恐怖が来る



 学園祭を終えたら、その後片付けがやってくるものである。

 校門に設置されたアーチを解体したり、出店のテントの解体と収容をしたりといった作業が目立つが、実際のほとんどはゴミ拾いである。

 校外にまで飛んで行ったゴミを教職員と共に集めに行くグループと敷地内のゴミを拾いに行くグループに分かれて作業をすることになる。校外に出るグループは各学年の各クラスから二人ずつ選ばれ、残りは校内での作業になる。とはいえ、校内でのゴミ拾いは、終わればそのまま草むしりに移行するので、作業はなあなあで済まされがちである。

 つまり、清掃作業という名のサボりの時間である。


 莉雄りおは特に何の変哲もなく、校内に残ってゴミ拾いをするグループに選ばれた。一つ気になることが有るとすれば、大翔が外へ出るグループに選ばれていることだった。

 親友であるはずの大翔はるとは、いつもスパルトイの襲撃の際には居らず、襲撃が終わる頃に戻ってきて、その場の人間の記憶操作に関わっている節がある。

 莉雄としては、彼によって記憶操作が行われているであろうことも、疑わざるを得ない。しかし、同時に彼がスパルトイの裏で糸を引いているとは思いたくない。何かあるのではないか、とは思ってはいるのだが……。

 この疑惑はまだだれにも話してはいない。

 とはいえ、大翔が関わっているか否かにかかわらず、彼が居なくなっている以上、警戒しても良いのかもしれないとも、莉雄は思っていた。


 だったのが、なにも無く下校時間を迎える。大翔も平然と帰りのホームルームには参加しており、今日という時間は何事もなく進んでいく。一部の生徒はこの後草むしりを自主的に行う者や部活動の一環として除草作業を行う者も居るが、大半は逃げるように学校から去っていく。

