第4話 ・・・いつもうまくいかなくて

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ここで少し話を中断したい。

多分、私がどこの誰で、どうやってここに来たかということが、これまでの話の中で欠落している。そこで少しだけ時間軸を過去に遡らせて欲しい。

ただし私が主観として体験した時間軸の中だけで。以下は物語の始まる少し前の私の体験である、わずかの間だけお付き合い願いたい。


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私はいずれこの小さな世界から外に出ることが永久にできない。

一生をこの暗い狭いオリのなかで生きていく。

大丈夫ですか?

私を見た方はひょっとしたら、ひどい不快感を感じるかもしれません。


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当時の私の一人称はまだ「わたし」だった。

人口の光に祝福された地下社会で当時の私は、今より少しだけ性格が明るかったかもしれない。

X字様ボタン配列詰襟服白。士官のシンボルである服を着てると周りの人の目線が少し違う。肘で裏地が少しフレア。袖からは1枚のフィンカフが飛び出している。下はストレートパンツ。見えないけどベルトはグルカ式。

袖が大きく開けるようになってるのはショットモルフの人たちのため。

光学力繊維スクイドケーブルが通れるようにしてある。

私には実用できるケーブルが1本しかないけど当時はそれがまだ貴重。

私は誇り高きショットモルフの1期生。

ギーメと戦うために生まれた新しい人類。

幸せと未来の守護者。

「楠本さん」

「はいっ」

いや、それはいくらなんでもイメージを膨らませすぎ。

もっと普通に「はい」だったよ。

「私たちはここに誓う。弱きを守る楯として、暗闇を払うさやとして、ショットモルフという選ばれた存在として生まれてきたこと、それを誇りと共に肯定するっ。

強い光になろう。

私たちのことを信じてくださいっ。

私たちがみなさんの未来を照らします、この命にかけてそれを誓う。

2238年11月3日、卒業生代表、楠本生糸。

フォー・ザ・マンカインドッ!」

「「「フォー・ザ・マンカインド!!」」」

その誓いを聞く方も割れんばかりの聖句と敬礼で答える。

右手を前に突き出す敬礼をする生糸。アクリタイスの使う敬礼だった。その敵に対して恐怖と憎しみを呼び起こされる印象的な敬礼のスタイル。

汝味方ならざれば、汝はどうか敵であれ。

ただ勝利か死か、より単純な世界を。

理解しやすい敵とも言える。

戦時下なので季節はずれの繰り上げ卒業式である。

声をはっきりと大きく話す。

まだきちんと返事ができていた頃。

当時は14か15か、まだ自分の年齢をきちんと覚えていた頃。


いや、それは楠本生糸の物語。

それは私じゃない。

私のはこっち。


ショットモルフは白い光線の糸を吐く銀の騎士。

――厳密には吐いてるんじゃなくて腕から出しているみたいだけど、もちろん外部から見た喩えである。

ショットモルフは私たちギーメの天敵。

いや、ギメロットの天敵か。

私は。

ギメロットだった。


ショットモルフたちは誓いの言葉をつむいで、私たちを殺すために出撃して来る。

何故?

理由なんて予想するのも意味がない。それが自然だった。当たり前だった。私たちはいつも命を狙われていた。いつも殺されていた。

私のいちばん古い記憶は、いつだったろう?

先生の話、そう先生の話だ。あれがそもそも何の話だったのか今でもよくわからない。


「例えて言えばですが、白鳥とアヒルは遺伝学的に異なった存在です。子供の頃は同じような灰色の醜い鳥ですが、白鳥は成長して白く美しい鳥になります。でも一方でアヒルは成長しても醜いままですね」

私は白鳥もアヒルも見たことはない。

だからよくわからないけど、すごく違うんだろう、きっと。

「これはひとつの喩えです。同じようなことが皆さんの世界にはたくさんあります。例えば本物ととてもよく似ている偽物の存在が。

皆さん、ギーメには脳は存在しません。この疫病に感染した人間は、症状の進行とともに大脳基質が液化して溶けてしまうのです。だから彼らは脳を持ちません。血液知性といって血液で物事を思考する生物です。だから私たち人間が考えるような感情や、ヒトとしての思惟や思いやりをこの怪物たちは持ちません。外見から判断してはいけない。彼らは人間ではない。

怪物なのです。

私たちは通常の道徳律とはちがう、特殊な形の道徳観を持つ必要があります。

この種の怪物に対して私たちが通常に感じるような道徳的観念を適用することは、私たち自身と私たちの子供たち、つまり皆さんを殺害することに事実上等しい。

皆さん、悪魔に対して通常の感情を抱いてはなりません。それは危険な罠なのですから。偽物の人間に対する優しさは同胞を殺すより罪が重い」


なぜギメロットの私がこの話を聞けたのかもわからない。

まぎれこんでいたのかな。


「人間と悪魔は生物学的に異なった存在です。

神よ、許したまえ」


他人に聞いてもわからない。

白鳥を見たことのある人は私の周りには誰もいなかった。

というのも地上を見たことのある人が誰もいなかったから。

もう100年。人間たちはずっと地下都市で生活している。地上は住めなくなり、ここしか生きていける世界がない。隣の大空洞とはしばしばシールドマシンという穴を掘る機械でつながり、結果として戦争になる。資源は乏しい。全員の分はとてもない。だから選ばれた存在だけが市民になれる。

社会の存続のために必要な人間だけが。

選ばれなかった存在は仕方がなかった。

でも皆、好き好んで殺してるわけじゃない。仕方がないのだ。みんな悲しんでいた。たぶん。

あれは…………悲しんでいるんだよね?

略式だけど死体を運んで埋めていた。肥料にするのだ。人間の体は死ぬと資源になる。どうしようもなかった。使えるものは使わないと生きていけないのだから。

直線で型どられてる細長い人工太陽が、弱い黄色の光で照らしていく。

食べ物が無くていつもお腹がすいていた記憶がある。


これは本当に私の記憶だろうか?

これがまぎれもなく私の記憶なのだ。


これが私が想い出せるいちばん古い記憶。

でも本当は気がついたときはギーメとして、いやギメロットとして生きていた。人を襲って殺して脳を溶かして、その人に成り代わって生きていた。

今ではそれが何を意味してるかわかる。

それは正しくはギーメではなく、ギメロットと呼ばれる行為。存在。


でもあの世界ではそれがギーメだった。ギーメと呼ばれていた。ギーメというのはすなわちギメロットだった。

乗り移らないタイプのギーメはこっち側に来てから初めて知った。

向こうには1人もいなかった――。

「いちどそうなっちゃうとね、戻すのは無理というか」

ノイエの説明でそんな言葉があったけど。

結論から言うとノイエの説明は正しくない。が、もう少し後までこの答えは保留しておきたい。どうか許してほしい。


私は体が苦しくなると制服を着た人間、つまり生存権を持った市民だ、それを襲ってその人間に『なった』。

どうやってその知識を獲得したかの記憶は無い。

途中で落としたのか、最初から無かったのか、本能的に知ってる知識なのか、それとも誰かに記憶を消されたのか。真実のところはわからない。私が知っているのは自分が経験したことだけ。


仲間内でしばしば連絡を取りあった。

仲間といっても、その根拠は同じ行為をしているということだけ。

食べた人間の知り合いを誘い出し、仲間に食わせる。私たちは食べた人間の知識をある程度は手に入れることができる。上手に食べれば。

そうやって利害の一致する者同志で協力するのだ。

もっとも利害が一致してるあいだだけの話。

いざとなると仲間を切り捨てて平然と裏切って逃げるものもいる。むしろそれが普通だ。

問題はいつ裏切るかということだけ。

どちらが先にということだけ。


ところで私はぼろ同然の紫色のリボンを持ってた。何でそんなものを持ってるかは不明だったが、何故だか手放す気にはまったくなれない。そんなものがとても大切だ。なんなんだろう、このゴミ。


大体どんな場合でも、いずれショットモルフたちに気づかれ、いずれは狩り挙げられる。私たちはスクイドケーブルの使い手にどうしても勝てない。銀色の光とともに宙を薙ぐケーブルの刃によって、記憶も何もない肉片に変えられる。

スクイドケーブルは光の速さで動くから―――なんてバカなこと言う仲間もいたが、そんなわけはない。ただエネルギー質量比のバランスが非常に高いのだと思う。

光学力繊維、オプティカルキネティックファイバー、というからには彼らの筋肉や繊維組織や皮膚がそういうもので出来ているのだろう。

後で知ったことだが、それは光ファイバーの一種で、光を通すだけでキネティックな動力を発生させる。光を高効率で力学的エネルギーに変える。ケーブルが白銀に輝いて眩しいのだから、よく分からないが多分莫大な運動エネルギーになるのであろう。

ケーブルが物を切断できるのは切れ味があるからではなく、何か化学反応か物理的な仕掛けがしてあるのだろう―――とおもうが詳しくはわからない。

これも後知りの話だが、私自身がショットモルフの肉体を手に入れたのちも、これをきちんと理解できてない。彼ら自身が自分の肉体について詳細な説明を受けていないようだ。使い方だけを学んでいる感があった。

結論として、繊維が強く発光するくらいのエネルギーがあると、コンクリでも容易に削りとることが可能だ。

体の先端から吐きだされるケーブル、それと同じようにむき出しになってないだけで、彼らの筋肉はおそらくそういうもので出来ている。それこそビルをジャンプして飛び越えるようなことができる。

一方でケーブルを発光させなければ、鉄筋コンクリートなどを砕くことはできない。彼らの体はそこまで固くないからだ、コンクリを殴っても壊れるのは彼らの拳のほう。でもそれは剛性がないだけで、出力は桁違いだった。

それは既存の哺乳類ではありえなかった。

一方、私たちは平均的な2足歩行動物の動きしかできない。まあ簡単に追い詰めることができるだろう。

さらに言えば、こちら側の最大の武器であるシリンジがなぜだか彼らにはほとんど通じなかった。理由は不明だ。これでは勝てるはずがない。

ただ幸いなことにショットモルフの数は決して多くはない。育てるのが随分と難しいのか、作るのが難しいのか、とにかく数を任せに蜘蛛の子みたく逃げ散れば、全員を追いかけてはこれない。そうやって生き残り経験値を蓄積する。

いわく、ケーブルの持ち主にあったらすぐに逃げろ。200万年前にライオンと戦ってた頃と同じ。


楠本生糸がその糸を振るうのを見たことがある。閉鎖空間の高い天井の上から。はるか頭上の隠れ家から彼女をよく見つめていた。ぼろのリボンを持って見つめてた。

そう、私は見たことある。彼女を。何度も。

同じ制服の男の子を助けていた。

彼女が光の触手を出した瞬間をまだ覚えてる。

光のムチがありえない軌道をとって、いじめっこ上級生たちの足を薙ぐ。無論、えぐるのはコンクリ地面のほうで。実戦でもないのに彼らの足をもぎ取るようなことはしない。

でもそんなことをされて地面につっぷさないはずがない。

「くそ、女に守られて恥ずかしくとかないのかよ」

「そうそう、いっつも何かあるとスカートの影にかくれるもんなぁ」

出ましたすてゼリフ。人間は小悪党になると本能的にこの手のセリフを口走ってしまうのだ。

まあ、いじめっこ上級生というのは私の見立てなんだけど、案外当たっていると思う。

違う?

「せめて自分より強いものと戦いなさい。そうすれば少なくとも臆病者ではないわ」

言い放つ楠本生糸である。

ショットモルフとそうでないものが戦って、そうでないものが勝てるはずがない。

ショットモルフの数は非常に少ないので、上級生たちはそうでないというのはさもありなん。

上級生たち、逃げ出した。明日以降は陰口で報復攻撃と思われる。

「大丈夫?」振り返る楠本生糸。

手を払う男の子。

「助けるな」

冷たい言葉で熱い救助に報う男の子。

弟くんかと思ってたんだけど、違うかもしれない。

おそらく楠本生糸の方がお姉さんなので、彼女なりに男の子の意地はわかっているのだろう。しょうがないわね、この弟は。腕組みで無音の言葉。そんな感じ。

「曲がらないね。君は」溜息。

やれやれ、ほんとに助け損だよ。

そんな感じ。

違う?

足をくるりと振り直して、反対方向に立ち去る楠本生糸。

宣伝向けでない彼女を見たのはこの時が最初だった。

律動的すぎる振り向きに、うっかり彼女と私の視線が交わる―――ような気がするだけ。こっちは彼女を見ているけど。彼女はこっちを見ているはずがない。余りにも遠くにいるから。

でも私は視線をそらしてしまう。それは暗闇を覗き込みすぎるのはきっとひどく危険なのだ。違いないのだ。


暗闇をのぞき込んではいけない。暗闇をのぞき込んでは本当にいけない。

それはあなたになるからだ。人である資格を失ってしまう。


それから数日後、私は追いかけられていた。

理由はまったく単純であった。

要は仲間がしてはならないコトをしたのだ。

シリンジで実は盗みをすることができる。

シリンジは盗まれている側の知覚を操作する。目撃している側の記憶を上書きする。

だから誰にも見えていない状態というのを作れる。だから堂々と移動の際に盗みをやるのだが。しかし不文律として1人でいるときに限るというのがあった、仲間を巻きこむリスクを排除するためだが。なぜかというとシリンジにかからない人間がいるからだ。そう例えばショットモルフのように。

でもそれは手を出した。

もちろん彼、ないし彼女は、自分が致命的な間違いを犯したと知らない。

その瞬間に胴体を上下に分断されたから。

私は今でも彼、ないし彼女が誰であるか覚えてない。とにかく誰かに斬られたのだ。

殺戮が始まった。もちろんのこと、敵はショットモルフであった。

いくら液体知性を誇る私たちでも、超大量の出血を余儀なくされたら一瞬で意識も吹き飛んでしまう。肉体の損害には比較的強いが大量出血に弱いのだ。大量の血液が、下水溝にザラザラと流れ込んで清流のおもむき。

私たちの動脈血は生きている時に生理的な理由ですみれ色の光を放っている、その光が容赦なくこぼれていった。紫色に染まる路地裏。

彼か、さもなくば彼女は、自分の間違いを知らないまま死んだのだとおもう。

報いを理解できたのは、まだ生きてる私たち。


ショットモルフ達は集団でいた。

狩りをしている。知ってるのだ、こっちのことを。

なぜ、どうして知られたのかとかそんな理由はどうでもよい。

重要なことは彼らが私たちを見つけ殺戮するそのとき、逃げだすことができるかどうか、大切なことはそれだけ。

蜘蛛の子を散らすように逃げる。蜘蛛の子を潰すように潰されていく。ひとつひとつ。

スクイドケーブルのきらめく死の囁きが私のすぐ横を通り過ぎてく。右隣の人が切断される。とある液体のシャワーを大量に確実に浴びたと思う。かろうじて逃れた。逃れたと思える。深く考えるな。走れ。

私が使ってる肉体はすでに使用期限が過ぎているので、ボロくて、走るのについてきてくれない。だからなるだけ効果的に、曲がり角を曲がっていく。手に持ったぼろリボンはまだつかんでる。

走った先は地下市街のどこか、私はよくわからない行き止まりに入ってしまった。

生まれついての方向音痴だもの。

行き止まりだもの。いつも自分のいるところが行き止まりと感じていたけど、次のページが続いていた、だからページをめくれたけど、ああほら、もうさすがにおしまいじゃない?

