第18話 お肉を追う者


 矢をつがえた彼女の姿は、自信がついてきている表れなのか出会ったばかりの頃に比べて落ち着いているように見える。


 なかなか様になってきたじゃないか。


 俺が魔力を送ってやると、すぐに彼女は魔法式を組み上げる。

 それは前に鬼猪バーサークボアを倒した時に使用した一撃旋風テンペストアローの魔法だ。


 驚くべきは、初めてやった時に比べて格段に早い組上がりだということ。

 かなり飲み込みが良いのか、一度使ったことのある魔法は難無く再現出来るらしい。


 引き絞った矢に風が纏わり付く。

 狙いを砂海豚サンドルフィンの頭に据える。


 そこで彼女は告げる。


「いきます!」


 直後、矢は放たれた。

 真空の刃が空気を切り裂き、飛ぶ。

 だが――、


 旋風の一撃は砂海豚サンドルフィンの鼻先を掠め、地平の彼方へと消えた。



「あ……」



 的を外し呆然とするエルナだったが、すぐに気を取り直し二射目を準備する。


「ちょっと焦ってしまっただけです……今度は大丈夫」


 そう言って再度、矢を放つ。

 すると、今度は掠めるどころか巨体から大分手前の地面に突き刺さり、砂柱を立てる。



「あ……あれ?」



 エルナは苦笑いを見せつつも、めげずに再射撃。

 しかし、撃っても撃っても矢は砂漠を抉るばかり。

 気付いた時には矢筒の中身が尽きかけていた。


『威力はすごくても当たらなければ無意味だな』

「うぅ……」


 エルナは悔しそうに口をへの字に曲げた。

 そんな彼女のことを嘲笑うかのように砂海豚サンドルフィンは辺りを泳ぎ続けている。


鬼猪バーサークボアの時は当たったのに……どうして今回は当たらないんですか?」

『そりゃあ簡単な理由だ』


「?」


鬼猪バーサークボアは正面から突っ込んできてただけ。当てるのは容易だ。しかしあいつの動きは魚のように急に方向を変えたりと俊敏だ。要は素早い動きに狙いが合わせられないだけ。射撃センスの問題だ』


「センスの問題……」


 エルナはあんぐりと口を開けたまま、がっくりと肩を落とした。


『そんな程度で落ち込むな。射撃センスが無いなら魔法で補えばいい。お前にはそれがあるんだからな』

「魔法で……ですか?」

『それは一体どうやって? っていう顔だな』


 彼女はコクリと頷く。


『最初に修得した魔力探知があるだろ。あれを応用するのさ』

「えっ……でもあれって魔力の発生源を突き止めるだけじゃ……?」

『今、自分で口にして気が付かなかったか?』

「えっと…………あ」


 何かに思い当たって動きを止める。


「そっか、魔力の発生源が分かるってことは、放った魔法もその場所を突き止められるってことですね!」

『正解だ。対象の魔力を探知し、それを追尾する魔法の矢』


「風の追跡者ホーミングアロー!」


『相変わらず、名前を付けるのは早いな。という訳で、出来そうか?』

「はい、理解したつもりです。やってみます」


 エルナはそう言うと、今度は慎重に矢をつがえる。

 一方、砂海豚サンドルフィンは、砂漠の上を左右に振れながら、俺達を食い殺すタイミングを窺っているようだった。


「魔力探知……対象捕捉……認識固定……一撃旋風テンペストアローに紐付け……」


 彼女が構えた弓に向かって気流が発生し始める。

 それは一撃旋風テンペストアローの発動予兆。


 しかし、今回はそこに対象を追尾する為の魔法式が追加されている。

 捉えた獲物を逃がさない、捕食者の如き矢。


 それが今、放たれる。


 ブンッ


 弦の弾ける音が聞こえるよりも早く、矢は彼女手元を離れた。

 それは砂の合間にちらつく巨体に向かって真っ直ぐに飛ぶ。


 しかし、相手も自分が狙われていることは百も承知のようで、その大きさに似合わない身のこなしで進行方向を変える。


 だが、今度の矢は違う。


 反転した砂海豚サンドルフィンの尾を追うように、急な弧を描いて軌道が変わったのだ。


 それでも砂海豚サンドルフィンは、右へ左へ、前へ後ろへ、頻りに反転を繰り返し追跡をかわす。

 仕舞いには、もう無駄だと悟ったのか、砂の中へと潜り込んでしまった。


 普通ならそれでお手上げだ。

 しかしながら追跡者は諦めが悪かった。


 矢に纏わり付いた竜巻は砂漠をも吹き飛ばし、

 砂中に潜むターゲットに突き刺さったのだ。


 砂海豚サンドルフィンもそこまで追ってくるとは考えてもみなかったのだろう。

 不意を突かれたように尾をビクつかせ、苦悶の咆哮と共にその巨体を砂漠の上へ投げ出す。


「や、やりましたっ」


 仕留めたことを喜ぶエルナは少し不安があったのか、ホッとするような表情を見せていた。


『ああ、上手くやれたんじゃないか』

「あっ……あああっ、ありがとうございますっ!」


 まるで目一杯、褒められた子供のように、彼女の顔は嬉しさで満たされていた。

 照れを隠すように砂漠へ目を向ける。

 と、そこで大事なことを思い出したようだ。


「あ、そうでした。干し肉を回収しないと」


 彼女は弾んだ足取りで砂の上を渡って行く。

 倒れている砂海豚サンドルフィンの頭に近付き、完全に沈黙していることを確認すると、長い角を掴んで、その先に引っ掛かっている袋を取り除く。


「よりにもよって、これをさらっていかなくてもいいのに……」


 ブツブツ文句を言いながら袋の中身を確認する。


「さーて、中身は無事ですか………………ねっ!?」


 彼女は時が止まったように硬直していた。


 俺も丁度、角度的に可能だったので、袋の中身を覗いてみる。

 すると、袋の底に大きな穴が空いていて、それ以外は何も無かった。


 全部、その穴から落ちてしまったようだ。


 砂まみれの肉でも気にせず拾おうと思っても、あれだけ砂漠を掻き回された後だ、辺りを見渡しても欠片さえ見当たらない。


『あー……』


 俺が納得の声を漏らすと、彼女は愕然とした様子でその場にへたり込んでしまった。


「ううっ……せっかく作ったのに……」

『この砂海豚サンドルフィンってのは食えないのか?』


「食べられます」


『じゃあ、また作ればいいじゃないか』

「それもそうなんですが……あれは私達が《・・・》魔法で初めて穫った獲物……いわば記念品みたいなものだったので……それはもう返ってこないかなあと思ってたんです」


『そうは言っても食い物だからな。いつかは無くなるし、取って置いても腐るだろ。だったら俺達で穫った記念品は常に更新して行くべきじゃないか?』

「あ……それもそうですね」


 エルナはあっさり納得したようだった。


『それに干し肉は失ってしまったが、得るものもあった』

「えっ、なんです?」

『まあ、これは俺だけが得たものなんだが――』


 その時の俺は、石の体でなければ楽しそうな笑みを見せていたに違い無い。



『新しい魔法を手に入れた』



 彼女の胸元でそう述べた。

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