そろそろ、退界のお時間です



 莉雄は、“鉱石になっている彼女”とも面識があったような気がしてくる。一言二言話しただけだったろうか? それとも、もっとしっかり話したことが有っただろうか?


「『仮想世界作成』スパルトイA6-i-D0kiが作成する世界に、糸織さんとそのチームを閉じ込めた。あとは、四体のスパルトイを使って、必ず殺す体制を取った。その四体の中にボクも居たんだ。追い打ちの様に、そこにアーキタイプ・スパルトイと呼ばれる、スパルトイの雛形、エンキドゥすら動員されてた。まずもって、糸織さんは助からないはずだった」


 そっと、莉雄は枝折の方を見るが、彼女は本に目線を落としたままだ。


 そういえば、あの時居たアーキタイプはどこに行ったのだろうか? 最近どこかでアーキタイプという言葉を聞いた気がする。と、莉雄はふと思った。

 しかし、彼の記憶はまだ完全ではなく、思い出せずに居た。


 莉雄は話に戻る。


「でも、結果は違った。ボクは大翔たちに再会できたことを喜んだ。その喜びが、殺意に変換された。ボクが暴走し、仮想世界にその場の全員が閉じ込められた。ボクの暴走は止まらず……大翔を、ボクは殺した」


 胸の中から誰かが刺すような、そんな痛みを莉雄は覚えた。喉の奥が辛くなり、鼻の中がじんと熱くなる。


「スパルトイだったから、だから仕方がなかった、許してほしいなんてボクには言えない。言う資格はないんだ。どういう状態であっても、ボクはボクだった。ボクとして……大事な親友を殺してしまったんだ……それは、事実だ」


 大翔が言葉を付け加える。


「その時のことは、正直俺もよく解らないんだ。あの時は必死に、莉雄に、莉雄であったころの記憶を植え付けた。なんでそんなことをしたんだろうな、俺は。でも、俺は莉雄に『お前は言世 莉雄だ』というイメージを植え付けた。そうすると、莉雄の姿はスパルトイの姿から変わって、元の姿に戻っていった」


 慶が疑問を口にする。


「ん? その時には、大翔は仮想世界の支配者になってたんだよな? じゃないと、スパルトイになってた莉雄に殺されてるんじゃないか?」

「そこなんだよな。俺もよく覚えてないんだ。あの後、何があったのか」


 大翔と慶が莉雄を見るが、莉雄も首を振って知らないことをこたえる。

 枝折が持っていた本を閉じて、けれどみんなの方へ向き直らずに言う。


「私が見てた限りではね、人の姿に戻った莉雄くんの能力が暴走したの。白い霞がそこら中に立ち込めて、全部を飲み込もうとしてた。飲み込まれたのは、糸織さんと源口と、『仮想世界作成』スパルトイ、アーキタイプエンキドゥに……私」


 淡々と、彼女はしゃべる。誰にも顔を向けずに独り言のように喋る。


「白い霞はすごく優しかった。それに、触れてるとすごく悲しい気持ちになった。その霞に触れたことで、私は殺戮衝動が収まった気がする。いや、どうかな。私は元々殺戮衝動が少ない個体だったから分からない。でも、何より大きな反応を示したのが、『仮想世界作成』スパルトイと源口だった。彼女は鉱石に姿を変えてたし、源口は精神体だけになりながら、彼女へのアクセス権を得てるようだった」


 大翔がそれに合わせて言う。


「ああ、そこからは覚えてる。なぜ俺が『仮想世界作成』スパルトイに能力を使っている状態になったのかは分からない。だが、俺はこの世界でのみの存在になった。既に、体の方は死んでたからな」


 その言葉に莉雄はやはりショックを受けた。

 大翔は自嘲しながら言う。


「もしかしたら、俺は『仮想世界作成』スパルトイが作成した源口 大翔で、偽物かもしれないがな。だが……それでも、この世界でなら、葵を守れる」


 大翔は力のこもった声で言う。


「今度こそ、誰にも葵が利用されることもない。誰からも数奇の眼で見られることもない。莉雄だって人間に戻れた。そのまま、度々襲ってくるスパルトイを、お前らにバレないように処理し続ければよかった! ただ、それで、それを繰り返していれば……」


