第3話、魔王。

「──一体どういうことなの? 何で私たち魔族ばかりが、こんな目に遭うのよ⁉」


 魔王城内に響き渡る、魔王こと私、『うめざわめぐみ』の金切り声。


 それに対して言葉もなくうつむくばかりの、直属の配下の魔族の強者つわものたち。




 ──なぜなら、ついに私たちは、文字通りに最後の牙城であるこの城に、勇者たちの侵入を許してしまったのだから。




「──『エルフの女神』のやつったら、属性を選ばせる時に、何も言っていなかったけど、まるで詐欺じゃないの⁉ 別に私たち魔族が侵略行為をしたわけでもないのに、勇者パーティが大挙して怒濤のごとく攻め寄せてきて、しかも魔族がまったく歯が立たないほどのチート能力を持っていて、おまけに言葉が全然通じないから降伏の意思も伝えられず、魔族は一人残らず惨殺されてしまって、残るはこの魔王城にいる幹部連中だけといった有り様! 私たちにこのまま黙って滅びろとでも言うの⁉」

「……おい、少しは落ち着けよ。魔王のおまえがそんなんじゃ、下に示しがつかないだろうが?」

 その時すぐ横合いから、私をたしなめるように口を開いたのは、腹心の部下にして、現代日本にいた頃は幼なじみ同士の関係あった、ふくやまさとしであった。

「何も、女神がえこひいきをしたわけではなく、ひょっとして勇者のやつらも、『転生者』かも知れないじゃないか?」

「そんな、聡、あいつらも、日本人だと言うの?」

「いや、言葉が通じないことからして、どこか別の世界から来たんだろう。もしかしたら、そこでは元々人間が異能の力を持っていて、女神から与えられたチート能力を上乗せすることによって、俺たちを圧倒しているのかもな」

「──くっ、それじゃあ、どのみち私たちには、勝ち目がないってことじゃない⁉」

 そう言って、私がほぞをかんだ、

 ──まさに、その刹那であった。


「ぐあっ⁉」


 この広大なる『魔王の謁見場』の入り口を守備していた、巨漢の魔族が、侵入者によって、一刀のもとに斬り捨てられた。

 私たちが立ち上がるよりも早く、駆け込んでくる、五、六人の人間たち。

「まさか、勇者? もうここまでたどり着いたの⁉」

「──恵! ここは俺たちに任せて、おまえだけでも逃げるんだ!」

 そう言いながら私を庇うようにして、剣を構えながら前に出る、愛しき幼なじみ。

「嫌よ、あなた死ぬつもりでしょう? 私だけが生き残ってどうするのよ⁉ 私もここで、聡と一緒に死ぬわ!」

「馬鹿っ、魔王であるおまえさえ生きていれば、再び魔族の国を再興できるだろうが⁉ それにおまえの腹の中には、俺たち二人の──」

 もはやこれまでと、人生最初で最後の『愁嘆場』を演じる、魔王と側近の二人。

 もちろん勇者たちが、そんなことで思いとどまったりしてくれるはずもなく、あっけなく私たちのすぐ側まで駆け寄るや、

 驚天動地の、言の葉を、突き付けてきた。




「──は? 『メグミ』に『サトシ』だと? まさかおまえらも、現代日本からの『転生者』なのか?」




 ………………………………え?




 あまりに驚きの台詞を耳にしたために、その場の敵味方の全員が、我を忘れて完全に静止してしまう。

「いやいやいや、今のって、完全に日本語じゃない⁉ どうして勇者パーティの人間が、日本語をしゃべったりするのよ⁉」

「……あ、あれ、名前のようなものだけでなく、魔族の言葉が全部、日本語で聞こえるようになったぞ? もしかしたら俺って突然、翻訳スキルにでも目覚めてしまったわけ?」

「違うわよ! 私たちもあなたのご想像通りに、日本からの『転生者』なのよ!」

「じゃ、じゃあ、何でこれまでは、わけのわからない、謎言語をしゃべっていたんだよ⁉」

「私たち魔族は全員、最初から日本語しか話していないわよ! 変な言葉でしゃべっていたのは、あなたたちのほうでしょうが⁉」

「は?」

「え?」

 ──おかしい。

 別にあいつらのほうも、あえて日本語を話さずにいて、私たちを欺こうとしたわけではないようだ。

 だったら何で私たちはこれまで、一切意思の疎通がはかれなかったわけ?

 ……まさか、何者かの作意が、介在しているとか?

 そのように私が考え至った、まさにその瞬間。




「──あらあら、せっかく属性を選択させる時にかけていた、『敵対勢力の言葉が、エルフ族特有の言語に聞こえる』暗示が、解けてしまったようね。まあ、仕方ないか。さすがに人名等の固有名詞までも、変えることはできませんからね。まさか現代日本の時の名前で呼び合うなんて、ロールプレイヤー失格ですよ?」




 そんないかにもおっとりとした声音がしたかと思えば、忽然とこの場に姿を現す、簡素な薄着のみをほっそりと均整の取れた柔肌にまとい、滝のように腰元まで流れ落ちている銀白色の髪の毛に縁取られた端整なる小顔の中で、翠玉色エメラルドの瞳を神秘的に輝かせている、絶世の美女。


