2 再会

 結局、矢野は一週間入院することになった。

 肋骨のヒビ以外はひどい打ち身くらいだったのが幸いした。今時の医療技術なら骨のヒビや打ち身くらいは三日ほどで綺麗に治る。入院が一週間かかったのは、彼が魔法使いであることと、頭を強く殴られていたから大事をとったためだった。



 退院した矢野を待っていたのは『お見合い』の一言だった。看病に来た母親は入院の経緯を聞き出すと、『心配』だとかなんだかんだと理由をつけて見合いの段取りを決めてしまったのだ。とはいえ相手の写真を見て彼が本気の抵抗を止めたせいもあった。


 彼が今いるのは、政府の外郭機関が運営する魔法使い向けの冠婚葬祭施設。お見合いの場としてよく利用されていた。


「結局、来てしまった。

 しかし、どうしたものか……」

 思わず独り言ちる。

 百年ほど前に絶滅してしまった『見合い』の制度が、こと魔法使いに関しては復活していた。

 魔法適性のある人間は少ない。魔法科高校や魔法大学に通っている間に相手を見つけられなかったら適性のある者同士が出会うことは難しかった。政府の後押しで様々な出会いの機会が作られた。その中に見合い制度の復活もあったのだ。


 見合い相手に興味があったので来てしまったが、まだ結婚するつもりはない。仲人役に紹介はされたが、さて何から話せば良いかと思案している。話をしてみたいだけで来たので相手に失礼な気がしていた。


「……」

 矢野が声を出せずにいると、目の前に座った彼女はニコリと笑い挨拶をして来た。

「初めまして。結城いつきです。

 今日はよろしくお願いします」

 自然な笑顔が魅力的で矢野は決心がぐらつくのを自覚していた。


 仲人役の女性が何か喋っていたが矢野の耳には入っていなかった。

「矢野貴之です。

 私の方こそ今日はよろしくお願いします」


 仲人役の女性は慣れたもので、彼女の適性や彼の適性を説明していく。

 二人が結婚した場合の子供達の適性の分野や可能性を手元においたペーパーディスプレイで説明していく。

 今時は視覚インターフェースを介することが多いが、魔法使いは神経インターフェースは使えない。かといって、三人の目前の狭い空間に光子拡散領域を作ると干渉しあうので集中力が必要になる。このようなリラックスすべき場にはそぐわない。ということで、時代遅れの物理デバイスを使っていた。


 説明する内容は事務的で、毎度のことながら不愉快になる。(彼は見合いは三度目だった)。仲人は仕事をしているだけだが、内容は魔法使いを増やすという目的があからさまで愉快になろうはずもなかった。


「……以上です。

 さて、私は少し席を外しますので、ぜひお若いお二人でお話しされてくださいね」

 仲人は軽く会釈して部屋を出ていった。

「……」


 両者とも沈黙したまましばらく時間がたつ。

 矢野は結城の顔をチラ見するが、張り付いたような笑顔が変わることはない。意を決して口を開いた。


「あの、先日はありがとう。

 おかげで、大事に至らずにすみました」

「どういたしまして。

 怪我をしている人を助けるのは当たり前です」

 そう、彼女は先日のデモの時に介抱してくれた女の子だった。

 

「結城さんは、知覚系が得意なのですね。

 だから私を診てくれたんですね」

 結城は軽くうなずくかのような仕草をする。


「ええ、医療系は履修していませんが体の状態ぐらいはわかりますから。

 それより、少し散歩しませんか?

 ここは落ち着かないです」

 そういって視線を周りにめぐらし、意味ありげに口角をわずかに上げた。


「ええ。

 そうですね。少し散歩しましょうか」

 矢野は彼女の仕草に答えて、提案に乗ることにした。覚えた違和感の答えが得られるような気がしたのだ。


 この施設は結婚式場も兼ねていて、併設された庭園も売りの一つだった。細長い池の周りを散策できるように遊歩道が設けられ、中島に渡る橋が二本。今は平日の昼前のせいか、人影もほとんど見かけない。


 中島にある和風の東屋にしつえられた席に二人は向かい合わせに腰をかけた。


「この庭園は説明書き通り、いい雰囲気ですね」

「……」

 彼女は矢野の言葉に返事をせず、しばらく目を瞑って何か考えている風だった。次に目を開けた時にはその顔に笑みの影はなかった。そう、先日のデモの一件の時のように。


「矢野さん。

 申し訳ありません。

 先にお伝えしておきます。ルール違反なのは存じています。

 わたしは、このお見合いは最初からお断りするつもりで出席しました」


 矢野は、この場で断るつもりだと伝えられ、あまりに失礼だと怒りに似た感情が沸き起こった。しかし、自分も断るつもりでいたことを思い出して、ムッとした表情を作るだけにしていた。

