かが飛び出した。


 爆風でそそり立つ砂柱の中に、黒光りする巨体が垣間見える。

 宙を舞う躯体には翼のように広がるヒレと、長い尾が付いている。


 それは一見すると鯨のよう。

 だが、頭部には杭のように尖った一本角と鋭く光る牙が窺えた。


 その生き物が何なのか?

 確認する暇も無く、巨体は空中で体を捻ると、俺達に向かって落下してきた。


『おいっ』

「はっ……!」


 エルナに向かって叫ぶと、呆然と見上げていた彼女は我に返り、慌てたように飛び退く。

 すると、今まで彼女が立っていた場所に黒光りの巨体が頭から突っ込み、周囲に大量の砂を撒き散らす。


「ぶはっ」


 彼女は黄色い砂煙の中を走り抜けると、口に入った砂を不快そうに、ぺっぺっと吐き出していた。


「あーびっくりした……」


 一先ずの危機を逃れたところで、俺は尋ねる。


『……なんだあれは?』

砂海豚サンドルフィンですよ」

『サンド……ルフィン?』

「砂の中を泳ぐ魔物です。砂漠を渡る者がよく襲われるんですよ、あれに」

『あいつも魔物なのか……』


 砂の中を泳ぐイルカというだけでも驚きだが、そもそもイルカにしてはデカすぎるし、顔も相当強面だ。あんな魔物もいるとはな……。


 そんなふうに感心していると、




「あぁぁぁぁぁーっ!!」




 突然、エルナが叫び声を上げた。


『ど、どうした!?』


「干し肉の入った袋が無い!」

『は……?』


 もっと重大なことかと思って身構えたが、とんでもなくどうでもいいことで気が抜けた。


『なんだ……そんなことかよ。怪我でもしたんじゃないかって心配したじゃないか』

「あれも大切な物なんですよ。これからしばらくの生活に必要な食料なんですから。それに……あれは二人で協力して得た、初めての成果物でもありますし……」


『肉は肉だと思うが、そういうもんか?』

「そういうものです」


 彼女は、ややむくれた表情を見せると、袋がどこに行ってしまったのか辺りを必死に見回す。

 すると、そんなにしない内に、


「あーっ! あんな所に!」


 彼女は砂漠の方角を指差した。

 見れば先程の砂海豚サンドルフィンが砂の上を優雅に泳いでいる姿があった。


 そして、砂を掻き分けるその角の先には、まさしく干し肉の入ったあの袋が突き刺さっているのが見えたのだ。

 どうやら俺達を狙った際に引っ掛けたっぽい。


『で、取り返すのか?』


「もちろんです!」


 エルナはきっぱりと言い切ると、背中から弓を取り出した。

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