追い詰めた足音を私の後ろに確かに聞いた。


「1人を補足、撃破しましたが未確認です」

「3人を補足、処刑しました」

それぞれ報告が相次ぐ。

いずれも学徒兵と言っていい程度の経験しかないが、質がいいので戦果が上がる。撃破確実かというとまだ確認を要するだろうが、そこそこの出来栄えだった。

「こちらには誰もいません。補足に失敗しました」

優等生の1人が正直に報告した。

誰も疑わなかった。

戦果を報告した後、後処理を清掃部に任して撤収する。


かなり時間が経過して、夜時間になってから彼女はそこに戻ってきた。

「もう大丈夫よ」

他人の血で血まみれの私は、のこりと顔をあげてそこを這いでた。

建物と建物、連続した構造体となっているはずだが、なぜだかそこには小さな隙間があった。そこに押し込まれたのだ。清掃班は目に見える死体を回収しただけだった。

「あなた、見た目ひどいことになってるけどダイジョブ? 生きてる?」

声をかけてくる楠本生糸。

助けられた。

彼女に。

思わず直接に覗き込んだその瞳は、少なくとも、もう恐怖は感じない。


設定49


しばらくの間、彼女は1日のほんの少しのあいだだけ本来の業務や学業を放り出して、食料や飲み物、ただし水ではなくジュースなどを届けに来てくれた。この世界に新鮮な水はむしろ乏しい。私は未来のあてもなくそれにすがりついた。

なぜ、彼女がこんなことをするのか。

なぜ邪悪であるはずの私たちを、いや私を見逃してくれるのか?

「だって意味ないんだもの」

との答えだった。

「この世界に未来などなどない。今さらあなたたちをいくら殺しても無駄なのよ」

え? でも前は私たちを信じてくださいって。

「大丈夫。この世界が助からなくても、ここの人たちを助ける方法はあるの。それは」

それは?

「その話はまたにしましょう。ところであなたはもう寄生してる体が限界なのよね。次の寄生相手を探さなければいけない時期にきてるのよね?」

時期にきてるどころか、とっくに限界を超えてます。私的に新記録だとおもう。ひとつの体でこれだけ長く生きてるの。

赤血球があまり残ってないので肩で息する私。

プレート――血小板があまり残ってないのであちこちアザだらけの私。

感染症を起こして呼吸がかなり苦しい私。

液体知性にも障害が出て不要不急の記憶が消えていく私。

「具体的に相手を直接に見るのは初めてだから。ごめんなさいね」

両手を握りしめて、ぼろのリボンをさらにくちゃくちゃにする私。

少しだけ幸せな気持ちになる私。

手を握るって魔法だ。


「あなたの症状を治す方法を私は知ってるわ」


まるで感情のこもってない瞳を見つめるみたいな私。

世の中には感情のこもってない瞳というのがある。本当は感情がこもってないわけじゃない。意味が切断されて見えないだけだ。あまりにも異質すぎて理解できないから空白に見える。木星を見てるみたいに。木星には意味なんてない。

ただあるがままに浮かんでるだけだ。それを瞳と思い込んでも。何も得られない。


そうじゃない。理解できないだけなんだ。彼女はきっと何かを知ってるんだ。いつも私と私以外の誰かとは意味の断絶がある。よく思い起こせば。だからそれなのだ。

この人は悪い人じゃない。

私は彼女を蜘蛛の糸として信じることにした。

それは過ちだった?


設定50


私は彼女のことが好きだった?

彼女は私のことを、――――――-どう想ってたかはわからない。

いや、考えたらダメだ。


自分の心を相手に押し付けるシリンジ、でもテレパシー的な使い方はあまり出来ない。というのは前に説明しましたね。

ただし、普通の会話ができればの話。そのときの私の喉は人の言葉を出せないから。

だから彼女はごく簡単に、イエスかノーかで答えられる質問をするだけ、という訊き方をした。


「君、名前は?」

これはイエスかノーかで答え、られない質問。

ジェームズ・ド・サールズ。

私は自分の数ある名前の1つを地面に書いた。

「そう。よく聞いてね。昔、こんなお話があったの」

楠本生糸は私に昔話をして聞かせた。








それは抗毒素と呼ばれた少女の物語。

かつてギーメが支配していた1つの都市のおとぎ話。

ギーメが人類の支配者として君臨していた、その時代その場所のグリモワール。

彼らは成功した。

だがあるときからその栄光に陰りが差し始めた。

それは病気によって。

正常な血液が造られなくなる病気、典型的な再生不良性貧血の症状、しかし原因は特殊、少なくとも23世紀初頭までに知られている原因ではない。

ブラッドプロセッサの原因不明の造血機能の障害。ギーメのみに広範囲にわたって無差別に拡大する流行性質。臨床的に明らかに感染性であるが、病原体や感染ルートはついに特定できないままで終わった。

ブラッドプロセッサから分化するすべての細胞が障害されるため、液体知性にも認知障害などのダメージが及ぶ。

後日の推測として、その話を聞いて私がまず考えたことは、要はその時からある種のギーメ、特定の行為を行ったギーメは、ギメロット化するようになったのだ、そういうことだと思う。

ともあれ、繁栄を約束してくれたはずのシステムの突如の崩壊。

瓦解。未来に対する裏切り行為。

ギーメたちは次から次へと生きたまま腐りはじめ、人口は短期間に激減し、社会は崩壊していった。

いまだギーメに支配されざる人類もどこからかあらわれ、戦争になった。

人的供給源がまったく絶たれたがゆえの必然ともいえる敗北の連鎖。

滅亡の淵に立たされたギーメたちの間に、1つの“希望”が噂として飛び交い始めた。

この世のどこかにブートキーメモリーというコピーすることのできない奇妙な記憶がある。記憶ではなく、誰かの想い出と言い換えてもよい。


その記憶の内容は絶えて知られることがなかったが、その事実が示す結論は世に広がった。

とあるブートキーメモリーの所有者だけは、汎発性再生不良性貧血―――そのころには妖精病なる畏怖すべき奇妙な病名までつけられていたが―――に感染しないのである。

発病しないといった方がいいだろう。妖精病が感染症なのかどうかは、今に至るも結論はでていないのだから。

だがともかく治療法が発見された。

問題は1つ。

そのブートキーメモリーの所有者たる少女が1人、たった1人しか見つからなかったということ。

そして彼女はそのブートキーメモリーを誰にも渡さなかった。ブートキーメモリーはなぜだかコピーすることができない。だから同時に1人しか所有することができず、彼女は誰にも渡さなかった。しかし問題はない。

結論。彼女――抗毒素と呼ばれた――の血液知性は不可欠の公共財とされた。

もちろんいやらしい意味などはないので念のため。

純粋に、彼女の無意識に接触するだけ。それだけで接触した意識は鮮明になり、肉体の症状もやわらいだ。

抗毒素の心を経験した魂だけは妖精病の業苦を免れるようになったのだ。ただし時間制限つきであった。一定の期間を経ると妖精病は再び牙をむくようになった。

継続して治癒の状態を維持するには、定期的に彼女の心に、再接触しなければならなかった。

ゆえに彼女は、抗毒素は、その社会でもっとも神聖な存在となった。


いずれ抗毒素が“神聖な存在”へと昇格したのちも、彼女は1人のギーメとしての“固有の”意識を持っていた。彼女は周囲から愛され、共感し、自分の重要な役割もよく教えられながら成長していく。

その求められるところの責任もよく熟知し、理解していたはずである。

抗毒素を通過していく数百のギーメ、いやもはやギメロットと呼ぶべきであろう、彼らの日常的に接触してくる記憶の混濁は彼女の無意識の閾値以下に折り込まれて、表層にまで上がってくることはない。ごくまれに夢の中に他者の現実がでてくる程度、そして自分が思いついたことは本当は自分のものではなく誰かのアイデアや夢想なのだということ、そうしたストレスを自分のリアルとして認めてしまえば、憂うべきは何も無いといっても過言ではなかった。

彼女は祝福された存在で、幸せだった。


しかし抗毒素は、その環境を是とはしなかった。

ある日、彼女はそこを立ち去った。

そのギーメ社会がその後、どうなったかは伝えられていない。

記録や文献が残されておらず、今もって場所すら正確に特定されていない。

おそらく滅びたのであろうと推察される。







「本当にあった話かどうかは知らないわ。その頃はまだ私ではなかったから。私が知ってることはそれだけ」

楠本生糸はそう言ってそれが私を助けることができる理由だと説明した。彼女は私に向かって手を伸ばす。この言葉通りの救いの手を私が確かに握れるように。

「私に乗り移りなさい。そうすれば生きながらえることができる。ただし」

と但し書きを追加する。

「同じ楠本生糸でまぎらわしくなっちゃうから、私はルージュ“朱”あなたはノワール“黒”という風に名前を決めておきましょ。そうすれば2人でお互いの区別もできるわ」


私が元来所有していたジェームズ・ド・サールズの肉体は、維持するのが色々な意味で危険すぎるとの理由で廃棄された。かくて私は何度も捨てられた体のひとつをまた1つ捨てた。それは特別な意味など何もなく、当たり前の作業だった。肉体の感覚が速やかに消えていく。これまでと同じように。


ジェームズ・ド・サールズの肉体は放棄された後、地下都市の冷たい通路のどこかで骨だけになっているか、すでにゴミとして焼却されたか、ともかくかつての自分のその後を知らない。


2人だけになった世界で、呼吸がすうっと楽になったことを覚えている。空気の味がする。空気は人を眠らせる、酸素に抱かれてそのまま眠ってしまった。


設定51


この時のことを実はよく覚えていない。

ショットモルフである楠本生糸にはシリンジが効かないはずなのではなかったか?

当然ながら憑依することもできないはず。

だけどそれはなった。

私は楠本生糸になった。

ショットモルフの体の中にギーメは住めるのだ。なんで2つの種族は戦っているんだろう?


私たちはひとつの肉体にふたつの意識を同時に詰め込んでいた。お互いが入れ替わるように表に出て「自分」になる。

こういうのを解離性同一性障害というのだろう。いわゆる多重人格というもの。

通常は虐待などで発症することが多いのだと聞く。

私たちのようなケースをなんというのだろう。

私は、ほとんど表に出なかった。もうひとりの生糸であるルージュ、本来の楠本生糸、あの時の取り決めによれば、日常生活を過ごしているのは彼女なのだろう。

実際問題として、私が表に出てもここの現実に対処ができないだろう。

私は楠本生糸として当然知っているべき知識を知らない。

ごくまれに街を歩いている自分を意識したけど、すぐにその景色は消えてしまう。

だから私がほとんど、表面に出ていないことがわかる。

そして薄暗い中に戻る。入れ替わりなのでルージュと会話することはできなかった。


薄明の中でよくわかるのは部屋があったということ。

それはすごく暗い部屋で、でもキレイに整った部屋。

これは。私が目覚めているときに見ているものだろうか。

それとも心の中でこんな部屋を作り出しているのだろうか。

手探りで進んでいくと、スイッチを見つけた。

不思議だけどこれが部屋の灯りのスイッチだとなぜか確信できた。


それはとても柔らかかった。


パチリ。


明るい街の景色、線状に設置された人工太陽に照らされた市街地、環境調整用に解き放たれている小鳥の類、さえずり、静寂、雑音、喧騒、4階の窓、外に換気装置を置くためのわずかなベランダ、彼女の世界だ。

今は、―――小さな人工太陽がオレンジ色の光を放っている。この閉ざされた世界で外の世界を再現しているのだ。今は夕方の時間か。

机の上にメモ書きが置かれ、そこに何か書き込まれている。途中まで。

こう書かれている。




ノワールへ。

もし目覚めた時のためにあなたにメモを残しておきます。

それを読んで指示に従ってください。

くれぐれも母に会わないように。それと

甘木 灰人 という人物が助けになってくれます。




それはとても古い紙で出来ていた。文字も消え去りそうなほど弱い。


ここは、あの暗い部屋じゃない。

ここは楠本生糸の生きる世界だ。

机の上に青い錠剤の入った瓶がある。1つだけ。ラベルはない。

ひょっとしてこの薬でどちらの人格が出てくるか決めるのだろうか?

すぐ思いついたのはそういうこと。

ドアがノックされた、その時。

私は瓶をとってポケットにねじ込んだ。

それは、あらかじめそのように肉体が記憶している行動そのまま。


ドアを開けた。

灰色の髪の少年がそこにいた。この子は。覚えてる。あの時に楠本生糸――ルージュに助けられてた子だ。

「何か問題があったのか?」

質問してくる彼。私は少しだけその言葉に打ちのめされる。なんて言ったらいいの?