 だが、その声は後半に続くにつれて薄れていく。


「そうしていれば、葵を幸せにできたかもしれない。莉雄と友達で居られたかもしれないんだ。しげるさんは、葵のお父さんは俺の提案に乗ってくれた。彼は協力者だった。葵を連れ戻すためにプロミネンスから使わされたエージェントだったが、事情を話して協力してもらったんだ」


 慶が察したように言う。


「そうか……俺は、源口の提案を蹴ったんだな? 俺もエージェントだったが、記憶を奪う必要がある場合はどういう場合か考えてた。俺は、お前たちに敵対したんだな?」

「ああ、そうだ。すまない」


 大翔は小さく謝った。


「だから、俺の記憶を書き換えたんだな! 糸織を連れ出さないように、邪魔な奴の記憶を書き換えた!」


 慶は立ち上がって大翔の傍まで行く。


「なあ、源口、俺は思い出してきたぞ。俺の……俺の部下をどうしたんだ。あの時、お前を説得するために俺はこの世界に来たんだ。その時に俺は部下を連れてたよな? 六人、連れていたはずだよな!」


 慶は答えようとしない大翔の胸倉を掴んで立たせながら怒鳴る。


「答えろ! あの時、俺は部下と一緒にこの世界に来てるはずだ! あの時の部下はどうした! どうして今、この場にあいつらが居ない! 答えてもらうぞ!!」


 揺さぶられる大翔は、一言だけ返した。


「言えない」


 枝折が代わりに答えた。


「全員死んだわ。……あなたや、糸織さんを守って。陰ながらスパルトイと戦ってね」


 大翔が枝折に何か言おうと口を開いては閉じる。

 枝折が言う。


「いいでしょ。死者との約束を守るのは大事だけど、それじゃ小鳥遊くんは納得しなさそうだし。……他でもない、あなたの部下たちが『隊長の左腕を思って。決して自分たちのことは彼に、自分たちに何が有っても言わないでほしい』って」


 その言葉に、慶は口を真一文字に結び、大翔を離した。

 ただ一言……


「そうか……なら……仕方ない」


 そうぼやいて、自分のソファーに腰を下ろした。


「源口、お前がこの世界の支配者なんだろう? 自分は死んだ後蘇れてる。他の奴はどうして生き返らせなかったんだ?」


 その言葉に、大翔ではなく葵が答える。


「……死んだ人は、生き返らないの。もう、の」

「それはどういう……なんだ、どういうことだ?」


 慶が大翔を見ても、大翔は何も言おうとしない。

 葵が、何かに耐えるようにしながら言葉を絞り出す。


「大翔に、もう限界が来てるの。多分、この世界を作ってた、も来てる」


 そう言って、葵は一瞬だけ、鉱石になっている『仮想世界作成』スパルトイを見る。


「死んだ人は、生き返らないの……もう、。それは、文字通りの意味だってこと」


 その言葉に応えるように、この真っ白な空間の空に大きなひびが入り、大きな揺れを全員が感じる。

 その揺れを受けて、慶が言う。


「なんだ? 地震か?」

「この空間で地震は起きない。外でなにか大きなことが起きた以外に考えられない」


 慶がため息交じりに言う。


「じゃあ……外へ確認に行くべきか? 十中八九、スパルトイなんだろ?」


 大翔がみんなを呼び止めて言う。


「待った。予め言っておく。この世界から出るには『仮想世界作成』スパルトイが必要だ。彼女の能力を使用して、この世界から出る。準備が出来たら言ってくれ。この世界で思い残すことが無いように」


 慶がそれに苦言を呈する。


「そんなの気にせずに現実に帰る方が堅実だろうがな……現にスパルトイも来てる」


 その言葉を受けて、莉雄が玄関の方へ歩きながら言う。


「なら、ボクが見てくるよ。ボクなら、外が悪天候でない限り不意打ち相手でも戦える。なにはともあれ、ふりかかる火の粉を払わないと……」



 莉雄が玄関の引き戸を開けると、そこには見覚えの有る人物が倒れていた。




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