第四話『作り物はキミの夢を見るか』

会話碌4


 薄暗い尋問室の中で、机の上の小さな灯りを挟んで、所長代理ヴィルヘルム・フランケンシュタインは、目の前にいる少女に問うた。


「そもそも、我々人類は、“君たち”が放置をしようと決めた百年の間に、“君たちの存在”を忘れている。そう、“君たち”を我々はどう定義すればいい?」


 少女は尋問室の壁際に膝を立てて座り込んでいる。そのままヴィルヘルムの質問に質問を重ねる。


「それって、どういう定義での話だい? 生物学的に? それとも、隣人として考えた時の話?」


 少女と逆の壁にもたれかかっていた研究員アブド・ファハッドは、少し笑ったが、ヴィルヘルムは少し嫌そうにしながら言葉を選んで口にする。


「この場合は、隣人としての定義に限る。共存していく隣人としては、どうなのか、と」

「共存関係?」

「そう。共存関係だ」


 少女は微笑みながら言う。


「そうだなぁ、“ボクら”はキミたち人類が居たおかげで、感情を知った、ってのは前も話したよね? キミたち人類は最高の娯楽だって。でもね、それだけじゃないんだ」


 少女は、薄暗いへの中で、机の向こうに居るヴィルヘルムの顔を見ながら、正確には間にあるスタンドライトのせいではっきりと見えないヴィルヘルムの顔があるであろう場所を見ながら、彼女は続ける。


「例えば、愛情とかね。“ボクら”は単一で完全な生き物だ。繁殖も摂取も睡眠すら必要ない。ダイヤモンド型に固まったケイ素生命体にはそんなの不要だもの。だけど、そんな“ボクら”が、増殖とか、個体差が出来たりしたのは、間違いなく人類を見て……人類に憧れたからなんだ。それに、人類の科学力、言語学、文学、数学、それらは間違いなく、“ボクら”も学びたい事柄だ。学ぶべき事柄だ。少なくとも、ボクはそう思う」


 少女は勢いをつけて立ち上がり、二人の研究員に言う。


「“ボクら”は少なくとも、人類を滅ぼしたいわけじゃないんだ。だから、キミたちに“贈り物”をしている奴も居るだろう?」


 ヴィルヘルムはその言葉に対して質問を重ねる。


「そう、そうだ。ギフテッドと、“君たち”が呼称する存在が居るだろう? あれは……彼らの仕組みだが、どうなっている?」

「どうなってるってのは? いやだって、キミたち誠治くんのチームの研究って、それが専門だったでしょ?」


 ヴィルヘルムとファハッドはお互いにお互いを見て、その後、ヴィルヘルムが言う。


「糸織 葵を知っているか?」

「ああ、うん。彼女か。確かに、特異だよね」


 ヴィルヘルムは、まるで恐ろしい物の話をするように、葵のことを少女に言う。


「彼女の能力は、異常だ。現代の科学を凌駕している。どういう仕組みなのか全くわからない。我々人類は、未知を恐怖とし、無知は争いの種だとしてきた。だからこそ、彼女の能力は……」

「怖い、ってことだね」


 ヴィルヘルムが言いよどんだ言葉を少女が付け加える。

 少女が言う。


「そうだね。“ボクら”が与えた贈り物で目覚めたギフテッドたちは、葵ちゃんも含めて、その体表、息、体液などから物質を作り出せる。ここまでは良いかな?」

「ああ、それは知っている。ギフテッドの能力は何種類かに分かれる。だが、彼女の能力は、彼女は干渉型か放出型か、そこも分からない。彼女の能力は……」

「待って、話は順序が大事。正直、分類なんて“ボクら”はしてないし興味ないし」


 ヴィルヘルムを少女が制止し、そのまま話を続ける。


「例えば、人類史には唐突に鉄の精錬技術が出てくるだろ? あれ、“ボクら”の中から、人類に過干渉を起こした個体が居てね。人類に“鉄の精錬技術を与えた”んだ。正確には、頑丈な炉、製鉄炉の建材や溶接材を作り出すギフテッドだったけどね」

「結果、青銅から鉄を扱うように、人類は変わった、と? はは、黒曜石から青銅に変わるタイミングも“あんたら”が関わってそうな」


 ファハッドは少女の言葉に冗談半分でそういったつもりだったが、少女は否定しなかったため、ファハッドは小さくも驚きの声を上げた。


「でも、時折“ボクら”も想定していなかった能力に目覚める人類が居るんだ。例えば……離れた物質を急速に干からびさせたり、物体の性質を根本から組み替えたり、他人や自分を一瞬で長距離移動させたりとか。あるいは、数百年も細胞劣化を留めたり。“ボクら”は、その都度、それが危険かどうか判断して、間引くか育てるかを決めてきた」


 少女は笑みを崩さずに、何事もないかのように言う。


「今回はそうだね、糸織 葵ちゃん、彼女の能力を、間引くべきか、育てるべきか、それが“ボクら”の注目点。彼女の発生させる物質、まだ名前すらついてないこの物質は、おそらく『時間停止ないし時間操作』を行える物質だと思われる。あれ、“ボクら”も怖いんだ」


 ヴィルヘルムにウィンクをしながら少女は言う。


「未知は恐怖だからね!」


 ヴィルヘルムとファハッドが何か言う前に、少女は続けて言う。だが、彼女の表情は一転して曇る。


「でもね、彼に関しては、“ボクら”は想定していなかったんだ」


 ファハッドが少女に問う。


「彼、とは?」


 少女は口を真一文字に結んだあと、ゆっくりとその名を口にする。


「一個体が、複数の能力を所持する。それは想定してないんだ。力を持ちすぎる。……彼は、間引かざるを得ない存在になりつつある。とても、危険なんだ……」



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