猟奇が来る


 声の方を見ると、莉雄と同じように誰かが手術台に縛られている。同じぐらいの年の女子の様だ。彼女は病衣に身を包み、更に白い包帯で目隠しをしている。目の部分だけが色が濃くなり、彼女が泣いていることが察せられる。

 見れば、彼女の向こうにも誰かが縛られているのが解る。男性の様だ。同じように縛られ、目隠しをされている。だが、更に何か、猿轡のような物を噛まされ、声は出せないようだ。その男性の傍に……何かが居る。

 それは、人の形をしているが、決定的に違うのは頭部だった。頭蓋が大きく抉れている。莉雄の位置からは後頭部しか見えないが、確かに、頭蓋の上半分が無いのだ。それは看護婦の服を着ている。一人ではない。三人ほどいる。そして、縛られている男性の足を、両腕を、肩を抑える。男性が悶えるように暴れる。そして、彼の頭の方から、どこからでもない空間から、手術衣に身を包んだ医者が現れた。この医者の頭部も大きく抉れている。その者の手に何かが光るのが見えた。そして、それを暴れる男性の眉間に押し付ける。男性の悲鳴に似た、くぐもった声が響く。

 それを聞いて、莉雄の隣の女子が悲鳴を上げ始める。


「なに? なに!? いや、いやあ、いやああああああ!!」


 彼女は暴れ、力の限り拘束から離れようとする。そこに、頭部のない看護婦が現れ、彼女を抑え付ける。口にタオルのような物を噛ませ、彼女が騒ぐのも構わず、その頭を抑え付ける。そこに、先ほど男性にしたように、頭部のない医者が、彼女の眉間にメスを突き立て、頭蓋を斬り始める。

 少女の喉から出るとは思えないほどの声が、猿轡代わりのタオルでくぐもりながらも、莉雄の耳に届いてくる。

 医者はメスをどこかへ置き、代わりに鋸を取り出す。そして、辺りに彼女の頭蓋が鋸で斬られていく音、肉が引かれて血がかき混ぜられる音が響く。


 莉雄は、この光景が恐ろしくて仕方がなかった。この常軌を逸した光景に気が遠くなる。なんとかして、この拘束を解かなければならない。自分の体を金属に変えようとするが、一向に体が変化する気配がない。暴れても拘束が解ける気配もない。恐怖で自分の呼吸音が大きくなる中、少女の悲鳴が止んだ。

 少女の方を、莉雄は恐る恐る見た。


 そこには、大きく開かれた頭蓋骨の中から脳みそを引きずり出す、頭部のない医者が居た。少女はもう動かない。その脳みそを、医者はメスの時と同じく、莉雄からは見えないどこかへ置いた。

 莉雄は声にならない恐怖に襲われていた。なんとか、ここから出なくちゃいけない。逃げなければいけない。じゃないと、次は……

 頭部のない看護婦が、莉雄の両足に触れる。強く、痛いぐらいに押さえつけてくる。必死にもがいても、体を固定するベルトは外れない。頭部のない看護婦が両肩を抑える。莉雄は恐怖で目の前がにじむのが分かった。耳まで自身の涙が零れているのが解る。そして、看護婦の一人が莉雄の頬を抑える。冷たい、とても冷たい両手だ。

 最後に、視界に入る頭部のない医者。その手にはメスが握られている。そのメスがゆっくりと、自分の眉間に向かって下ろされていく。必死に暴れても体は動かない。そして、眉間に痛みが走る。痛みが強くなる。その痛みは頭頂部を目指して走る。

 莉雄は恐怖と痛みで叫んだ。力の限り助けを求めた。だが、誰も来ない。誰も居ない。頭を一周するように強い痛みが走った後、医者はメスを脇に置き、代わりに鋸を取り出して、自分の頭蓋を斬り始める。視界が揺れ、耳に自分の骨が削り切られる音が響く。なにより、その激痛にもだえ苦しむが、意識ははっきりと、まるで痛みを舐めるようにそこにある。


「莉雄! 起きて! しっかりするんだ!」


 莉雄は頬に痛みと、頭が揺れる衝撃を受ける。

 自分の体は縛られてはいない。頭部にまだ痛みがあるような気がするが、痛みは大部分が引いた気がする。

 莉雄は声の主を確認する。その声は聞き覚えがある声にそっくりだった。刹那せつなの声に近いが、どこかすこし甲高い気がする。


「大丈夫? 今、君がどこにいるか、わかる?」


 目の前にいる刹那は、どこかおかしい。確かに刹那だとわかるが……。


「あれ? 神薙かんなぎさん、若い?」

「へ?」


 目の前の刹那は幼い姿をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る