黒色の髪は手入れされてなかった。生まれた時からかもしれない髪のクセがそのまま残っている。視線は恐れを知らず、相手の瞳をストレートに覗き込んでくる。

汚れた灰白地に黒十字のジャージ、黒十字は左胸でアシンメトリーにクロスして1周、下はどう考えても作業ズボン。繊維式冷却服という熱を電磁波に換えるとかいう聞いた話の服なので、長袖の方がむしろ涼しい。この子がひょっとして手紙に書かれていた甘木灰人という人物なのだろうか。

手紙を見せればわかるかな。でも違う人物だったら、手紙を渡すとまずい。

でも私バカだから、手に持ってる手紙を既に見られてる。大急ぎで背中に隠す。

じっと彼が見つめてる。まずい。

「……あ、あのなんでもないの。ごめん、ね。ちょっと混乱してて」

彼の目が大きく見開かれたような気がする。気のせいか。

「あ、き、君は」

心臓を突き飛ばされたかの如く。

「……う、うん、なに」

心臓の仇討ちに彼を思い切り反撃で突き飛ばして扉を閉めたくなる衝動に駆られる。

すこし長い時間が、本当は数秒だけど、経過してから彼は息を吐いた。

「ふぅー」息をつく彼。

いや、私もため息をつきたいよ。でも怖くてできない。

彼はわずかな時間、まぶたを閉じ、そして開いた。

「すまない、俺はルージュの関係者だ。話しても大丈夫だ」

この男の子は真実のところ誰なんだろう。私は彼のことを知らないのだ。

私が何かするより、彼の推測の方が先に終了。

「君がノワールだな」正解。


誰もいない食堂ホールで食事を取る。

あの手紙は灰人に取り上げられた。

「こんなふざけたものを持っていると危険だ。あの女の悪ふざけだ。間に受けるな」

「う、うん」

彼はそれを取り上げて、食事を取りはじめる。

心なしか、彼が緊張してるような気もするんだけど私の気のせいだろう。

食事はチキンライスみたいな混ぜご飯だ。

「甘木 灰人 だ。よろしく頼む」

うん、それはもう聞いた。

それっきり、ひたすら食べ始める。

「そのご飯好きなの? って俺に喋らせてどうする」

怒られた。

「シリンジを使うな。口で喋れ。もし次に使ったら」

使ったらどうなるの?

「とにかく使うな。ここでは。命取りになるぞ」

こっそり話しかける灰人。

そんなのわかってる。

このコはあれかな、やはり弟くんなのかな、でも名前が違う、シリンジが効いてるということはショットモルフではないんだな。色々な思考を脳内に展開中。

「……あの」おっとり質問すると、食べながら上目遣いに見上げてくれる。

たっぷり咀嚼してから、ため息をつくように「何?」

「ルージュの弟なの?」

スプーンを置く。この子はささいな動作のひとつひとつに迫力があるなあ。

「ふっ。そんなわけないだろう。血のつながりはない。彼女は同じ病室の先輩、というか上官だ」

「病室?」

「俺もケーブルの移植手術を受ける。もうすぐショットモルフになる」

ショットモルフって手術でなるものだったのか。

そしてルージュの名前も知っているんだ。

言う間に彼は食べ終わってしまった。

彼は食べ終わった。

じっと私のお皿を見ている。

「……あ、あの……食べる?」

「速く食ってくれ。悪いが遅い」


あとで気づいたけどチャーハン系が好きなんだね。よし覚えた。


いや、まだ聞いてないことはたくさんある。

例えば。なぜ君は私を助けてくれるの?


ここで、ブラックアウト。


薄暗がりの中で、いや、真っ暗闇の中で。あの部屋に戻る。

すごく暗い部屋で、キレイに整った部屋。

暗くても手探りでわかる。いや部屋の広さを私は知ってる。

この部屋のことを私は知ってる。

ただもう1度、光の下へ呼び戻されるのを待つのみ。


設定52


ライトアップ。

目が覚める。

白く弱い線状灯で照らされた実験室。シャーレの中には何かのモフモフ、使い方の想像できない巨大な機械らしきもの、印刷機にしか見えない。ゴミチリ1つ落ちてない。ただ1つ、床の隅に茶色いシミがあった。何のシミだろう? 寂しい明るさに照らされている。

「生糸、もうすぐ準備ができるわ」

女性が背中だけを見せて言う。

とっても小さな背中に見える。この人は楠本生糸と親しい人だと思う。とっさに考えて判断。これは用心したほうがいい。

でも彼女がくるりと振り返った。

私は彼女の瞳を見てしまった。

灰色の瞳に悪意はない。静かな色。

この人は、本当は悪い人じゃない。

優しい瞳を見るといつもそう思ってしまうのは可笑しいでしょうか?

彼女は両手をとてもぎこちなく広げ、私をゆっくり抱きしめた。

「私はいつだって、生糸の味方だからね。だからね」

腕が触れるか触れないかくらいのところで抱きしめる腕を留める、たぶん触れたら壊れてしまうと想ってる? それくらい。

この人は楠本生糸のお母さん、なのかな? なのだろう。

あの手紙で会わないように言われた。でも。

手遅れだ。

「自分にだけ…………よく聞こえない…………いいなんて、哀しいことを言わないで。親子なのよ」

都合の悪いことは聞こえないみたい。

ルージュなら母親になんて言うだろう。

もちろん私は彼女の娘、ではなくて、この人はルージュのおかあさんなのだ。


ひとねむり。


「今日はもう帰っていいわ」

髪の毛を透かしてすぐ向こう側に灰色の瞳があった。私と彼女と、お互いの魂が透けてみえるくらい。すごく何かを怖がっている瞳、いつも私が鏡の前で見る瞳。

それはとってもぎこちない震えながらの喋り方だ。

私はこういう震え方する人を知ってる。それは私。

体がぎゅうと緊張する。このままでは、私を見破られてしまう。この人には多分、バレたらいけない。でも。

「どうかしたの」

それはその。

「大丈夫よ。今のあなたは」

「……今の?」

「ええ。数値が良いから」

彼女は私をそっと引き寄せて抱きしめた。びっくりしたのである。

どちらかというと、この人はいつも冷たい人のような気がしていた。

「生糸。私の生糸。生糸。生糸。生糸。生糸。生糸。生糸。ほら。ここにいる」

それはまるで。

「あなたのことが心配なだけなの。いつも、ごめんね」

傷だらけのウサギ。イメージ。臆病な。寂しがり屋な。

これがこの時に本当に起こったことなのだ。この時のこの人はこのような人だったのだ。

なんだ、ちっとも怖い人じゃない。

こうして、その日は処置をせず帰った。

ブラックアウト。


ライトアップ。

ポケットの中を探ると、あの青い錠剤の入った瓶が入っていた。中身が少し減っている。

やっぱりこれが何か必要なものなんだ。

そう思ったけど、今度はラベルが貼ってあった。

そこには1言だけ書かれている。「ありがと」

どうやら私がポケットの中に入れてしまったのが功を奏したらしい。

ポケットの中に戻しておく。

ブラックアウト。


ライトアップ。

灰人がいた。「鳥の扱い方がわかるか?」

そういう彼の手には大きなウサギぐらいの生き物がいる。

ここは地下森林公園。

「この鳥はここの国鳥だ。神聖な存在だから逃がしたりするなよ」

彼が手に抱えてるのは、ゼーランディアの飛べない鳥、カカポだった。

神聖不可侵なる国鳥、復活の象徴、国民の希望、文明の誇り、この生き物の最も注目すべき特徴はとても殺されやすいこと。

この生き物は敵から身を守るという考え方があまりない。いや、もっと正確に言えばあるのだろうけど、それは現在では何の役にも立たないものだ。人類が守らなければ生きていくことができない生物。そしておそらく人類最後の時代においてもこうしてなお守ることができた自然。ゆえに人類の自尊心の最後の拠りべとなる存在。

この国はこの鳥類を大量に保護している。社会に余裕がなく餓死者がでる状況であっても、いやそういう状況であるからこそなおさら、かなり真剣にカカポを保護していた。

そのことの是非は問うまい。

だが世話を任されたものに対しては深刻で重大な危険につながりかねない、というその1点では誰もが同意するだろう。

おかげでこの国には猫がいない。野良猫も飼い猫も片端から殺されてしまう。

仕方ないのだ。1匹の野良猫が、1年で300羽以上のカカポを殺してしまうのだから。

それも食べるためじゃない。

猫は動いているモノをみると、殺したくなってしまうのだ。

そう、これは仕方のない事なんだ。

カカポはあまり人間を警戒しない。すごく香ばしい匂いがする。木材みたいな匂い。香箱みたい。

本当は60年以上生きるんだけど、ここのカカポは遺伝子操作されているのでもう少し寿命が短く、たくさん卵を産む。

少なくてもこのウサギみたいな鳥は私よりは確実に長生きする。

いや、どうかな。

らちもないことを考えてしまった。

それはともかく。

だからと言ったらなんだけど撫でた。とにかく撫でた。

撫で回してると気持ちいいらしく、それとも嫌がってるのかな、少しバタバタする。

くるー。鳥らしい声を出してばたつくカカポ。私を愛して。それは命を持つものになべて共通するセリフ。

「撫で回してないでエサをやれ」

「うん」


ざりっ。


気がつくとカカポは動かなくなってる。

私の手や服になにかの色が見える。

私は周りを見渡した。灰人はいない。

カカポの体重がたっぷりと両手にかかる。こんなに重いんだ、とおもった。

どうしよう。

「大丈夫か」

灰人が戻ってきていた。

これを見て私にあきれるに違いない、そう想像してパニックになるけど、彼は何の表情も見せない。

「……ど、どうしよう」

「かせ」灰人はカカポの死体を受け取り、何かを始める。

国鳥であるカカポを殺害するようなことをしたら、この国では普通に死刑だ。

「お前はもう帰れ。あとは俺がやっとく」

「……でも」

「いても足手まといだ。もう帰れ」

「……どうするの」

「野良猫の仕業に見せかける。知ってるところに猫を隠して飼っている奴がいる。そいつの猫を拝借する。もう帰れ」

怒ってる。やっぱり怒ってる。

私は、こんなときすぐ判断に迷ってしまう。手を突き出したままどうすればいいのか、パニックでぐるぐる回る。ワタシハキットイテハイケナイ。

「……ごめんなさい」

声に出す私。少しパニック。

「……」ごめんなさい。声が出ない。

私を振り向いて見て―――初めて何かの表情をする灰人。

「落ち着け」

「……うん」

「お前は悪くない。お前のせいじゃない。事故というか。いや俺のせいだ。だからお前はもう帰れ。後始末は俺がやる」

「……うん」

ブラックアウト。


ライトアップ。

「じゃあ僕より彼女の方が困ってるとそういうんだな。それが君の答えだと言うんだな」

自分の事を僕と呼んでいるのはまた別の女の子だ。クラスメイト女子。灰人とは仲が良いみたい。

かなり激怒しているご様子。

私のことを灰人の肩ごしに、一瞬だけ睨みつけてくる。私は目を伏せた。

「そうじゃなくて。いや、そうだが、そもそもこれはお前がとやかく言う筋の話じゃないだろ。なぜこだわる?」

「無論そうだとも。僕は自分の面倒くらい自分でみられるからね。今後は気安く僕に話しかけないでくれたまえ」

ブラックアウト。




むかし、悪魔がいた。どんな悪魔?

ひとりだけ生き残った悪魔。誰にも愛されないし、誰も愛さない。ただ通り過ぎていくだけ。あるいは仲間と呼び得る存在は可能性すら残さず消滅した。ウサギは私を仲間とは想わない。カヤツリソウは私がいることで幸運だと想うことはない。誰かにとっての呪いにもなれなければ、誰かの幸いでもない。

私が生きていることを誰も知らない。私が残した記録をもはや誰も読まないだろう。

人類の歴史は私で幕を閉じる。もう誰かに伝え残すこともない。

行き止まり。

少なくともそれはもう人間ではない。

悪魔だ。


それは絶対に幸福になれない呪い。

生きることは純粋な痛みである。



ライトアップ。

「では、命を助けてくれると言うんだな」

しゃがれた声しか出せない初老の男は真剣そのものだった。その腕に朱い髪の娘を抱いてる。

もちろん命は助ける、ただし娘だけを。

ルージュがそうっと頭のなかで声を出すのが分る。

「信用するな、こいつは俺たちのことを動物だと言ったんだぞ」

2人目の男性が批判的な意見を叫ぶ。

「悪口じゃない。オーウェルって知ってる?」

ルージュはどこまでも通常の口調。

「とにかくこの子は生きられるというんだな?」

「信用するなと言ったろう!」

「保証する」

最終的な掛け値が言い渡され、朱い髪の娘の保護者が替わる。小柄な肉体から信じられない膂力をつかって、ルージュは――私は――彼女を軽くふわりとやさしく抱きとめた。

「俺たちは?」2人目の男性が言う。

「無理だ」

ブラックアウト。


ライトアップ。

死体がいくつも横たわってる。

地には男2人が。

報告書には男性2名、女性1名が。

それぞれ記載された。

ブラックアウト。


ライトアップ。

鏡の前。朱い髪の娘がゆっくりと顔を上げる。

ゼーランディアの血筋である証拠としての灰色の瞳。炎色の髪。

それは私だった。

でも目覚める前までの私とは肉体が違う。ルージュが連れてきた例の子だ。

手をやって体のあちこちに触ってみる。

私がこの子のなかにいるというならこの子はどこに?

