人類の希望



 大翔が一歩前に出る。


「あの電撃ババアとは、因縁浅からぬ、ってなもんだからな。俺があれの対処に当たる」


 その言葉を聞いて、アリーサが笑いながら言う。


「対処? 対処ですって? 私の電撃を何度も受ければ、その分この世界の支配権が徐々に私に移り変わるのに?」


 慶が言う。


「おい、それってまずいだろ。ってか、電気って……葵も莉雄も無理じゃないか? そこの、一宮って、あんたも対処は?」


 枝折にも無論、電撃を抑えることなど無理である。

 だが、枝折が答えるより先に葵が大翔の隣に出る。


「なら、あたしが防ぐ」

「おい。葵は下がれ」

「お断り! 大翔があたしを守ってくれてたんだから、あたしだって大翔を守る権利があるはず!」

「俺、葵に守られてばかりだな」


 大翔はあきらめたようにため息をつき、葵に言う。


「……解った。葵に任せる」


 その二人のやり取りが終わるより早く、アリーサは指先から電撃を放つが、それより早く、葵は大翔をかばうように前に出ていた。

 アリーサは、電撃を防がれたことに驚くが、葵はしたり顔で言った。


「電撃を放つって言うけど、指先から投げるように放つなら……ノーモーションじゃないなら、あたしにだって防げる。悔しかったら、棒立ち状態で放って見なさいよ、おばさん!」

「良いでしょう……ならあなたが疲れて、自慢の恋人が骨まで炭になるのを見て泣くと良いわ、クソガキ」


 アリーサの傍に居た複数のスパルトイが大翔と葵に飛び掛かるが、大翔はそれを縦横無尽に、八面六臂の様に往なしていく。


「大翔! あたしへの攻撃は庇わなくていいから!」

「そうはいくか! 好きな女の子守れなくて何が男だ!」

「いいから! あたしに守られて!」

「電撃とか催眠相手には頼りにしてる!」


 大翔は見る見るうちにスパルトイを処理していく。

 その様子に慶が思わず言う。


「うわー、あいつ一人でもう良くない? ダメ?」


 時折スパルトイの間を縫ってアリーサの電撃が迫るが、それは二人には効きそうにない。

 アリーサの電撃を葵はほぼ完ぺきに防いでいる。防御を漏らしても、大翔は自身の力で電撃を防げるため、そこまで被害は出ない。

 はずだった。


 徐々にだが、世界に異変が訪れ始めている。

 空はひび割れ、植物は枯れ腐り、道路は干からびてひび割れ始めている。

 大翔が言う。


「駄目だ。徐々にだが、支配権を取られつつある」

「なんの! 取り巻きのスパルトイは減っていってる。行けるはず!」


 見れば、敵の量はもはや片手で数えられるほどになっている。

 葵が言う。


「大翔! あたしに武器を、なんでもいい。武器を渡して!」


 大翔はふっと懐かしい感覚に襲われていたが、それを知るのは大翔だけだった。


 大翔は何もない空間から、黒漆拵えの鞘に収まる、日本刀の柄を葵に差し出す。刀身77cm。総長1mを越える太刀である。


「はいよ、我らが戦乙女の武運を祈る」


 葵はその刀を受け取り、鞘に収まったままの刀身で近場のスパルトイの頭部を叩き砕く。

 そのまま、大翔をそこにおいて、アリーサまで葵は迫った。

 葵を追うように複数のスパルトイが追いすがるのを、大翔が全員組み伏せ、倒し、彼女の行く道を邪魔させない。

 アリーサの傍に居たスパルトイが葵に対応しようとする。しかしそれより早く、そのスパルトイの頭部を彼女は叩き割った。葵の持つ刀の鞘がひび割れる。

 アリーサの表情のない顔に焦りと恐怖が現れるのが解る。

 だが、彼女が放つ電撃が葵に傷をつけることは無い。彼女の周りの時間は停止する。


 その能力故に、拳で殴った相手を傷つけることは彼女には不可能。その体表5mmまでは。だが、つまりそれは、そこから遠くなる武器を使えば、彼女とて攻撃は可能ということ。

 それが葵の、戦乙女と言われ、人類の希望として扱われた彼女本来の戦闘スタイルだった。


 アリーサに、先ほどスパルトイの頭部を砕き、ぼろぼろにひび割れた鞘に収まったままの刀身が迫る。

 アリーサは咄嗟に彼女の持つ刀に電撃を与え、それを弾き落とそうとする。葵の武器には、彼女の時間停止による防御が効かないなら、獲物は電撃などで攻撃し、弾き落とせるはず。アリーサのその考えは正しい。

 ただ、その考えに甘さがあるとするならば、その獲物は、まだ鞘から抜かれていなかったという事。


 電撃は、刀の鞘を弾き飛ばしただけだった。

 電撃で黒漆に塗られた鞘は砕けて舞い散る。黒曜石のような輝きの中から、雅なるその刀身が顕わになる。

 そして、次の電撃を刀目掛けて放とうとするアリーサより早く、そのスパルトイの胴を左から右へ真っ二つに居抜き、返す刀で彼女の右腕と右側頭部を斬り上げるように跳ね飛ばした。


「そんな……ああ、どれもこれも、本当に、思い通りにならない」


 アリーサの上半身はそんな言葉をぼやきながら、その場に転げ落ちた。

 その様子に、彼女が連れて来ていたスパルトイはみなたじろいだ。その隙にも、大翔がスパルトイを処理していく。無論、逃げ出すスパルトイなど、二人からすればすぐに処理できるものでもある。



 だが、それとは裏腹に世界が揺れる。


 全員が立っていられないような地震が轟音と共に一瞬だけ来る。空にひびが入り、そこから漆黒の虚無が覗く。揺れはすぐに収まったが、空を大きく割いたひびが、異常事態を如実に示している。

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