 顔の両側で、鋭く真横に伸びている、いかにも特徴的な両の耳。


「……エルフの、女神」

 思わず私の唇からこぼれ落ちる、驚嘆のつぶやき声。

 そうそれは、私たちをこの世界に転生させて、本人の希望に基づいて『人間』と『魔族』とに選別した、当の張本人のご登場であった。

「ちょっと、女神! これって一体どういうことよ⁉ 同じ日本人を転生させておきながら、魔族と人間とで能力に差をつけて、おまけに使う言葉を変えて意思の疎通を阻害して、一方的に魔族を殲滅させるようなまねをして!」

 私の渾身の訴えに対して、目の前の女神ときたら、何だかちょっとした失敗をしてしまった有閑マダムみたいに、頬に手を当てていかにも困った風な表情を、いけしゃあしゃあと宣うのであった。

「ごめんなさいねえ、うちの可愛い眷属こどもたちであるエルフたちったら、最新のバイオテクノロジーによる『豚』の品種改良に失敗しちゃったんだけど、全個体を処分する前に、年中発情期にあって繁殖力が異様に高い豚どもがどんどん子供を産んでいって、もはや手をつけられなくなっていたのよお。それで『全異世界の女神の協議会』で決まった、この世界への『現代日本からの転生者の島流し策』を利用することにして、異世界転生物語をかねて、優良種である外見的にも何も問題の無い白豚に、失敗作の皮膚の青白い青豚を始末させることにしたわけ」

「な、何よ、何で突然、豚の話なんかをし始めるのよ? そんなの、私たち人間には、関係の無い話でしょう⁉」

 長々と続くわけのわからない話に、ついいらだたしげに声を上げてしまったものの、

 ──まさにそれは、けして口にしてはならない、自滅の言葉だったのだ。

 目の前の、神を名乗る人外バケモノの唇が、不気味な形に笑み歪んでいく。




「あらあ、ごめんなさい。実はねえ、この世界には人間なんて一匹たりとて存在せず、知恵を持ち、こことは別の大陸で超巨大都市を築き、21世紀の日本なぞ足下にも及ばない、超科学文明を打ち立てているところの、エルフ以外の二足歩行の生物は、『豚』と呼ばれている、知能も言葉も持たない、食用や玩具用や単純労働用の、『家畜』だけなの」




 ……何……です……って……。

「──私たち人間が、知能も言葉も持たない家畜なんて、嘘よ! だってこうして、ちゃんとものを考えて、ちゃんと言葉をしゃべっているじゃないの⁉」

「そりゃあそうでしょう。異世界転生とは、何も現代日本から、本人の肉体はもちろん精神そのものを転移させるものではなく、あくまでも、あなた方の世界における『ユング心理学』が言うところの、ありとあらゆる世界のありとあらゆる存在のありとあらゆる『記憶と知識』が集まってくるとされる、いわゆる『集合的無意識』を介して、その人物の『記憶と知識』のみを、の脳みそにインストールすることによって、まやかしの『現代日本人としての前世の記憶』を与えることなのであって、今回はこのシステムを利用して、各異世界において持て余していた、すでに役割を終えているくせに居座り続けて、『ハーレム』だの『NAISEI』だの『スローライフ』だのと、ふざけたことを言っている、勇者等の『現代日本人の記憶と知識』を、すべてこの世界に再転移させて、それぞれ『人間』としての白豚と『魔族』としての青豚の、空っぽの脳みそにインストールして、『勇者による魔王退治をフィーチャーした異世界転生物語』の上演を兼ねて、白豚に青豚を処分させていたわけなの」


「そんな、人間が家畜扱いされているなんて、一体いつの時代の駄目SFよ⁉ こんなクレイジーな異世界はもう御免だわ! 私たちをすぐに現代日本に帰してちょうだい!」

「……やれやれ、話をちゃんと聞いていたの? あなたけして、『梅沢恵』さん御本人じゃなく、彼女の『記憶と知識』──まあ、今あなたが言ったSF風に言うと、『残留思念』のようなものでしかなく、現代日本に帰すも何もないのよ」

「だ、だったら、いっそのこと、私たちを消しなさいよ! これから失敗作として処分されたり、家畜として扱われたりするなんて、まっぴらよ!」

「それがねえ、知能を持った豚って、非常にレアなのであって、すでに買い手が殺到しているのよ。たとえ女神といえども勝手に処分してしまったりしたら、大暴動が起きかねないの。特に殿方のエルフにおいては、雌豚が大人気で、時には全財産をつぎ込む方もいるくらいよ。──良かったわね、青豚とはいえ雌のあなたは、処分されずに済みそうよ。ああ、でも、お腹の子はあきらめてね? 性処理用の家畜が、身ごもっていたら話にはならないでしょう?」

「この人でなし! 鬼! 悪魔! あなた本当に、女神なの⁉」

「……だって私、エルフの女神だしい。家畜のことなんか、知ったことじゃないしい。──と言うか、そもそも前の異世界で、役割を終えたくせにずるずると居座り続けて、それぞれの世界の女神の逆鱗に触れた、あなたたちの自業自得ではなくって?」

「くっ!」

 その身も蓋もない『正論』に、とうとう完全に心が折れて、私は力なくその場にうずくまってしまう。


 そんな『家畜』を冷ややかな視線で見下ろしながら、とどめの言葉を突き付ける、エルフたちの女神様。




「大体がさあ、あなたたちの世界のWeb小説の『異世界転生物語』自体が、根本的に間違っているのよ。どうして自分よりもあらゆる面で優れている、エルフなんかがいるファンタジーワールドで、人間ごときが支配者になれると思うの? むしろこの世界の有り様こそは、考え足らずの現代日本の人間作家たちに、異世界を舞台にした物語の手本を見せてやったようなものだから、存分に参考にするがいいわ」

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