聞くまでもないな。

最悪の結末を予想する私。上書きされた―――。

「死んでないわよ。その子はまだ生きてる。記憶が残ってるわ」

ルージュの姿をしたルージュが鏡の中に、つまり背中側に現れた。振り向く。

「ギーメは本来的には多重人格なのよ。ブラッドプロセッサの情報セキュリティ上そういう構造をしている。それぞれの人格がお互いに完全に同期を取るからそれを意識できないだけ。でも故意に同期を外せばひとりの体に複数を詰め込めることができる、という理屈。いやギーメだけじゃなくて、ノンギーメも含めて人類というのは本来そういう存在なのだけどね」

ルージュが中に詰まったルージュ本体が髪を掻き上げる。

今日もにっこりひまわりえがお、いつもどおりまっすぐ瞳を見つめてくるルージュ。

「さあ、シリンジするわよ」

ルージュにシリンジが出来ることをもはや疑問にも思わない私。

ルージュは何でも知っていると信じて疑わない私。


鈴の音色が聞こえたような気がした。

始まる。とても長く。

5秒、―――10秒。

痛みのあまり膝をつく。

これは痛みではない。でも痛みだ。

ざりざりざりざりざりざりざり。

攻撃レベルのシリンジ。200ファシノくらい。

ちなみにファシノはシリンジの量単位。

人間に対して情報操作として使うのは10ファシノくらい。

何もせず、ただとなりにいるだけで0.1ファシノくらい。

相手にギーメ観察者症候群の症状を引き起こすのは100ファシノくらいから。

この時の200ファシノ――と言っても体感しただけの目分量だが、はジュールで言えば鈍器で殴りつけるくらいのレベル。放射能で言えば風邪をひきやすくなるのが体感できるレベル。私がギーメでなければ死んでいたであろう。


「それで、とりあえず誤魔化せる程度(ざりっ)には、私になれるはずよ。これでもういちいち切り替わったりする必要もないわ。しばらくこっちにいるから」

上書きされた。取り敢えず人格の連続性は維持されているけど。危なかった。


気がつくと私はルージュに。ルージュは朱毛の娘になっている。肉体が入れ替わっている。

不思議だった。シリンジにこんな使い方があるのか。

ルージュはとても強引だ。自分が正しいと思うことは他の人にとっても正しいのが彼女のルール。

しばらくの期間、私は彼女の忠実なコピーロボットになり、彼女が席を外している時間は私が楠本生糸になる。

これ以降、ルージュはこの新しく手に入った朱毛の少女の姿で何処かへ行って出かけることが多くなる。

たまに戻ってきて、楠本生糸じゃなければできないことをする。

ギメロットとしてのダメージは生糸肉体にキープしている抗毒素で解毒。

ところで、この新しい同志はほんとうに綺麗な朱毛をしている。

彼女こそはルージュそのもの。朱の本質。

ブラックアウト。






「人間なんて私たちの素材にしかならないただの動物だよ。

私たちは選ばれたんだ。

せっかく生き残れたのに、どうしてそれを捨てるの?

生きてくために生きるのは良いことなんだよ」

「悪いけど、私にはそんな1人よがりにもう、付き合うつもりがないんだ」

「1人よがりって。どこへ行くの?」

「外へ。ここ以外のどこかへ」

「私たちはどうなるの?」

「悪いけど、無理だ」

「なんで、見捨てるの?」

「動物だから」


過去か、もしくは夢の中のお話。

ブラックアウト中も夢は見る。

ルージュの話に影響されたのかもしれない。




ライトアップ。

明滅する意識の中で私はルージュとともに生きていく。

スクイドケーブルに対するルージュのコメント。

「スクイドケーブルってしかし中途半端よね。本当は何なのかしらこれ。まあ私がそんなこと言うのも今更だけど、ね」

私が知ってるのはスクイドケーブルの持ち主はシリンジに抵抗性を獲得するということだけ。

しかし私たちのような反例も存在するわけで。

ルージュでもショットモルフのことを詳しく知らないらしい。

「原理的なことは何も説明されないのよね。質問も禁止だし。まあ私にはそんなこと、どうでもいいんだけど」

ルージュもショットモルフである。しかしスクイドケーブル2本を両腕に移植したが左腕のは壊死して使えなくなったそうだ。詳細不明。ウイルスとの相性で拒絶されたとか。そういう移植の失敗はかなり多いらしい。

ブラックアウト。


ライトアップ。

私は母親の記憶を探した。楠本生糸とその母親とは仲が悪いみたいだった。彼女が母親に、よく言われた記憶はほとんどないみたいだった。

というか無い。彼女の記憶の方には。

ルージュ曰く。

「あの人には何も期待してないから。遺伝子上の母親というのはあの程度のものよ」

ブラックアウトはしなかった。

傷だらけのウサギ。


設定53


ライトアップ継続中。

暗い気分でいるときの雨の日は好き。

自分ひとりだけ落ち込まなくてもいいから。

落ち込んでても許されるから。


ルージュはまさにギメロットになった状態で私を残して出かける。

彼女たちショットモルフの陣営からみればこれは裏切り行為なんだけど、ルージュはもっと何か大きな目的のために行動している、それぐらいは察しがつく。

私を助けてくれたのも純粋な善意ではなく、何か考えあってのことらしい。

ルージュの生きる社会ではかなり危険なことだ。

リスクを冒してまで何を望んでいるのか、まだわからない。よくわからない。

そして。

私も化けの皮がほんの少しだけ板についてきた。それとも、そんな気がしただけ?

灰人もフォローしてくれる。

ただ、楠本生糸の母親との関係がどうにも悪かった。

あのとき1度だけ優しくしてくれたように見えたけど、それ以外で口をきくことはなかった。というより口をきいてもらえなかった。彼女にそのつもりがないといったほうがいい。

私が会話を持ちかけても、すぐ切られてしまう。余計なことを会話する時間は無駄だと言わんばかり。

話をするのを嫌がっている? 嫌われているから? それとも。

ここは悪意があると決めつけるところだけど、それにしてはあの最初の接触が奇妙に思えた。

会話をするのを怖がっている? いやなんとなくだけど。

違うかな。


私はヒステリックに泣き叫ぶ。「ごめんなさい、ごめんなさい」

灰人が私を穏やかに叱る。「落ち着け。この程度なら問題ない」

化けの皮が板についてきた。そう思ったのは私の早とちりだったようだ。

私には人間として普通にできることがしばしばできない。なので、それが周りの負担になる。

優等生の化けの皮ははいつしか剥がれ落ちて。

周りの私をみる瞳が少しずつ邪悪なものへと変わっていく訳で。

ルージュに助けを求めたかったが、彼女は事態を放置するに任せた。たぶん冷酷さからではない。自分のことで忙しくそれどころではなかったからだろうと好意的に解釈。

そんななかで唯一、私の味方になってくれたのが灰人だった。

そのせいで、彼の立場もかなり危険なものになったと思う。

以前、彼と口げんかしてた女の子の姿も見かけなくなった。

この国で落ちこぼれを助けるには勇気が必要だ。

なぜ彼がリスクを冒して助けてくれたのかというと、それはやっぱりルージュのためだったと私はおもう。

私はこの2人が助けてくれたから生きていけるのだと。

決して訊かない。

なぜ助けてくれるのかって。

それはルージュのためだから。そんなことわかってる。

「お前のためだ」

ん、何と言ったの?

「俺がルージュに協力してるのはノワールのためだ。そう言った」

ちょっとだけ時間が飛んだ。

「……えっ?」

……ど、どう反応したらいいのか……わからないな。

どうしよう。

なんでそんなこと言うの? 

ああでも、いま考えないといけないことは、私は今どんな表情をしてるんだろうってこと。とてもまずい。危険だ。期待させちゃいけない。期待したら裏切るから。私が傷つくのはかまわない。でも私を信用してくれた人が傷つくのは耐えられない。どうかその優しさに見合う人を大切にしてあげて欲しい。私ではない誰かを。

どうにか考えをまとめる。うん、この方針だ。

彼に期待を持たせないようにうつむこう。何と消極的な。

「俺のこと覚えてないのか。覚えてるわけないか。俺はずっとむかし、お前に会ったことがあるんだ」

放っておいてもらえませんでした。

彼が言ってることはまったく――わからない。想い出せなかった。ひょっとしたら私が忘れてること? 何しろ記憶の始まりがあそこだから。

ギーメ再生不良性貧血―――これが妖精病なんだよね?―――で過去の記憶はぜんぶ吹っ飛んでる。血液知性は継続的な血球供給不全によってダメージが出てしまう。

それはもう落雷にあった旧世代記憶装置のごとく。

何か忘れてるとしたらそれ以前ということだ。あれより昔の記憶はとっくに無くなってる。いや思い出そうと努力したことさえない。

本当に努力したこともない?

彼が言ってるのはもっと昔の私? 考えて気持ちが悪くなった。

そんなことより、私はいまこの瞬間にどんな表情を返したの?

彼が向こうを向いた。

「いや、いいんだ。忘れてくれ。余計なことを言った」

多分私は、どこにもいけないんだろうな。

そこでルージュが戻ってきてくれた。

ブラックアウト。


2階が見えるけど、階段は途中で途切れているよ。

他の誰でもその階段を昇れるけど、君には昇れないよ。

それは永遠に手が届かない2階。

すぐそばにある永遠。


ライトアップ。

久しぶりに私に戻った。


鏡の間。

この世界のどこかにタイムエレベータと呼ばれる特殊な機械があり、そこはルージュが目指している場所みたいだった。

いや、みたい、という言い方をするのはもう遅い。

既に達成されたのだ。

ゼーランディア国家が、アクリタイス政府が守ろうとしている最後の機密、この場所は既にルージュによって発見されたのだ。つらい戦いと犠牲は報われた。私は何もしてないけれど。

発見したのはルージュで、私ではない。例によって例のごとく目が覚めたらそこに至る道の上にいただけ。

そしてその果実をこうして見ている。

何をするつもりだ、ルージュ。勝利の代価を何と取り替えるつもり?

当然ながらそのためにここまで来たのだから。





そこは立入制限区域のずっと奥であり、涼しさが心地よい。地下世界はもともと気温が少し高くて人の思考を蝕むようなところがあるのだが、ここは例外的に低く保たれている。寒いほうが好きだ。嬉しい。

私は、元は白地であっちこっち染み付きのいつも着ている白のシャツ、袖がゆったりしていて、ボタン列は途中までしかないプルオーバー、太古の昔、イタリアの将軍が着ていたらしくそれで有名になった。そんな名前の国があるんだぐらいの認識ですが。それにワークパンツの私服。

灰人は例の黒十字のジャージ。

ここでX字様ボタン配列詰襟服白なのはルージュだけ。朱毛。


インクラインと呼ばれる急斜面を走る専用電車が、巨大な空洞の壁を少しずつ慎重に分別と良識をわきまえながら下っていく。場所そのものが無分別なのだけど。大空洞は暗い。どのくらい広く広がっているかは判別できないけど、ひどく巨大な空間だとわかる。壁の反対側は見えるはずもない。暗いのだ。ただ、はるか遠く底の方には青く光る森みたいなのがある、と思ったらその森の中にスっと飛び込んでいく。レールは続く。窓の外がまるで蛍の海。

終わった。階段状のホームを降りる。

駅の青い光はガラスで埋め尽くされた壁。でも表面は柔らかく弾力がある。そういう物体が出している光だ。暗くて透明で光る。駅の構造は床も壁も天井もすべてそのガラス状物質で構成されている。私たちの姿が薄く反射して映し出される。壁の向こうに通路が続き、その向こうはまた鏡の壁が続く。通路がどこへ続いているかはわからない。軽く迷路だった。青水晶のスポンジ洞窟。

私たちは青い光がうっすら明滅する闇の中を、ずっと歩いていく。

戻れるだろうか? いつも想像してしまう。もし戻る道がわからなくなったら。

ひょっとしたら、もう戻れる地点をはるかに越えて進んでしまったのかもしれない。その予想は少しだけ心を痛めつけた。決して出ることのない暗黒の迷路に取り残されてしまう末路を想像してしまう。

それでも闇の中を3人で歩いた。

もちろん迷路エンドにはならなかった。当たり前だ。

闇のずっと奥に、奇妙な場所があった。

これまではガラスに私たち自身の姿が反射されて映し出されていたが、そこから先は何も映らなくなる。

青く黒いまぶしさが、私たちを惑いようもなく染色していく。

薄い線を何百億にも重ねたもの。

その青色の輝きから瞳を守るために手をかざさなければならない。

選ばなければならない。


ルージュは言う。

「この世界を出るのよ」


地上に出るということ?


早くも意味がわからない。

「もうここですべきことはすべて実行した。次の世界に行かないと。ここにはもういる必要がない」

でもふと立ち止まり、炎色の髪の毛―――ところで私はこんなに彼女を見つめてしまうところを見ると、どうも朱毛がかなり大好きなんだな―――を振りまわしてUターンするルージュ。

「忘れていた。取り残したものがあるわ。少し戻る。灰人、ノワール、ここで待っていて」

ルージュは私の体を残して、朱毛の子になったままで行ってしまった。

こんなことを言うのは、そのままルージュが帰ってこなかったからだ。


私と灰人は、随分と長いあいだ、そこで時間を浪費してしまった。


コンパクトに折りたたまれた銃の銃身をカチャリと戻す灰人。

この銃身は折りたたんでも大丈夫だとのこと。特殊な弾薬を使うのだそうだ。

そうなんだ、と納得するしかなかった。見てもわからないので。


そうだ、灰人と話そう。これまであんまり灰人とお話したことがないような気がする。いつもかばってくれた。きっとルージュのためにかばってくれてるんだろうけど。違う。はっきり言ったじゃない。でも違う。望んではいけない。それでも、もう少し彼のために私も何かをすべきなのだ。してもらうのを待つだけじゃなくて。

「少し様子を見てくる。ノワールはここで待ってろ」

1人で行ってしまおうとする灰人。そんな!

