第15話 賢者の石


 大海の中に鎮座する一つの大陸と、その周囲に点在する小さな島々からなる世界。


 魔導世界フェルスティア。


 それがこの世界の名前だ。


 唯一の大陸の名は、レヴン大陸。

 極寒の監獄に閉ざされた永久凍土の地もあれば、熱砂と荒野だけが広がる地もある。

 かと思えば、緑豊かな豊穣の地や、恵みをもたらす清流が流るる場所もある。

 そこは、その大きさ故に様々な気候が入り乱れる大地だった。


 そんなレヴン大陸の西に高度な魔法技術によって発展を遂げた国が存在する。


 神聖魔導王国セラディスだ。


 魔導王と謳われたソリス王が築き上げ、七代に渡り治めている平穏で豊かな国である。

 精強な魔法騎士団によって守られる堅塁なこの国には、有能な魔法使いが集い、魔法研究に心血を注いでいる。それ故に、生活の中に魔法が入り込み、人々の豊かな暮らしに寄与している。


 まさにこの世が魔導世界と呼ばれることを体現したような場所だ。


 そのセラディスの王都、ルスト。

 ソリス七世が居する城で今、一つの歪みが起きようとしていた。



「それはまことか」



 謁見の間で玉座から声が上がった。

 そこには外見からでも、その高潔さがありありと見て取れる中老の男が座っていた。


 ソリス七世である。


 髪には銀色のものが混じり、蓄えた髭も同様であったが、その瞳の奥から放たれる強い眼光は未だ衰えを感じない。


 対して彼の前に片膝を突き、頭を垂れた一人の女性がいる。

 ソリス王が言葉を投げ掛けた人物だ。


 年の頃にしたら十七、八。

 まだ少女と呼べるような見掛けだ。

 長い髪を後ろで結い、銀色の甲冑に身を包んでいる。

 目鼻立ちは整い、優美さが漂う。それでいて、その華奢な体からは自信と強さを感じる。


「はい、このラウラ・グリューネヴァルトの名に於いて、間違い御座いません」


 ラウラと名乗った女騎士は、尚も続ける。


「魔研院から西方にあるディプスの森で強力な魔力震を捉えたとの報告がありました。私も実際に探査水晶にて確認致しましたが、尋常ならざる魔力波長を記録しておりました。それに過去の文献による波長とも一致します」

「ふむ……」


 ソリス王は顎髭に手を置き、何か考えるような表情を見せる。

 そして、


「賢者の石の出現か……。言い伝え通りならば四百年ぶりということか……。世界を無に帰すこともできる大いなる力……。ならば、事を急がねばならぬな」

「はい、ですので既に現地へ調査団を派遣しました。第一報も上がってきております」

「相変わらず早いな」

「勝手な判断ではありましたが……」

「いや、それでいい。その一時が運命を分けることもある」


 ラウラは敬服するように今一度、頭を下げた。


「して、その第一報というのは?」

「はい、魔力震の震源と思しき洞窟を発見出来たのですが、そこに賢者の石らしきものは見つけられなかったとのことです。ただ、洞窟内部の壁面に大量の魔素が残留しているのを確認出来ました。恐らく、賢者の石が出現した際に、多量の魔力を放出した可能性があります」

「うむ」


「それともう一つ、震源近くの森で何者かが激しく争った跡が見つかったそうです。一番酷い所では数百メトルに渡って地面が捲れ上がり、森の木々が薙ぎ倒されていたとのこと」

「ということは……既に何者かの手に渡ってしまったということか」

「可能性は高いです。傍に鬼猪バーサークボアの死体が転がっていたそうです。その何者かが試しに力を行使してみたと考えるのが妥当でしょう」


「それらの痕跡から人物像を把握出来るようなものはあったか?」

「今し方申し上げました鬼猪バーサークボアの死体ですが、ただ殺したというだけでなく肉を切り出したような痕があったそうです。しかもかなり丁寧に」


「肉を……とな」


 ソリス王は悪心を感じたのか、僅かだが顔に不快感を滲ませる。


「あれを食したというのか。賢者の石を持ち去った者は、大分粗野な人物のようだな。野盗や追い剥ぎの類いか……。とにかく闇の経路に流れてしまうと面倒なことになる。国境の警備を固める必要があるが…………どうせお前のことだ、既に動いているのだろう?」


 ラウラは気まずそうにしながらも答える。


「は、はい……早計とは思いましたが、ターゲットの領地外逃走を防ぐことが何よりも先決であると考えましたので……」

「よいよい、それでこそ我がセラディス魔法騎士団の騎士長に相応しい」

「恐れ入ります……」


 今まで凛とした表情でいたラウラだったが、ここに来てやや動揺の色を見せる。

 だがそれは年相応の少女に相応しい反応でもあった。


「それで、警備の状況は?」

「砦の人員を通常の二倍に増やし、検問の強化を行っております」

「そうか、ならば各砦へ追加で兵を送る準備を整えておけ」


「追加……ですか?」

「あれだけの強力な魔力震だ、周辺国には既に察知されていると見るのが妥当だろう。恐らく国境付近にまで兵を差し向け、隙あらばと狙いにくるはずだ。それだけ、賢者の石というものは国同士の力の均衡を崩しかねない代物ということ。しかし問題は捜索に割く人員が手薄になってしまうことだが……」


 ソリス王が思案しようとしたその時だった。

 一瞬にして、その場の空気が張り詰めたものに変わる。



「っ!?」



 気配を察知したラウラは腰にある長剣を抜き放ち、主を守るように立ちはだかる。

 王の両脇に控えていた近衛兵達も前へ出てくる。



「何者っ!」



 彼女の中に、今まで気配を全く感じなかったという動揺と、侵入を許してしまったという口惜しさが広がる。

 すぐさま切っ先を扉に近い柱に向けると、その陰からスッと人影が現れた。


 年齢にしたら十六、七。

 光を透かして輝く銀色の髪、色白の肌。

 整った顔立ちと華奢な体付きからは、中性的な印象を受ける細面の少年だった。

 彼は胸部のみの簡素なプレートアーマーに身を包み、腰には青みを帯びた細身の剣を下げている。


「貴様、どうやって入った」

「これは驚かせて申し訳無い」


 ラウラが強めの口調で言うと、少年は悪気無さそうに笑む。


「いち早くソリス王にお目に掛かりたくてね。煩雑な手続きを待っていられず、ここまでやって来てしまったという訳さ」

「来てしまった……って」


 ラウラが彼の緊張感の無さに戸惑っていると、ソリス王が問いかける。


「そうまでして私に何の用だろうか? と、それを聞く前に、そなたの名を尋ねても良いか?」


 すると彼は一歩前に出て、王の前に跪く。

 そして、こう言った。


「ダリウス・クラウゼン。人は僕のことを〝勇者〟とも呼びますが」

 彼を除く、その場にいた全員が目を見張った。

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