 帰りのホームルームが終わり、鞄を持って自分の席から立ちあがった莉雄に、大翔が声をかける。


「莉雄、今日なんか予定あるか?」


 莉雄は大翔に声をかけられた。


「帰りにアイス奢ってやるよ」

「え? 何? 唐突に」

「ん? なんだ。素直に奢られないのか?」


 莉雄は一瞬、大翔がスパルトイの黒幕として、怪しいのでは、という考えが浮かんだが、その考えは考え過ぎだと自分を諫めた。


「いや、唐突に奢られることになったら、普通は怪しむよね?」

「……だー、やっぱわかる?」


 大翔は莉雄に対して、少し落ち込んだ口調で言う。


「それがさー、最近、あおいが冷たいんだよな」

「冷たいの? なにか心当たりとかは?」

「んー……なんだろうなぁ。特に最近は悪いことしてないし」

「サボリが過ぎたせいで、誠実さを疑われてるんじゃない?」


 大翔は咄嗟に目線をそらした。それが心当たりらしい。


「他に心当たりが無いなら、うーん……ボク、女心は分からないしなぁ」

「俺もなんだよ……で、相談に乗ってくれって話なんだがな」

「相談料として、アイスを奢りますので、と。じゃあ、草むしりしてる人たちに捕まる前に帰ろうか」


 大翔は軽く返事を返した。

 と、その時、教室外から莉雄に声がかかる。


「おお良かった。まだ教室に居た。莉雄と源口みなぐちは今から帰りか? 帰りだよな?」


 そこにはけいが居た。どうやら、一組のホームルームも終わったようである。

 慶が二人の傍に寄って来る。莉雄が慶に声をかける。


小鳥遊たかなしくんも今から、帰り?」

「おう。草むしり隊に誘われたんで、逃げる口実として一緒に帰る約束があることにした。というわけで早く帰ろう」

「えぇ……いいの、それ?」

「お前らも草むしりから逃げるために帰ろうとしてたろうが」


 莉雄は大翔の方を見てうかがう。

 大翔は特に気にもしていないようでそれを了承する。


「おう。別に良いぞ。ちょうど、駅前のアイス屋寄ってく予定だったし」

「え? 男二人でアイス? ダックドナルバーガーとかじゃなく?」


 慶のその返しに大翔が言う。

 莉雄はそんな二人の後ろについていく。


「男二人でダクドはなんか、オタクっぽくね?」

「オタクじゃなくてもダクドは行くだろ!? 家族連れとか!」

「いや余計に行かねぇよ」


 などと会話をしながら、三人は教室を出た。

 突然、莉雄は何かが弾けるような音と共に、強い頭痛を感じた。あまりに唐突であったこともあり、激痛に思わず声を上げる。

 それに対して、慶の声がする。


「おい、大丈夫か?」

「大丈夫。なんか、一瞬だけ頭痛、が……」


 莉雄の目の前には、目玉が浮かんでいた。正確には、目玉とそこから延びる紐のような物が繋がれた皺の入った二、三十cmほどの、青い血管が張り巡らされたピンク色の肉塊が浮かんでいる。所謂、脳みそが浮いているのだ。

 莉雄がその光景に驚き、後ずさるが、見れば周囲は似たような物ばかりである。学校の教室に、そこら中に脳みそが浮かんでいる。それらの脳みそから延びる眼球が、莉雄を見る。見る。見る。

 後ろに下がった莉雄は何かに躓いてしりもちをつく。手にぬるりとした滑るような感触が付くのが解る。見れば、手は鮮血のようなもので赤く色づいており、そこから手に蛆が湧いているのが解る。蛆が自身の手の皮膚を喰い、体の内側に潜っていくような感覚に襲われ、必死にそれを莉雄は払った。


 間違いなく、スパルトイによる攻撃だろう。だが、鐘の音は聞こえなかった。そもそも、いつ攻撃を受けた。この光景はなんだ?

 脳みそが浮かんでいるはずがない。教室の中に鮮血がばらまかれていても、そこに蛆が早々に沸くはずがない。これらは、おそらくは……幻覚。


 莉雄がそう思うや否や、今だしりもちをついたままの彼の左足が何かにつかまれ、鮮血で濡れる床を彼はすさまじい速度で引きずられる。速度がつきすぎたため、教室から引きずり出された勢いで、教室からすぐ出たばかりの壁に体を叩きつけられる。なにより、足をしっかりとつかんでいる“誰かの左腕の感覚”は生々しく、しかもその締め付けは痛みを覚える。

 幻覚の世界でありながら、痛みは現実だ。本当に足を引っ張られているのではないか。視界に何らかの異常をきたせて、その間に連れていっている? 何のために?


 とにかく、莉雄はこの状況を脱するために、自身の掴まれている足を金属化させる。咄嗟に何も考えず、またチタンに変更する。足を掴まれる痛みは無くなったが、依然、自身は廊下をすさまじい速度で引きずられていく。曲がり角が来るたびに体を打ち付けられる。床は鮮血にまみれ、ぬめりがある事で引きずられる痛みは少ないが、同時にどこかにつかまる事も出来ない。廊下にはそこら中に脳みそが浮いており、それらの眼球はどれもが莉雄を見下ろす様に浮いている。それらに見送られながら、莉雄は尚も引きずられていく。

 自身を引きずっている手は長く、誰が引きずっているのか分からない。その腕はどこまでも続いているように感じる。


 が、それは唐突に終わった。先ほどまで自身は学校の廊下を引きずられていたはずだ。そのはずだ。

 ならなぜ今、自分は手術台に固定されているのか。

 体を縛り付けるベルトの食い込みは痛みを覚えるほど強く、体の自由を奪っている。この手術室、いや、手術台がある場所はどこなのか。頭上には、ドラマなどで見かける手術室にありがちな照明、所謂、無影灯があるが、それがどこからでもなく空間に吊るされている。手術室の壁はない。ただ、どこまでも赤黒い空間が続いている。

 誰かの声がする。


「誰か……誰か……」

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