「30分たって戻って来ないようだったら」

灰人はその鏡の中心部を指差した。

反射する部屋の中心は、存在するのかしないのかわからない。

板のような床に垂直なガラスが何枚も重なっているようだ。

「そのガラスの部屋の中心部に進め、邪魔するガラスを叩き割ってしまってかまわない。見た目より柔らかいので怪我はしない」

「……1人で行くのはやだ、どうしたらいいかわかんないよう」

「しばらくすると光が消えるから、そうしたら外に出てくるんだ。それで転移は完了している。後から行く。向こう側で会おう」

灰人が行ってしまう。いや、様子を見に行くだけなんだけど、でもどうしてこんなに我慢できないのだろう。

「ちょっと見てくるだけだ。すぐ戻ってくる」

ざりっ。

ブラックアウト。


ライトアップ。

灰人が倒れていた。

「……どうしたの!!!」

悲鳴を上げる私。

胸の辺りから血がかなりの勢いで流れ出してくる。

「この程度なら問題ない」

さらりと言う灰人だけれど、私にはとてもその言葉を信じることはできない。何よりそれだけではなく、はるかに重大な事態が進行していた。

(((お前たちは包囲されている)))

大出力シリンジで実施される警告、実際の音響ではなく、頭の中にだけ響いてくる、でも生きたギーメにそれをさせているのでは無論ない。死んだギーメから資源として取り出したブラッドプロセッサを利用した機械装置なのだとか。詳しくは知らない。そういう噂だ。気持ち悪い機械。

心のリベットがダース単位で吹き飛んでしまいそうで、実際足元に意識して注意を集中させようと努力中。ここで崩れ落ちるようなことがあってはならない。

「落ち着け。うろたえるな」灰人の声。

(((お前たちはうろたえている)))機械シリンジスピーカの声。

「……どうしよう、どうしよう、ルージュももう捕まっちゃったの?」

(((ルージュはもう捕まっている)))機械シリンジスピーカの声。

「時間切れだ。行け」

灰人が鏡の部屋の中心部を指差した。エレベータの中心区画に行け、先ほどの話のように、という指示なのだろう。

(((お前たちはもう時間切れだ)))機械シリンジスピーカの声。しつこい。

「俺のことは心配するな。こういう事態はあらかじめ想定してある」

そんなはずない!

でも私が口に出した言葉は……。

「……ルージュを置いていくのはダメだよ、だって」

「あいつに限っては心配する必要はまったくない。大丈夫だ」

冷めた風にそう言うと、灰人はその腕の中に収まった銃を敵に向ける。

甲高いホイッスル音と共に、弾丸が飛び出していく。しばらくして爆裂音。

(((無駄な抵抗は止め……)))機械シリンジスピーカの声。

声が途中で途切れたようだった。

「向こう側に行くんだ」

「……でも何をしに?」

「向こう側の世界に行け。どうであれ、こことは違う」

灰人が指をガラスの部屋の中心方向へ向かって指差す。姿見のようなガラス板が無数に連なるその向こう側に広い空間があるようだ。この光には光源というものがないらしいことに気づいた。ガラスは光ってないのだ。光っているのは場所そのもの。

「ノワール」

灰人が真っ直ぐに私を見つめてくる。

「この手紙をずっと持っていてくれ。だから会うことができた」

私に手紙を渡してくる。

「実を言うと、最初からこれが目的だった」小さな声で。

私には記憶だけでなく感情もかなり欠落しているみたいだ。

だから何か、重要な意味をそこで気づかなければいけないのに、いけなかったはずなのに、私は気づけなかった。

最後に微笑んでくれたような気がする。どうか元気で。


さようなら。


覚悟を決めてそこから離れた。

私はガシャンと地の果てまで聞こえるくらいに、薄いガラスを言われた通り蹴り破く。

だがガラスはどこまでも柔らかく、ガラスと言うよりは糸屑のように、触れるだけで自分から崩壊していく。綿みたいだ。


私はどうやら自分でおもっているよりはるかに大胆かつ冷徹な人格だったらしい。

振り返らずにまっしぐらに部屋の中の奥のほうに飛び込んでいった。


しばらくして光が消えた、その先の本当に真っ暗闇の先で。

行き止まりは固い壁だった。

私はそこにぶつかって、しばらくそこで動かなかった。

外に出ていけば捕まるかもしれないと少し考えたが、ルージュや灰人の説明を信じる限り、光が消えた時にはもう世界の壁は越えている、はず。

実際はわからない、こちら側にも部隊が待ち構えているだけかもしれない。でも私はその部屋から外に出た。いつまでもこの中にいてもどうしようもない。

触れると柔らかく壊れるガラスは今度はなかった。

ある程度までいくと照明が突然ついた。

そこは誰もおらず、照明で照らされた寂しい普通のコンクリートの部屋だった。

扉がひとつだけあり、それを開けて外に出た。

手のひらを開いて手紙を見る。例の手紙だ。


ノワールへ。

もし目覚めた時のためにあなたにメモを残しておきます。

それを読んで指示に従ってください。

くれぐれも母に会わないように。それと

甘木 灰人 という人物が助けになってくれます。


手紙ってこれのこと?



それっきりブラックダウンはしなかった。

いや、それは正確じゃない。今でも時々は意識を失っている。でも以前のように起きている時間がずっと少ないということはない。



今ではずっと、目が覚めているの。








設定54


回想終わり。

こんなくだらないお話が、私がいまここにいる理由だ。


くだらない?

そうは思わなかった?

私にはこれがくだらないと思う。

どうせ、生きていることはやなことしか、起こらないことだから。

たとえ一時的に良いことがあったとしても、最終的にはすべて帳消しになる。

世界の総合点は常にマイナスになるようにできている。

もし自殺して終わりになるなら、とっくの昔に試みているだろう。

本当は。本当なら。でも。

たぶん。私だって死ねるはずなのだ。でも邪魔がある。

いつだってうまく行かない。


それはそうと、ノイエたちとのお話に戻ります。


とと、言い忘れた、途中ちょっとノイエが寄り道しました。


「ちゃんと市場で買ったものですよ。きいちゃんは見ないでください」

と言われたけど、カーテンを掛けられて取ってのついた円筒の中から、コッコッという鳴き声が聞こえてくるので、さすがに私でも分かる。

「きいちゃんは見ないでください」

そういって私から遠いところに押しやろうとする。別に。見たくもないけどそんなもん。

なんでニワトリを連れて行くんだろう。

「今週のびっくりどっきり秘密兵器だからです」

ノイエ説明。意味不明。

毬村家では数世代にわたるオタクの英才教育を行うらしく、現代人が知らないどーしよーもないネタをなぜか知っている。


オクファさんの運転です。私たちが辿り着いた場所は。そこは。


水青町だった。

つい先日まで私たちがいた街。

ノイエとルゥリィと私がいた町。

あの戦い。

でも様子が変だ。人がいない。こんなに道路を歩く人も少ない街だったっけ。

「シリンジ警報発令ということで住民には待避してもらいました。シリンジを受けるとノンギーメには害があるから。今は誰もいないはずなのね」

オクファさん説明。

市街の中心地に廃病院があった。思ったより寂れていない。辿り着いたのはそこ。

「前回の敵は残らず拘束したけど、当然ながらまだいるだろう。あれで全部ってこたない。しかもこの近くにいる。つまりここはまだ戦場になる可能性があるってこと。だからの人払いだよ」

ノイエ説明。

そんな。危険な場所に。それも。

「そして私たちが来ればすぐ来るでしょうね。マッチの山にたいまつを持って近づくようなもん」

おそらくすべての始まりとなった私が。

「だからこそ。人を隠すには戦場にってね。両方とも敵にまわすなら逆にここら辺がいちばん安全なんだ。いくらロザリ・アン様でも戦闘中の私たちを後ろから撃つことはできないでしょう。そりゃスキャンダルだ。組織に対する裏切り行為と見なされる」

戻ってくる。

「といっていつまでもいる気はない。おそらく2日間だ。その間にレルルが話をつける。いや、きいちゃんが追い出された話の前提自体を変えてしまう。そういうちゃぶ台返しはあの人の得意中の得意。政治家だからね」

車が止まり、私たちは降りた。

着いた場所は、廃業した病院だった。


私は事態進行に対する罪悪感を感じた。

「……オレがこれの原因なのに?」

「ん? いやアクリタイスが来たのはルゥリィ・エンスリンのせいだと思うよ。あいつ、自分のこと隠す気ゼロだったし。見る人が見ればバレバレ」

そういうノイエは相変わらず鳥籠を私から隠している。

鳥籠だということはすでにバレバレ。どう考えても鳥籠だよね。

これはひょっとして。

こんなにニワトリを私に見せまいとするということは。

ああ。小鳥の件はもう知られているのか。バツが悪い思いを味わう私。

「……あ、あの、オレはその、別に、その鳥類が嫌いとかそういうわけでは」

といっても私にもあの現象が説明つかない以上はいかんともしがたい。

「わあってるって」

ノイエは鳥籠をとりあえずあっちの方に置いたあと、パンツァープリウスに戻ってきた。


コートを脱いだオクファさんの中身は制服ではなく、使い勝手のいい私服のボタンジャケット。100年前のヨーロッパウランカ軍装のスタイルを継承している。ただし、ボタン列は4列。タタールジャケットというのだそうだ。青灰色で仕事着用。お気に入りみたい。


対してノイエといえば、まだベルえり制服のままだ。

車両後部の改造リアトランクの方へ、てくてくてく。これでもかという感じで歩いてくけど。


パンツァープリウスの改造リアトランクを力込めすぎで開けると、ごろごろと荷物、じゃなくて人が転がり出てきた。

「いったっ。これ、人が入れるようにできてねぇ」

シスカさんだ。

「なんでこいつが潜り込んでんだよ」ノイエおかんむり。

「いや、勘違いすんな。クローティルダ様のご命令だ。お前たちを監視するようにってな。いっとくけど司法部はお前たちがやることに一切関知はしない。一切だ」

頭をさすりながら威嚇するシスカさん。

しかし言葉も聞かず容赦なく、トランクのなかのシスカさんの荷物を遠くの方に向かって放り投げるそんな横暴ノイエです。

「ちょっ、聞けよ、お前らっ、もうっ」

放り投げられた荷物をとぼとぼ取りに行くシスカさん。何か少し可愛い。

オクファさんから小さなスーツケースを投げてもらい受け取るノイエ。


「この廃病院は、廃業した後に私たちがちょっと借りてるんだ。この街で色んなことすのに都合が良かったからね。いわば私たちの基地。ここで2日を持ちこたえましょう。ダメなら他にも幾つかセーフハウスを確保しているし」


マシンピストル”台形”のロングマガジンバージョン。全体的に台形の形をしておりフォアグリップが射撃反動装置を兼ねている。着弾収束性が非常に高い。後ろの握りにはバナナのように伸びた弾倉が治まっている。

「ハントシャールか。もうちょっとこう、本格的なのを持ってきたかったな。MP7とか」ノイエつぶやき。

「あるのね」

「まじ?やった! やっぱヴァンパイアの武器はあの辺じゃないとしまらねえ」

「それ、2007年くらいの話なのね」

そんな話をしていると、歩いてくる人が、

「まじかよ。こんなとこあたし知らなかったんだけど」

シスカさんつぶやき。うろうろと歩き回るシスカさんです。

「それは不良が仕事もせずに遊びほうけてたからです」

「お前だって素で遊んでたろうがっ」

「えーあれは遊びとみせかけて仕事です。遊ぶのも仕事なんです、あ」

「おい、なんだ今のは。遊ぶってはっきり言ったぞ」

「ただバカにしただけですよ?」

「殺すぞっ」

シスカさんとノイエの会話です。気のせいかシスカさんの方が泣きそうなんだけど。

うーん、シスカさんの天敵はノイエなのかもしれない。

2人を見ていると私のシスカさんに対する苦手意識が吹っ飛びそう。

結局、シスカさんも追い出されることなく参加することになりました。

「まあ、過去の経緯はあるけどよろしくな」

などと私にも話しかけてきます。

しかしうまく返事できません。

「……あ、あのその」

もっとも相手も返事を待たずにそっぽを向いてしまいますけど。

それで「こんなんで足りるわけ?」などとオクファさんに話しかけてます。

「後で補充が来てくれる予定なのね。当てにはできないけど」

オクファさんつぶやき。

ふと気がつくと。

廃病院に入ってからはこれまでとは逆に入り口のホールの真ん中に鳥籠が置かれた。

ひょっとして朝が来るのを教えてもらうのだろうか。

かごのなかで何かを引っ掻いている気配がする。


***


***


気がつくと、私は病院のベッドのひとつに寝かされたいた。

廃業したとは思えないほど整備されている。キレイで清潔なシーツ。

私は何をしているのだろう。

「ああ、起きたわね。ちょうど良かった」

部屋に誰かが入ってきた。

それは。

廻谷ミツメさん。委員長。

いや、委員長のお仲間さんだけど、なんだか委員長と似てる。よく見れば違うけど。

「私たち、お互いに嫌いなのによく出会うわね。まあ私は残りの荷物を持ってきただけですぐ帰るけど」

いかにも悪意を底に秘めてます笑顔を見せてくれる。

「覚えてる? 鳥殺しさん」

「……え?」

ああ。

あのニワトリか。

またか。

「鳥だからいいものの、これが人間だったらどうなってしまうのかしらね」

どうしようもない。私には。

「あれからたいして時間が経ってないのよ、安心して。そうそうあなたにも必要そうなプレゼントを見つくろってきたわよ」

そうやってミツメさんが渡してきたのは、前にノイエが渡そうとしてきたのと同じだった。

旧ソ連製ポケットピストル。

「……あの、オレはいりません。使わないから」

「ちがうわよ。ノイエのはソ連秘密警察が使ってた奴。これはアメリカ製よ。銃身が前の方に飛び出るから、素人が変な角度で使っても手を噛んだりしないのよね。これをあげるわ。あなたに必要だと思って。こうやって使うのよ」

そう言ってミツメさんは使い方を実演してみせてくれた。

弾倉を抜いてスライドを前にずらす。そして。

自分の頭に向けて、撃つしぐさをして見せてくれる。かちり。

いや、あのそれは。

「今のあなたに必要なんじゃないかと思って」

ぽんと投げてくるミツメさん、毒の言葉とピストルと。


「死にたいなら死ねばいいじゃない。

どうせ幸福になんかなれっこないから、すぐに死になよ。

ほら。ためらう。

死にたい人間は、よくよく訊いてみれば、みんな死にたくないなんぞ抜かしやがる。

本当に死にたいと思ってるやつなんざいた例しがねえ」


「……」

「いいんちょ。用が済んだなら帰っていいですよ」

扉の向こうから怖い声が聞こえた。ノイエだった。扉の影から片目だけだしてのぞき込んでる。

委員長が意外とびくりとした感じで振り返った。

「また首をちょん切られないように気をつけて発言してね」

これはノイエの脅し言葉なのだろうか。

でも委員長も不敵にニヤリと笑い返すのでした。

「帰るわ。じゃあね。楠本さん」


「前にあの子たちのひとりをやっつけちゃったことがあるんだよね。その時は敵同士だったから。あいつ、根に持つんだよね。あ、それと、あのニワトリは気にしないでいいよ。どうせ絞めるつもりだったし。あれはね。特別なえさを食べさせた奴なの。そのお肉を使うんだよね」