 先日救急車が来るまで介抱してくれたことがなかったら、すぐにその場を立ち去ったことだったろう。とりあえずは、次に彼女が何を言うかで態度を決めることにしたのだ。


 彼女は目を伏せ、軽く頭を下げて謝罪の意を示した。しばらくそのままでいる。あまりにその姿勢が永いので、矢野は心配になり声をかけようとしたとき、顔を上げた。その顔はさっきまでと打って変わって破顔一笑だった。


「ごめんなさい。もう無理。

 淑女のふりは柄じゃないし、素でいくね」


 雰囲気がガラッと変わって矢野は毒気を抜かれてしまった。彼も人生経験がそれほどあるわけではない。彼女の笑顔と雰囲気の変化についていけずに、怒りの感情が吹っ飛んでしまった。


 柔らかい笑顔は彼の好みに合っていて、庶民的というのか親しみやすさがにじみみ出していた。女の子は笑顔でこんなに印象が変わるんだと心の中で呟いたいていた。


「わたしはまだ結婚を考えてないです。

 申し訳ないとは思ってるのは本当ですよ。

 でも、紹介されたとき、先日介抱した人だったんで、本当に驚いたんです。

 なんだか、矢野さんとはぜひお話ししたいなと、参加しちゃいきちゃいました。

 もちろん、これは私の勝手な都合なので、このまま席を立たれても文句言えないですよ。

 でも、できればお話ししたいな」


 笑顔の魔力にはあらがえなかった。さっきの悪印象も『話がしたい』と言われたら無下にするのも勿体無い気になってしまった。

 要は矢野は人が良かった。


「いえいえ。私も同じ気持ちでしたから……

 これは失礼しました」

 最初から断るつもりだったと取れなくもないことに気がついて慌ててフォローした。


「私も同じくお話をしたいと思っていました」

 ため息を軽くつく。

「結城さんだけと言うのはちょっとずるいな。僕も肩凝ってきた……

 じゃあ、僕もいつもの自分で話をさせてもらうよ」

 そういって、矢野は体の力を抜いた。


 結城はまっすぐ真剣な表情で矢野の顔を見つめている。

 これから話そうとしていることのためだけに、今日ここに来たと言わんばかりの表情だった。


「矢野さんは、今の魔法使いの置かれている状況はどう思われています?」

『これはまた、突然の質問だな』意外な質問にすぐに答えられず。少し間が空いてしまう。


「その、状況と言うと? 社会の中でのことかな?」

「はい、質問が大雑把過ぎでしたね。

 矢野さんの魔法使いとしての能力の評価、いえ魔法使いとして与えられている立場と役割です」


 彼女の意図が読めないので矢野は差し障りのない返事を返した。

「それなりの地位は用意されているし、

 その力に準じた評価はされているからね。

 別に不満などはないよ」


「そうですか。

 確か、エネルギージェネレータをしてるんですよね」

「うん」

「そのお仕事は(自分から)選んだんですか?」

「そう、自分の適性からこの職業かなと」

「じゃあ、他にやりたいこととかなかったんですか?

 魔法使いとして」


「えっ?

 そんなことは考えたことはなかったな。

 自分の適性はこうだと言われ、なら選択はこうかなと」


 彼女はテーブルに置いた両手を軽く握り込んで身を乗り出してくる。

「わたしは思うんです。

 確かにこの社会を支えていくためには、矢野さんのやられている仕事は必要だと思います。社会のいしずえとして自分から選んでその役割につかれるかたは尊いと思います。

 でも、魔法使いの可能性はもっとあると思います。

 もっと自由な選択があってもよいと思うのです。

 そして、魔法の力は人類に与えられたものですが、人類だけのものでしょうか」


「まさか、魔法原理主義じゃないよね」

 いつもなら、そんな聞き方はしない。デリケートな問題だったが、彼女のふんわりとした雰囲気に思わずストレートに聞いてしまっていた。


「いいえ!

 あんな偏狭な、差別主義者なんかじゃありません」


 彼女は身を引いて強い調子で否定する。矢野はほっと胸をなでおろした。

 魔法原理主義者のことで意見が一致し嬉しい気持ちが湧いた。


 彼はいつの間にか、彼女と暮らせるだろうか、付き合っていけるだろうかと考えている自分に気がついて驚いた。彼女に惹かれ始めている自分を自覚していた。『こんなはずじゃなかったのにな』と独り言ちっていた。


「いや、ごめん。

 独り言を呟いたいてしまった。

 魔法の力のことだよね。

 僕は魔法原理主義者じゃないけど、事実として魔法を使えるのは人間だけ、というのはあると思うよ」

「そうですか?

