第14話 飛べない石は、ただの石だ


「あ、あの……まだかかりますか?」


 そこでエルナが不安げな声を漏らした。

 俺は彼女の体から意識体を引き上げる。


『今、終わったとこだ。協力感謝する』

「え……は、はあ……」


 それは自分が何か協力しただろうか? という、なんだかすっきりとしない表情だった。


「どうでした?」

『ああ、お陰で収穫があった。鬼猪バーサークボアの魔力を解析した結果、奴の能力を俺自身で流用出来るかもしれない』


「そ、そんなことが……可能なんですか?」

『理論上はな。後はそれが実際に可能なのか、ここで試してみたいんだが』

「なんかこう……現実離れし過ぎてて、いまいち想像出来ないんですが……私に出来ることがあればお手伝いしますよ」


『ならば、まず俺を外しておいてくれ。そのままにしておくとエルナの首が鞭打ちになるかもしれないからな』

「分かりました」


 彼女は素直にペンダントになっている俺を首から外す。


『外したら、俺を地面に置いて少し下がっていてくれ。今回はエルナの器を使わずに俺の中の魔力だけで試してみたいからな』

「はい、じゃあ、この辺に置きますよー?」


 彼女は雑草を避けるように土が見えている場所へ俺を置くと、そろりと二、三歩後ろへ下がった。


 これで準備良し。

 さて、どうなるか……。


 早く試したくて、体がうずうずしている。

 今、頭の中はそれだけだ。


 ――よし。


 心に決めて、行動開始。

 早速、自分の中にある魔力――四大元素エーテルを集め、先程解析した闇元素と同じ構造に改変する。


 それは似て非なるもの。いわば模造品だが、構造が同じならば猪突猛進フューリアスカノンの設計図に乗せても動作はするはず。

 問題はそれで同じ能力を発揮出来るか否かだ。


 俺は得た情報に準えて魔法式を構築する。

 それ自体は大して難しいものじゃなかった。


 まあ、ただ突進するだけだからな。

 精々、俺の体が勢い良く飛んで行くだけのことだろう。

 それでも自分の意志で全く動けない今よりは、大分進化した感じになる。

 とにかくこれは、俺がこの世界に来てから初めての大きな挑戦だ。


 魔法式が整い、後は発動の引き金を引くだけ。



 ――行くか。



 意識の安全装置が解除された直後だった。


 俺の石の体は、予想通り地面を離れ、飛んだ。


 しかし――その勢いは、予想を遙かに超えていた。



 ぐぁっ!?



 思わず声が出た。

 意識が後方に取り残されたかと思うような射出速度。


 弓矢や砲弾など比では無い勢いで撃ち出されたかと思ったら、間髪入れず全身に衝撃を受ける。



 ぶほぉっ!!



 地面を抉りながら引き摺る感覚。



 あばばばばばば……っ!



 次第に振動は緩やかになり、減速してゆく。

 我に返った時には、俺の体は地面に半分めり込んで静止していた。



 いっ……つつつつつ…………。

 一体、なんだってんだ……??



 目を開けて辺りを見渡せば、運良く後ろを向いて止まったのか、俺が飛んできたと思われる道筋が見えた。

 そこには森の木々がまるで道を作ったように薙ぎ倒され、地面が抉れ、反り返っている光景が広がっていた。


 そんな荒んだ景色の遙か先で、驚いた顔をしてこちらを窺っているエルナの姿が見える。


 どうやら、というか確実に全部、俺がやらかしたことらしい。


 そりゃ、猪突猛進フューリアスカノンって言うくらいだし、俺自身が飛び出すことは想定していたが、それにしたって威力があり過ぎるだろ。


 当の鬼猪バーサークボアだって、こんな力は無かったぞ?


 これはあれか?


 俺の中の魔力量が大き過ぎるが故に過剰に供給されて威力が増してしまった……ということだろうか?


 その割りにダメージが少ないのは石の体のお陰かもしれないが、それにしたって痛くない訳じゃ無い。使う度に、こんな思いをするのはどうかと思う。


 今後、こういったものを使う時は加減を見極めてゆく必要があるな……。


 ともあれ、改変した四大元素エーテルで魔物の力を扱えるという検証は出来た。

 これは、とても喜ばしく、大きな進歩だ。

 何かと不便なこの体に希望を与えてくれる。


 不便といえば……そろそろ俺のことを拾いに来てくれないだろうか。

 魔物の力を扱う方法を得たとはいえ、一人で歩くことすら出来ないのだから――って、


「大丈夫ですかっ!!」

『のぉわっ!?』


 急に拾い上げられたのと、間近で声がしたので思わず叫んでしまった。

 見れば俺のことを不安げに見つめているエルナの顔が視界に入ってくる。


『さ……さっきまで遙か彼方に見えていたはずなのに、いつの間にこの距離を移動したんだ?』

「必死に走ってきたんです!」


『走ったって……それにしちゃ早過ぎだろ』

「物凄く必死に走ってきたんです! アクセルのことが心配で」


『あ……そう』


 もうこれ以上は何も聞くまい。

 とにかく思ってた以上に足が速い。そういうことにしておこう。


「それで……大丈夫ですか? どこか怪我はないですか?」

『ああ、予想以上に飛んで驚いたが、俺自身は何ともない』

「よかった……」


 エルナは心底心配していたのか、涙ぐみながら泥だらけの俺を頬擦りする。


『ちょっ!? 何を……こらっ……やめっ……くすぐったいって……!』

「だって……急にあんなふうに……しかもこんな森まで破壊しちゃって……アクセルも粉々になっちゃったんじゃないかって……だから……ずびっ」

『いや確かに想定外の威力だったけど、さすがに粉々になったりはしないだろ。つーか、顔泥だらけだぞ』


「えっ!?」


 指摘された彼女は、慌てて手で頬を拭う。


『そして俺にも鼻水ついてる』

「むぅ……」


 頬を膨らませて、むくれた。


『それはそうと、いい加減食事にしようか。腹を空かせていたってのに、色々やりすぎて遅くなってしまった。すまない』

「あ……いえ、こちらこそ。アクセルがいなかったら飢え死にしてたかもしれないんですから……」


 と、そこで彼女はげっそりとした顔で腹を押さえる。


「でも……限界かもしれません……うぅ」

『じゃあ食べながら今後の事について相談しようか』


「はいっ」


 エルナは笑みを見せると、俺を再び首に掛け、歩き出す。


 その歩みは心なしか弾んでいるように思えた。

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