といいつつノイエは銃身が前に出る銃を回収する。


よく見るとノイエのおでこには傷ができていた。

さっきまではなかったような。

「ん? どうかした?」

「……え、べ、別に」

話をするのが怖かった。


設定55


「とりあえずみんな私服に着替えて。うちらの服は目立つから」


私が気を取り直してホールに戻ると、着替えの話になった。

オクファさんが私用にと服を卸してくれた。

前が斜めジグザグにファスナー、V字に開いた首元でえり無し、その代わり襟のボタンホール位置に斜めの蝶リボンの飾りがついてるライダージャケット風。ボトムズはキュロットスカートと下にタイツと言うか難燃性レギンスで肌を覆う。

わあ。でも色は薄い目の灰色系だった。目立たないようにかな。でもでも明るいところで見ると薄くパープルだった。

オクファさんは服を渡すと「サイズが合うかどうか、取り敢えず着てみて」とのこと。

サイズはピッタリでした。ちゃんと調べられているんだね。

ノイエいわく「ちなみに私は相手の注意を引くためにベルえりのままでいますからね」

ベルえり愛がすさまじい。

「目立ちたがり屋か、お前は」シスカさん突っ込み。

「ほら、早く着替える」

シスカさんは、灰の短ジャケット。えり元でワンボタン留め。肩口に和風のスリット。背中中央の飾りにやはりワンボタン。ボトムは左太もも前方のみ逆プリーツポケット。

うん、可愛いとおもう。

使われていない部屋を更衣室がわりにして1人づつ着替える。

ちなみにノイエのベルえり、スカートの下は難燃性のツーピースタイツなどを穿き込んでいて下着など見えないので念のため。当然の措置である。期待してた?

「向こうにも一般人避難の連絡が行ってると思うから、奴らの大義名分から言ってノンギーメを巻き込まないようにする、という攻撃のスタイルを取るものとおそらくは思われる。だから多少は時間的余裕がある可能性が高い」

というノイエの説明。

車から引きずってきた大袋をぶちまけられ、使用方法のわからない機械どもが並べられる。「ほら、あんたも手伝う」ノイエがシスカさんにほれ、とうながす。

「なんであたしがそんなこと。司法部は今回の一切の責任を取らない。一切だ」

「監視してるんだろ。役に立たないようなら目が届かない所まで追い出すぞ」

押しが怖いノイエです。暴力のお仕事をしてるだけのことはあります。

それに気圧されたのか、オクファさんから「これ階段の分なのね」と機材を受け取ってしまっている。ぶつぶつ言いながら手伝ってしまうシスカさんなのだ。


「今週の明るい鬼畜計画はニワトリさんを最後まで料理することです」

ノイエ宣言です。

しかしその調理の前半はすでに終わっています。もっぱら私のせいだけど。

シンクの上で血抜きされたニワトリを、ノイエのナイフ―――恐竜ナイフと呼ばれるかぎ爪みたいなナイフ―――で分解していきます。

「これはある特殊な薬剤というか、微生物というか、そういうのをえさとして食べさせたやつなんだ。それでこれをさらに他の動物に食べさせると。効果が発揮されるという、とういう食べ物なんだ」

「聖隷促進剤なのね」

それから、もはやお料理の時間に没頭しているノイエ。

「この黒い羽をちぎって分けてあげますぅ~」

彼女の歌っている声などが聴こえます。完全に夜のクッキングの時間です。

それは白い羽の鳥だよ。言わないけど。私が殺したから。またやった。

猫になった気分。

「だいじょうぶ。生きることは暴力なんだよ。私たちはみんな、夜の子どもなんだから」

とノイエは慰めようとしてくれたみたいだけど、私にはピントが外れて聞こえるアドバイスにしかならない。


ひと通り調理した後、彼女はメッシュの袋に入れて外に吊るしに行きます。

「これで野生動物に食わせれば、聖隷の完成だ」

言っている意味がいまひとつわからないがどういう意味なんだろう。

それはともかく。


「それは人工的に調節されたブラッドプロセッサだな」

シスカさんが事の次第に気づいたらしく、クレームを入れてきたのである。

「言っておくけど、ここでの作戦はうちらの専権事項だよ」

「知ってる。だがシリンジの力を乱用するのは法に反する。これはクローティルダ様に報告するに値する」

「好きにせい。許可は出てるんだよ。お前が知らないだけで」ノイエ。

「聞いてねえし」シスカさん。

珍しくシスカさんがノイエに対して強気で、しかもまじめに見える。

「ノンギーメがいなければ問題ないのね」

オクファさんもここではノイエの側につく。当然か。仕事がそうなんだから。

私はちょっとだけその場を暇して、吊り下げた袋のところに出てみた。

そこには鳥が群がっていた。

肉食鳥だ。この夜の中でわかるのだろうか。確かに建物は明かりで照らし出されているけど。

熱帯性の七色インコ。ロリキート。最近になって都心に定着した侵略的外来種だ。その美しい七色もどちらかといえば猛々しい。こんな寒い土地に適応できるはずがないのだが。もはや原産地の種とはもう遺伝子レベルで違っているらしい。それは不可解な謎だった。

しかもこの小鳥、カラスより獰猛で頭がいいのだ。

声が聴こえる。

聴こえるのは吊り下げた肉の中から。

ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぅぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅぅぅ。

(たべて・たべて・私をたべて)

身の毛がよだつ声が。

シリンジだ。

先ほどの生肉がごく弱いレベルであるけれどシリンジで叫び声を発していた。言うまでもないが音声としての声ではない。ギーメである私だからそう聞こえる。ちなみにギーメでないものには音としては聴こえない、例によってただ行動を支配されるだけ。

肉たちは生きているわけでは無論ない。死肉なのだ。

これが薬の効果だった。

ロリキートたちの速くも正気を失っているような無数の視線に恫喝される。本当にこっちを一斉に見つめてくるのだ。怯えた私は建物の中に逃げ帰った。吸血鬼のファミリアとはこんな感じであろうかと。


【【聖隷促進剤R158についての備考:ユ・オクファ:4月16日付】】

当薬剤の運用試験実施、薬剤の問題点について備考。

実用化された生体スレイブ化剤の最初のものとして、当薬剤は積極的に評価されるべき、しかしながら。

1、 実施可能なミッションの幅の狭さ。

実際にスレイブ化した生物に作業行動させてみたところ、具体的に実施可能な作業の選択肢の幅が狭い。多目的で有効性の高い任務をこなせない。

2、 運用を変更する際の柔軟性がない。

ひとたび運用開始した後に臨機応変の変更がかけられない。最初に設定した任務に運用が限定されてしまう。

―――当該備考は報告書作成後、廃棄すること―――

【【備考終わり】】


別のお皿に分けられていたお肉は普通に調理されていた。

「もしかしてこれを食べる気なのか?」

私より先にシスカさんが悲鳴をあげてくれる。

「美味しいところを残しておいたんだよ」こともなげにノイエの発言。

「あの生物ロボット生成剤の入ってる肉を?」

「こっちのは起動してない。それにあの薬はうちらが食べても効かない」

「これもクローティルダ様に報告するに値する。報告するからな」

きっちりメモメモするシスカさん。意外とこまめだ。可愛いかも。こういうとこは、私の知っている彼女とかなりのギャップ差がある。ギャップ萌えだ。いつの間にか、彼女が苦手じゃなくなりそう。ノイエたちが間に入ればだけど。

ちなみに私は食べませんでした。

疑ってるわけじゃないけど。

はっきりしてるのは、ノイエは善き人ではない、ということ。少なくとも道徳の教科書に出てくるようなエピソードの主人公としてはどう考えても失格。

「ちなみに先週の明るい鬼畜計画ってなんだったんだよ」シスカさん。

「アゲハヒメバチの育成ですけど何か?」ノイエ。

アゲハの幼虫を内側からむしばむ寄生蜂らしい。

「そんなもんどうやって育成するんだよ?」

「ミカン畑からはじめるんだわしょーい」ほんとかな?

続けて、

「まずはミカンを食べるところから。すると種があるだろ。それを植える」

気が長すぎる。

明るい話題なのか判断に困るような会話の中を、なし崩し的にミニパーティーみたいのが始まる。

「腹が減ってはなんとやらだからね。今のうちに詰め込んでおかないと」

「本当は戦闘直前に食事すると被弾時に怖いのですけどね」


「そうそう。忘れないうちに配電室に行っておかないと」

ノイエがそこそこ食べ終わって急いで出ていく。


オクファさんがコップに入れた麦茶を渡してくれる。

オクファさんが私にコップを渡してくれる。

落とした。

「……あ」

「ご、ごめんなさい。か、考え事をしたいたのね」

いやでも。私はあなたの手が震えているのを見たのですけど。

怖がられた、のかな。つい先刻の殺戮を想起してしまう私。

オクファさんは、ノイエがいなくなると極度に無口になる。


ノイエが戻ってきておしゃべりがもう少しだけ続いた。

ノイエは戻ってからずっとブツブツ呟いてたかと思うと突然話し始める。

「ぶつぶつぶつ……」

「いや、おまえ何言ってんの?」

「擬音が声に出てるのですね」

「むむむむ、諸君!、ところで侵略者様と宿主ちゃんが仲良くなっちゃうというのもよくあることなのですよ」

「何の話をしとるねん」

「おそらくさっきの寄生バチの話からなのですね」

落ち着いて声の調子を取り戻すオクファさん。ノイエはもちろんそんな経緯は知らない。

「驚くなかれ! 人類の遺伝子を調べてみると、来歴不明の遺伝子が52パーセント、人類固有の遺伝子が0.5パーセント。残り43パーセントが侵略してきたウイルス様由来の遺伝子なんだから、つまり人間は混ざりものなのです」

「あわせて100パーセントになってないような気がするけどそれは禁句なのね」

「人の話を聴きなしゃしゃれ」

噛んでる?

ここで私を見てにっこりするノイエ。なんで?

話は続く。

「情報の絶対量から言えば、人類は脊椎動物ではなくて侵略してきたウイルス様の子孫という方が正しいのです。ウイルスが人類の本当のご先祖様なのよ。お猿ではなくウイルスが。ウイルス様がご先祖でも別に恥ずかしくないのよ。むしろそっちの方が偉いんだから。寄生体様と宿主ちゃんの機能融合体というのが、このタイプの生物にとってはむしろ本来あるべき姿なんでしょうね。パラサイト逆利用生物群というような。道理で大型動物の割には進化のスピードが速いとおもった」

洗脳されるようなことを言わないでください。自信満々で人類ウイルス起源論を唱えるそんな彼女です。そんなわけないと思うのだがしかし。

「あ、でもでも、別にウイルスを滅ぼしたらいけないとかじゃないんですよ。うちの子が死んじゃうから滅ぼしとくなんてのは、滅ぼし方としてはむしろまっとうなのです」

「価値観についていけん」シスカ。

「生物オタクなのね」オクファ。

「生物オタクに悪人はいませんよ」ノイエ。

「………………いや、そんなわけあるか!」シスカ。

これですぐ気を許しそうになる自分が許せないのです。ちょっと。


【【桜緒カノカの視点:4:始め】】

桜緒カノカ はその時間帯でただひとりのブーメランドライバーだった。というよりどの時間帯でも使用に耐えうるドライバーは彼女一人なのだが、コールしてきたペオルベネ・リコレは平謝りに謝った。「お願いします! 他に出られる人がいなくて」

その上司と同じくアニメ色髪色をしている――訂正。させられてる彼女。パイプオルガン南ア党のメンバー。ペオルベネは性格的に気が弱いので対人交渉で必ずと言っていいほど下手に出てくる。それがもう生まれつきそうである、と言われても可笑しくないくらい染みついてるみたいなので、不快感は湧かない。相手に不快を感じさせずお願いするのにこれほど適したパーソナリティはいない。なのだが本人はもちろん無自覚だ。

それはともかく、カノカには断る気などない。

これはとっくの昔に決まっていたことなのだ。

「もちろんいいとも!」

快諾!