 本当にそうですか。例えば、魔法を使える動物はいないのですか?」

 彼女のその問いに『ゐ伍號』のことが頭に浮かぶ。

「まあ、魔法を補助してくれる動物はいるけど。単独では使えないよ」


 結城は視線を宙に向け、昔のことを思い出すような表情になる。

「わたし、小さい頃から伝説とかおとぎ話に興味があって。

 特に魔法使いの話。

 色々な魔法を使う動物たちとか、妖精の話とかすごく好きだったんです。

 自分に魔法の適性があるって知った時にはすごく嬉しかった」


 視線を正面に戻したが、すぐに首を少し傾げて軽くため息をつく。

「でも、全然違ったんですよね、自分が憧れていた魔法とは。

 それからも、ずっとおとぎ話の魔法の世界に憧れているんです。

 こんなわたし、変ですか?」


「いや、確かに僕らの使う魔法は、おとぎ話の魔法とは随分違うけど。

 考え方によっては、科学を知らなかった昔の人が、当時の天然の魔法使いの力を当時の知識で解釈したせいじゃないかな?」

「えー、夢がないなあ」


 彼女は彼の顔を見つめ、呆れたという仕草をする。しかしすぐに真剣な顔になり話題を変えた。


「そういえば、矢野さんの従叔父いとこおじさんの話は聞いたことありませんか」

従叔父いとこおじ

 先天性の魔法使いだったと聞いたことがある。会ったことはないなあ。

 それがどうかした?」

「魔法科高校生だったころ、学校の歴史を調べていて知ったんです。

 二年生になった時に、ものすごく魔法力が伸びたって。

 そんな人それまでも、それからもいなかったらしいですけど。


 それ以外の情報が全然なくて。ゴシップ的なのは『雷撃の破壊神』とか二つ名があったとか。

 奇妙なことにほとんどの情報にアクセス制限があって読めないんですよ。


 ただ、その後間をおかずハラダ・タワラ・メソッドが発表されたというのがあったので、それもあって印象深く覚えていたんです。

 それで、たしか矢野さんの従叔父いとこおじさんだったなと」


 矢野はここにきて違和感が氷解した。『さては、従叔父いとこおじのことが聞きたかったのか』口に出さずに呟いた。失望感もあり、あまり気分のいい話ではないが、怒り出すことでもなかった。


「従叔父の頃というと、第一魔法科高校が魔法学園付属東京校だったころだよね。

 聞いたことないな」


 遠い親戚の噂話なんてよほど親しく行き来してなければ聞くこともない。彼女の意図がわかって、失望の念はあるが、腕を組んで思い出そうとする。気に入った彼女の印象を良くしたいという欲もあったが、矢野は単に人が良かった。


「うーん。

 高校の頃、いろいろな事件に巻き込まれたりしたとか。

 ああ、思い出した……

 そういえば、付き合ってた彼女とともに50年くらい前に行方不明になったままと聞いてる」


「ええっ!

 そうなんですか。

 それ以外は、なにかないですか。当時使ってた魔法トリガーの話とか」

「それは、伝わってないな……

 それで思い出した。

『魔法の国にでもいったんだろう』って大伯父が呟いたいていた」

「そ、それは?」

「それだけだよ。大伯父ももう90を越えてるし、なにか勘違いでもしたんだろ」


 それからは、話題は一般的な魔法のことや、魔法科高校時代の話になり、まあまあいい感じで話ができたなと矢野は感じていた。結局、彼の方から断りを入れることはなかった。

 なぜか、彼女の方からも断りの連絡はこず、いやOKの返事もこなかった。


 後日、連絡を取ってみたが、連絡が取れなかった。メッセージやメールは届いたが未読のままだった。話では、第二次超光速宇宙船プロジェクトの候補だと言っていたから、宇宙にいるのかも知れないが、連絡もなかったことが合点行かない思いとなっていた。


 矢野はあれから、子供の頃読んだおとぎ話を思い出すようになった。いま、自分は魔法を使っているけど、ここは魔法の国なんだろうか、と自分に問いかけるようにもなった。


「タカユキ、

 ジュンビ完了」

 ゐ伍號が思考で伝えてくる。


 矢野は雑念を振り払い目の前の魔法行使に集中することにした。視野の端に浮かぶ魔法式が彼の精神を魔法行使のトランス状態に誘導していった。それに合わせるように魔法炉の中には他の宇宙からの高エネルギーの奔流が高温高密度のプラズマを形成し始める。これから二時間のあいだ、彼は装置の一部となってエネルギーを発生し続けるのだ。

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ここは魔法の国? 灰色 洋鳥 @hirotori-haiiro

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