現時点で健康上の理由で部屋に閉じ込められることの多い彼女にとって、それは気分転換どころかありとあらゆる気分のなかで最も重要な要素。

病室の壁にかかった時計をちらりと一瞥し、さっそく家庭用ゲーム機を改造した操縦装置を手に取る。がさごそがさ。

電源を入れ、ブーメラン無人戦闘機の視点が画面に投影される。まだ停止状態だ。側方と上方と下方は側面圧縮モードにして画面の端に圧縮して投影されるようにした。ど素人は見づらいとか言うけど、慣れればそんなことはない。後方はアラート時にのみポップ画面で出てくる。

さてと。無人機の取りえは操縦席に食べ物飲み物を持ち込める点だと、思ってるので、菓子類でも取ってこようと思っている。

【【視点終わり】】


【【ポイズンリバースの視点:1:始め】】

その男は倉庫から出てきたときに既にタバコを吸っていた。

人間が考えることのできるいちばん簡単な懲罰として『閉じ込める』というのがある。軍隊では『営倉』という部屋に閉じ込める刑罰があるのだが、もちろんこの男はまったくこの手の懲罰で苦しむことはなかった。それどころか出てくるときにタバコを吸っていた。筒先が挑発するように揺れる。

どうやって中で手に入れたんだ、というより放り込む時に誰もチェックしなかったのか? という批難の視線が憲兵相当兵同士のあいだで飛び交う、その視線の砲火の中を男は傲然と出てきた。

「んあー、なんだ、もう終わりなのかあ?」

少し時間感覚がずれているらしい。

周りの兵士の糾弾する視線のなかで自分は前に出た。

「戦いだ。支度をしろ」

「ん? あんたが新しい指揮官か。わかってるじゃねぇの」

階級の差を無視するタバコである。

そんなものは彼には意味がなかった。意味があるのは暴力だった。相手を蹂躙する瞬間こそが充実した時間だった。

「俺にすぐ戦えと言うとは。俺の使い方をわかってるぜ。前のやつとはちがうなぁ、おい」

新しい指揮官である自分に対しても不敬な態度を変えることはない。

「あれ。前のあいつはどこへ行ったんだ? ひょっとして寝坊か?」

まあ、いざとなればその場で始末するもいい、とりあえずは頭数だ。とそう考えることにした。

【【視点終わり】】


設定55


小鳥たちの哭き声が止んだ。


ノイエとオクファさんの喋り声がブツ切りで終わった。2人とも立ち上がる。

私には何が起こってるのか分からない。

明かりが落ちる。薄暗がりに。

ドアと窓ガラスが爆発した。

気がつくと、人型をした何かが私たちを取り囲んでいた。

薄暗がりの中で見えるのは何か? 人だ。

黒きマスクのフェイスアーマー、アクリタイスの弱装甲兵。申し訳程度の装甲しかつけておらず、その代わり重量を軽くしてあるもの。申し訳程度と言ってもそれはアクリタイスの基準においてである。この時代ではそれなりの防御だ。アクリタイスにおいて兵士の命は実は軽い。

全員が銃を構えて。

「動くな!」

こちらをホールドアップした。

私たちは一歩も動けなかったのです。

一瞬だけ出遅れてしまったでしょうか。

負け。



でも、私に隣にいる人たちにとっては、これが計算通りだったみたいだ。


ここでノイエはショットガン切り詰めを持ってる。クルエリッタX1。タングステン重装弾の電気信管式。最後に使用不能化装置弾薬があり、これは薬莢が銃身内側に貼り付いて取れなくなるというもの。


兵士が一人、ノイエの真後ろから後頭部に銃を向けた。「武器を捨てろ」

あっという間に追い詰められて終わる世界。

でも、終わらなかった。


「遅いね」と言ったか言わなかったか、くるりと脇で締めて後ろに向いたノイエの切り詰めが兵士の頭を吹き飛ばしてしまう。そのまま後ろを向いたまま背中方向に向けて射撃し始めるノイエ。

戦闘開始。


***


その場にいる全員が轟音と共に射撃開始。

ノイエが。

背中方向で見えないはずなのに1撃、2撃と打ち倒して2人、

オクファさんが。

もうひとり、

シスカさんは。「ひゃんっ」

悲鳴っぽい声を上げた後、ひたすらしゃがんでいる、敵側の銃火が一斉に集中、周りの視界が閉ざされる。相手は突撃銃だ。

息が止まって死ぬのを待ってみると、銃声がやがては止まる。

硝煙と静寂の中に見るのは、エリアティッシュが真っ白になるまでひび割れた破砕痕だ。でもこれはエリアティッシュが正常に相手の運動エネルギーを殺し尽くしたあとの姿だ。エリアティッシュは慣性系に対する大きな力の負荷に対して、より敏感に反応する。

だからこれはナイフでゆっくりと襲い掛かるなら相手の体に刃が届くけど、高速で飛翔する弾体はほぼブロックされてしまう。そして内側から外に向けてはその力が働かないので、シールドの内側から一方的に攻撃できるというわけ。

もっともこの私の説明はすべて後知恵。こういうのはすべて後で聞いた話だ。

その時は、ただぼんやりと混乱していただけ。


真後ろに向けて正確に照準を狙えるノイエの特技もずっとあとになって知ったこと。


1度だけ魔法が解ける。真っ白く破砕され塗りつぶされた見えない壁から、その殺傷力たる運動エネルギーを完全に削がれた弾丸たちがパチンコ玉みたいに床にこぼれ落ちた。

攻撃は無効。


「露と散れ」


微笑みで死を宣言して、同時にノイエとオクファさんの2人が、ノイエも今度はちゃんと正対してる、釘を打つような轟音で射撃を再開する。

再び音の洪水が始まるけど、釘を打つ音は今度は止まらず、こんなの不公平だ、まるでこちらが不死を宣告されたみたいに、2人に対するアクリタイス兵士たちの攻撃はまったく届かず、一方で2人の攻撃は包囲してる側の人数を確実に減らしていく。事態はそう複雑な感情を私に抱かせるほどワンサイドゲームだ。私にとってとりあえず幸いなことに。

私の腕が強引につかまれて隣りの部屋へと引きずり出されていく。振り返るとオクファさんとシスカさんが私を引っ張っていた。


【【毬村ノイエの視点:14:始め】】

私1人だけ前へ。切り詰めショットガンを使い尽くしたのでそのまま使い捨て。

使用不能弾薬を使用して銃身を使用不能にする。

それからハンドガンタイプのマシンピストルに切り替え。

“台形“の出番だ。

銃身の下についてるのは反動相殺装置がうなり声をあげる。バーストを惜しまず使用して廊下の敵を2人撃破。次の部屋に。通路の向こう側に集中する敵に全弾放射して、壁に貼り付けておいた別の自動銃に持ち替える。

べしりと壁に貼り付けておいた別のドイツ製PDWを手に取る、台形マシンピストルを代わりに自分たちが持ち込んだ蓋付きゴミ箱に放り込んでおく。後で回収できるだろうか? まあ期待してない。部屋を出る。

エリアティッシュはもう手の内を見せてしまった。ならばもはやかまうことなく存分にその防御力を見せつけながら敵の多い方向に向かって進撃する。曲がり角を曲がり、ちょうどインカムに話し込む5人の弱装甲兵を全滅させる。至近距離で確実に止めを刺す。


これでよし。遠距離から砲撃でも食らったら対処できなかったところだ。自分たちから接近戦を挑むとはバカな奴らめ。


それにしても弱いな。当面の敵についての評価。

アクリタイスの中でも、おそらく使い捨てて良い戦力なのだろうか。当て馬ということ。前回もそうだったけど。

よし。オクファと、期待値が微妙だがシスカが生糸をつれて無事に逃げてくれるだろう。今回は生糸が守らなければならないフラッグだ。こうやって時間を稼いでいれば、レルルがそのうち何とかしてくれる。そういう戦略。

私の、そう自分の心配はする必要はなし。自信過剰か? 興奮しすぎなのか? 覚醒剤など使う必要もなくガンガンに冴えきった自我。でもそれは優秀な兵士の証。敵を殺すのが楽しくてたまらない。でもちょっとまって。自分を押さえて。興奮しないで。罠にはまらないように。階段を落ちるように。慎重に。

無理でした。

進め進め進め進んじゃえ押しつぶすまで相手がいなくなるところまで皆殺しにするところまで、当然その覚悟があってやってるんだろうからね。え、ない? それは大変。ちょっとばかり教えてあげないと。現世を卒業して地獄で立派な社会鬼に成り下がれるよう。いやダメダメダメがまんできなくなりそう、実際がまんできないし。階段下の踊り場でさらに2名射殺。やっぱこういうのって楽しいや。

【【視点終わり】】


【【黒幕さんの視点:2:始め】】

生糸曰く『黒幕さん』こと、レルル・ココロフツゥエはいつも使っている正四面体型のハンドバックを持って、重さを確かめた。

広間の薄く高い鏡に自分の姿が映っている、アフリカ深部に由来する強く黒い肌と、ホスト国の文化が強く反映された薄緑色に着色された軽くロールを巻いたストレート。

「ロザリ・アン様はどこか?」

レルルの秘書官ペオルベネ・リコレが答える。

「お出かけになられましたが」

【【視点終わり】】


【【毬村ノイエの視点:15:始め】】

前回と同じく薄い壁越しに1名射殺。薄いと言っても今回はそれほどスカスカでもない。ドイツ製PDWで貫通専用の特殊弾を使う。燃焼型液体重金属弾メタルドリンク。かろうじて1人を倒す。貫通能力はあまりないようだ、この新兵器はさらなる改良が必要。報告案件を頭の中のメモ書き。

こいつら降伏しないだろうな。しないよな。よし、しない。するとまずい。かつて捕虜を皆殺しにするのが快楽だった黒歴史――それほど黒いとは思ってないけど――がある。いや、今でもか。敵を全滅させるのはとても嬉しい。なのでとてもまずい。これは下手をするとかなり怒られる。よだれとかたれてないよね? 念のために口元を拭う私。

「あははっ」

どうしようもなくルンルンなまま、弱装甲兵たちがうじゃうじゃと群がりよってくるのに祝福あれ。

この辺りはまだ電灯がついている。相手も群がり寄ってくる。

そこでスイッチ。電灯が消える。少し遠い爆音。

予備電源が破壊されて、電灯が完全におちる。窓のない建物中央部だ。

【【視点終わり】】


「エリアティッシュで触れているものは、直接的な視覚になって頭の中に浮かび上がる。なので暗いほうが有利なのですね」

脱出用の壁を今まさに破壊しようとするオクファさんの説明。


【【毬村ノイエの視点:16:始め】】

暗闇の中、弱装甲兵たちは混乱する。通常は作戦前に完全に電源停止をして突入するセオリーだが、今回は不十分にしか彼らには出来なかった。それもそのはずで電源設備は元から多重化されてる。向こうには分からない。なので電源を落とす作戦をこっちが使用した。

恐竜ナイフをすぐそばでなめらかに引き抜く。

ドイツ製PDWを右大腿のシールに貼り付け、優雅に旋回、正確な一撃、喉と頚動脈を一瞬で切り裂く、1人。

相手の死角から頭蓋骨に恐竜の牙を突き立て、2人。

銃を水平に乱射されるその下をくぐり抜け敵の後ろへ、足元で垂直に蹴って片足が跳ね上がる、スカートまでめくれた太ももで相手の頸部をハングして体をひねる、そのまま相手の上に座るように落ちて、頸部粉砕、止めに腹部に恐竜の牙を突き刺した、3人。

振り向いた、敵の眼を覗き込む、「ヒッっ」悲鳴とともに逃げ出す彼、でもあっさり追いつくよ、弱装甲服を貫通する重さでそのまま恐竜ナイフをひねった。それだけだな。4人。

【【視点終わり】】


【【タバコの視点:1:始め】】

「来やがったな」

主戦場を一切無視してタバコは上空を睥睨した。

地上では兵士たちが凶暴化したヴァンパイア小鳥にまだ襲撃されて時間を無駄にしている。血が滲む程度の噛まれ具合なのだが無視するのも難しい。銃架を振り回して追い払なければならず、少なからず時間が無駄になる。

しかしそんな地上の戦況はひとまず無視だ。

既にファイアマンたちに装備を持たせて近隣の屋上にやっている。まずはこの借りを返さないことには1歩たりとも前に進めねぇ。ポイズンリバースの奴らはしばらく自分たちで頑張ってもらおう。

タバコの先端が赫く光り始め、量子的速度で情報を送受信し始める。

ファイアマン。複数。アクリタイス兵士の脳髄その他に埋め込まれた電子装置により構造が耐えうる限り正確に射撃する消耗兵器と化している。

【【視点終わり】】


【【桜緒カノカの視点:5:始め】】

暗夜の中、低い雲の下に侵入、この程度の雲と暗がりなら操縦に支障なし、理想的と言ってよい侵入条件だが、リモートで操縦するにもかかわらず、奇妙な緊張を感じる。

無人戦闘機ブーメランは都市伝説になるはずもない暗夜の中をゆるいカーブをかけて飛行しながら、交戦空域上空に到達した。地上で既に交戦中のはずだがここからは何も見えない。

途端に激しく振動、周囲が炸裂する発光と衝撃に包まれ、低すぎるっ、「うわっうわっ」この高度で高射砲弾を回避しきれない、そうおもう間もなく左翼に被弾、パンケーキはひっくり返る。

接続を切る暇もなく、視界の上と下がくるくる回る中をどうやら墜落していく、もう一生分くらい目が回りながら、ようやく切断、真っ暗の画面の前に放り出される。

「ぷは」

のめり込んで操縦していたので頭が痛い。

【【視点終わり】】


【【タバコの視点:2:始め】】

砲身となった兵士たちは発射の高熱に耐えられず、火だるまとなっていた。痙攣し始める兵士たちをギリギリまでコントロールしたあと、タバコは回路を切った。途端に兵士たちは痙攣する松明から転げまわる燃焼材に変わり、しばらくして動かなくなる。

これだよ、これ。

傲慢なまでに狂気の戦場を支配する。これが俺だ。誰にも俺に逆らわせねぇ。逆らうやつはすべてぶち殺してやる。

待ち望んでいたその光景のなかでタバコはしばし我を忘れた。

【【視点終わり】】


無人戦闘機ブーメランは回転しながら、住民が避難して無人の住宅地に突っ込んだ。爆炎があがるのを生糸たちも目にすることができた。

「カノカ、大丈夫なのかよっ」シスカさんから声が漏れる。

「無人機なんだから心配ないのですね」

「いや、だってあいつは……」そこで言葉が途切れた。

そのあとは誰も話さなかった。


【【毬村ノイエの視点:17:始め】】

通路のいちばん先からロケットピストルが撃ち込まれてくる。

この武器は近くで使えば驚くほど威力が弱いが、遠くから撃てば本来の破壊力を発揮する。しかも炸裂弾。おそらく近接信管。爆裂して破片を撒き散らすのでエリアティッシュが白く濁る。笛の音のような飛翔音がうざい。

ドイツ製PDWで応射するが仕留められず。

さすがにこの廊下を直進することを躊躇してコース変更、もう生糸たちは脱出しただろうから、できるだけ掃討してこっちも脱出しよう。そう判断して反転して来た道を戻り始める。

だが、その戻り道にさっきまではいない誰かがいた。

白衣の女。

【【視点終わり】】


【【ポイズンリバースの視点:2:始め】】

ポイズンリバース、あるいは楠本真綿の過去の記憶、彼女は身内をほとんどギメロットに食べつくされたこと。なぜか彼女だけは侵食されなかったが、それは恐ろしい経験だった。これまで世界のすべてと信じていた家族が、ある日、違う。

それはもう家族ではない。別の人間。穏やかなこの母なら絶対にありえないことをする母、大切な想い出の品物を消耗品としか理解できない父、知らない言語で喋る姉妹たち。

((なぜこの子には誰も宿らないのだろう。連れていこう、そうすれば良いユーザーが見つかるよ))

聞いた言葉は生き残って大人になってから初めて意味を持つ。

ある日の朝に突然に家族が怪物に変わったこと。

決して言うことに従わず、部屋の中に閉じこもった。そうでなければ死んでいた。

その日々も遠く過ぎて、ある日にまた自分の娘である“彼女”が実はギーメ化の症状を見せていると言われた時に、おどろくほどなんの感情もなかった。私、へんだ。何の感情も湧いてこなかったのにそれでも体は激しく行動を欲した。強すぎる感情は何の予兆もなくやってきて人を金縛りにする、すべて何も感じさせないままに。

わかっていることはひとつだけ。

ショットモルフにすることは娘を守る盾にならなかった。言われてきたこととは違って。殺せ。今の娘は内側からべつのものに食い尽くされた残骸にすぎない。

良心がそう命令する。

もうとっくの昔に狂っていたんだ。きっと。

【【視点終わり】】


【【毬村ノイエの視点:18:始め】】

強行突破する。

ドイツ製PDWを片手で斜めに切り上げる。反動で弾丸は自動的に線状に収束するが、しかしひと撫でしても白衣の女は揺らめくのみで、致命傷を与えられない、かまわない、このまま飛び込む。エリアティッシュの射程に入れてそれで――――――まあいい、どうとでもなるっ。

駆ける。前方に向かって落下するごとく。

白衣女の左腕が痙攣するようにゆっくりと曲がり。そこから黒い血を撒き散らしたばかりの輝く蛇のような何かが、ノイエに向かって飛び出してくる。輝きの強さに、まぶしくハローが光源のまわりにたゆたう。まるで光の蛇のよう。

もしくは銀の剣。

それを見てとっさの判断、どうせエリアティッシュで止める。

はずなのだが、光の蛇がいま着弾、確かにガラスがグシャリ重く砕ける音が聞こえたはずなのだが、光の蛇はしかし止まらなかった。白い破砕痕をまき散らしながらゆっくり平然と、いや加速度的に速度をあげて食い破ってきた。そんなバカな。すぐ目の前にある蛇の光源に瞳を灼かれて何も見えないけど、本能的に頭をそらした。ドイツ製PDWを盾代わりに構えたが効果なく粉砕、視界がそれで埋まる、すべては1秒かそれくらいの時間に起こる。

カツン、と小さな音がしたような気がする。

ガラスの破砕音がこの耳に届いただろうか?

【【視点終わり】】


しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんんんんんん。

鈴の音の壊れた不協和音が、聴覚では聞こえない領域で鳴り響いた。警告音。停止。

手を握るオクファさんが真っ青になって振り返った。

「うそ、ノイエが……」

「バカ、逃げてる時に逃げんの止めてんじゃねぇよっ」

今度はシスカさんが先頭に立ってオクファさんを引っ張る。


【【ポイズンリバースの視点:3:始め】】

スクイドケーブル。

ギーメと互角に戦うために生み出された新人種ショットモルフの使う光学力繊維の剣。

これはギーメがよく使う見えない盾、エリアティッシュの防御力を打ち破るために開発されたものだ。

速い慣性速度に特に強く反応するエリアティッシュには、銃弾などの運動量をもってする兵器は非常に相性が悪い。

そこで低速で近づき、ドリルのように穴を穿ちつつ侵攻していく、そうした兵器のコンセプトが考えられた。それまでのアクリタイスの歴史において武器の進化が退行し、あまつさえ剣や槌のようなものまで使ってエリアティッシュと戦ってきたのを思うと隔世の感がある。

光学力繊維スクイドケーブルは人の体から生え、単なる鞭や剣とはちがい、それ自体が自在に動き高速で振動する。突き、斬り、絡め取り、あるいは斬らずにただ打ち、首を絞めるのも自由。ただその反動でバランスが非常に悪い、作用反作用でどうしても動かす基点となるはずの体の方が振り回されることがある。使いこなす技量を持つまでに少し時間がかかるのが欠点と言えよう。射程距離が短いのもデメリットだが、それはこのような対ギーメ戦の歴史的経緯ではやむを得ない許容できるレベルだ。もうひとつ。光学力繊維は始動する際に、それは筋肉なので皮下組織に収められている。それが皮膚を突き破って出てくるので、使うときには必ず所有者に物理的ダメージをもたらす。だが痛みはない。麻痺効果がある脳内麻薬が大量に放出されるためだ。だが使用を開始するごとに確実に肉体にはダメージが蓄積する。

もうひとつ光学力繊維には別種の医療効果があるがここでは述べない。

あまり訓練されていない自分は最も単純で効果的な攻撃をした。すなわち、突きを。

それは狙いを過たず目前の敵の、頭蓋骨を確かに貫いた。

頭部を突き刺された毬村ノイエの肉体は、すみれ色の液体を振りまきながら、コントロールと緊張を失い、ただ重力に惹かれるだけの手足となる。すぐにケーブルが抜き取られそのまま、床へと崩れ落ちた。


目前のギーメの死を充分に確認したと判断したので、すぐに向き直って、本命がどうやら逃げている方向への探索に意識を振り向けた。まだ終わってない。

毬村ノイエの倒れた体はというと、そのまま放置した。

【【視点終わり】】


設定56


ギーメに関してのみんなの考察。1時間前。

「アクリタイスは私たちに脳がないから人間じゃないと言うけど」ノイエ。

「個人差があるのね」オクファ。

「別に脳がスキャンに映らなくなってもあたしらは以前のままじゃんかよ」シスカ。

「おそらく私たちの人格はブラッドプロセッサにシミュレートされたものなんだと思う」ノイエ。

「ちなみにシュミレートではなくてシミュレートです。シ・ミュレートです。私バカじゃないですのですので」ノイエ追加。

「分かった分かったバカじゃない。いいから先に進め」シスカさん。

「下着のパンツっていざというときにポケットになりますよね」先に進んだ。

「バカじゃねえか」

「それやってるとおしりの形が崩れるとおもうのですね」

「え」

「ただの変態だよな」シスカ。

「気持ち悪いのね」オクファ。

「うるさいっ、話の続きを聞きなしゃれっ」ノイエ怒る。

「お前から話の腰を折ったんだろうが」

「つまり本当はブラッドプロセッサが何を考えてるのか分からない。何で私たちの自我をコピーして残しておくかも理由がわからない。本当はものすごく異質なんだと思う。そもそも個体という概念があるのかどうかも分からないし」まじめです。

「言うにことかいて何だそれ?」シスカさんの疑問です。

「ある病気に生まれつき免疫がある人が新しくギーメになると、その周囲のギーメたちまで免疫を持つようになる。どうもギーメというのは巨大な群体生物みたいなもので、私たちはそれぞれ別の人格と思っていても、実は巨大な1つの生物なのかもしれない」

「いや、うちらは別々だろ?」

「だから、それが思い込みかもしれないと言ってんの、このトマトかぼちゃが」

「お? かぼちゃがかぼちゃ呼ばわりしてきたぞ」

「むっかー」

「え、何それ? むっかーってお前それ口で言ってんの? すげえバカじゃん」

「正しい日本語の使い方を知りゃなさりゃりっ」

「正しくねー」

「噛みまくりなのね」

「くっくっくっ」

「湧いたのか?」

「実はわざと噛んでたんですぅ。つーか、噛んデレ?」

「発想がありえねぇ」

めずらしくシスカさんが日頃の恨みつらみを反撃しているような。

とゆーか実は仲良し?

私? 私の意見はとくに何もない。

考えても仕方ないとおもう。


1時間後。

私たちは旧病院を裏口から脱出した。

廃墟のイメージしか感じない無人の街をシスカさんに手を引っ張られて進む。オクファさんも何とか気を取り直して一番後ろを進む。ノイエはいない。

私はといえば無気力だ。迫り来る命の危機に何の感慨も湧かない。危険な状態だとおもうけど、私にはそもそも生きようとする意志が致命的なまでに希薄だ。

お化けの子だから。

だって私は悪魔だから。

私が生きていても意味なんてない。自分を好きになってくれた人を死なせるのが得意技です。

あー、私の命って無価値だな。

何で逃げるの? そんなに私を殺したい人たちがいるなら、さっさと殺させてあげれば良かったのに。臆病なくず。その時になると命にしがみつく。

何で怖いの?

まだ信じてないから。これで終わりじゃないって思ってるから。ひょっとしたら突然運命が上向くかもしれないから。そんな時にもし諦めていたらどうなる? 当たりくじが無駄になる。だから最後の最後まで希望を捨ててはいけないと世の中では言われてる。でもそれはハズレくじの激痛を無視してる。それは論理のすり替えだ。

そもそも希望って何?

ホームコメディのヒロインみたいな生活をすること?

生まれてきてからの周りの人たちが期待した生き方をすること?

結婚して子供を産んで血を繋ぐこと?

戦争のない平和な国に生まれること?

それが希望なら私は希望を知らない。

だって手に入らないものばかりじゃないか、いやそれ以前に、手に入っても私はそれを幸福とは感じ取れないだろう。ぜんぶ嘘だもの。だって。

幸せなヒロインがいることで、弱いものイジメされた子がいなくなることにはならないし。子供を幸せに育てることは生まれることができなかった子供たちがいなくなることにはならないわけで。戦争のない国に生まれることでかつて戦争があったことを無かったことにすることもできない。

私がこんな生き方をしてることも変わらない。いつか幸せになってもかつて不幸だったことを無しにすることはできない。

もし私と同じ子がいたらその子を見て言うのだろうか。ああ、今はこの子みたいじゃなくて良かったって。

それはちっとも良いことじゃないよ。

悪いことはきっとまた繰り返す。私でなければほかの誰かで。ずっとずっと。それを知ってる。

私たちは生まれてくる価値がなかった。

ちょっと今日はひどいな、主観的にさえそう判断できたので、すこし自分を落ち着かせようとする。落ち込むなら何もない時間にしないと。

動けなくなる――。

私は心のどこかで、いま生きている2人の足手まといになることを恐れた。

シスカさんは私の左手をつかんで離さない。この人はなぜこんなことをしてるのだろう、以前は嫌がらせばかりしてきたのに。決して振り向かないので表情が見えない。感じるのは握られたぎゅっとする手の感触のみ。この手を離さないと。私の絶望はこの人を道連れにするだろう。


「セーフハウスってまだ先にあるのか?」

「もうちょっと先のにする。10箇所ほど用意したけど、そこが、いちばん秘匿度が高い」

「なるほど」

オクファさんの「のね」の語尾がとれてる。疲れてるのかな。あの語尾はやっぱりわざとだったのか、とかどうでもいいことを考える。

「心配性な奴だな。大体さ、いざとなったら粛清できるようにペアを組まされてるんじゃないのか? だから気にする必要もねえっつうか。それで仲の悪い地域出身者同士で組まされてるって聞いてるぜ」韓国と日本は仲が悪いだろ? でもオクファさんは北の国から逃げてきた人なのでした。

「お前が部外者の前で口を滑らせたことはおぼえておく」

「いや、あたしは別に。なんでだよ、こっちにあたるなよ、ぶつぶつ」

やがて2車線道路から路地裏と言ってもいい小さな通りに入り込む。そこを曲がりくねりながら進んだ。向こう側の道路からの中間点付近にその扉はあった。

カフェ『老年期の終わり』

……………………。

「老年期の終わりって何? 死ぬんじゃね?」

シスカさんが言ってはならないことを言う。

「いいから速く入る」

オクファさんが短く叱りつけて私たちはその中に入った。

「いや、あたしが言いたいのはネーミングセンスがだな、ちょっと気が違っているというか、ぶつぶつ」

シスカさんの擬音つぶやきは誰かさんと同じなんだなとかは無視するとして、部屋の中をざっと見回す、中は閑散としていた、ほこりが家具にうっすらとついている、だいぶ前に閉店したようだ。

オクファさんは一抱えはある箱みたいな機械を部屋の真ん中に出してる。これを次の戦いで使うつもりみたいだ。

「それって爆弾じゃないだろうな」とシスカさん。

「違う。ロケット」

「爆発するじゃんか」

しかしオクファさんのこの努力は無駄になったのだ。なぜなら。

ゴテゴテと部屋の中で作業している間に、私は見てはならないものを見た。

薄い灰色の埃で濁る窓ガラスの外に。

リコママの姿を。


【【桜緒カノカの視点:6:始め】】

カノカは病室から電話をかけた。

「僕です。レルルはいる? ちょっと病室から出たいんだけど」

「猊下はお留守ですがそのような場合の指示をお預かりしています。クロエ十字病院前に迎えの車を向かわせますのでそれをご利用ください」

レルルの秘書官であるペオルベネの返答である。

「うーん。分かった。ありがと」

電話を切るとその足で部屋を出る。レルルならどう考えるだろう。

歩いてナースセンターの前まで行って「ちょっとお買いものに行ってきます」宣言。私の病状はほぼ安定してるので、会釈で了解。

といってもそれはすぐそこに行ってきていいよ、という了解なのであとで謝っておかないと。また、それをやると今後は出してもらえなくなるマイナス影響もある。要は外に出れるのは1回だけなのだ。1回で済ませないといけない。

声をかけて1階に行って、外を見やるとおそらくレルルの送りつけたであろう車が待っていた。そこで裏口へ行く。病院の裏口から出て自転車置き場に行く。もちろん自転車ではあそこには行けないけど、ちょっと離れたタクシー乗り場まで行くことは出来る。財布の重さを確かめて。

そして自転車置き場で自転車ではない私の乗り物を持って行く。

【【視点終わり】】

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