第2話、勇者。

 ……この『異世界転生』は、最初からおかしなことばかりであった。


「──おおい、そこの冒険者のパーティの皆さん、どうかお助けくださーい!」


 勇者の俺をリーダーとし、戦士や魔道士や盾役等の男性陣に、ヒーラーや盗賊等の女性陣をメンバーとする、文字通りの『勇者一行』が峠にさしかかった途端かけられる、いかにも弱々しい少女の声。


 思わずうんざりとため息をつきながら振り向けば、そこには予想通りに、いたいけな少女を鎖で繋いだ、奴隷商の男がいた。


 少女のほうは、年の頃十二、三歳くらいで、汚れや傷の目立つ肉付きの貧弱な矮躯をボロ切れ同然の簡素な貫頭衣で包み込み、その表情も悲痛に歪んでいるというのに、、男女を問わずとても放っておくことのできないような、絶世の美貌を誇っており、そんな彼女を下卑た笑みを浮かべながら粗雑に扱っている奴隷商のほうも、年の頃三十がらみの長身は、見るからに鍛え抜かれた筋肉質を誇っており、奴隷よりも幾分かましなくらいの簡素な衣服をまとっていながらも、そこはかとなく威厳さえも感じられ、とどめには彫りの深い顔のほうも、少女に負けないほどの見目麗しさであったのだ。


 ──こいつらもかよ⁉


 何でこの世界の人間たちは、揃いも揃って、無駄に美男美女ばかりなんだ?


 もっと、自分の役割とか、シチュエーションとかを考えて、ルックスを設定しておけよ⁉


「──あっ、何でいかにもがっかりした表情をして、行ってしまおうとするんですか? 助けてくださいよう!」


 俺たちが下手に関わり合いになろうとはせず、そそくさと踵を返そうとしたところ、すかさず引き留めようとする奴隷少女。

 そこで俺はようやく、仕方なしに口を開いた。

「……いや、別に君には、助けなんて要らないだろう?」

「どうして⁉」

 あくまでもしらばっくれようとする彼女に辟易しながらも、俺は決定的な言葉を突き付ける。


「だって君も、『転生者』なんだろうが? ──俺たちと、ご同様にね」


 その瞬間、彼女たちの表情が、激変した。

 男のほうは、いかにもがっかりとした顔に。

 少女のほうは、見るからに忌々しげに。


「──ったく、やっぱりあんたらも、『現代日本人』だったのかい? どういうことなんだ、一体。通りかかる『勇者パーティ』ときたら、どいつもこいつも『転生者』だなんて」

「……それは、こっちの台詞だよ。最初に召喚された王宮の、王様やお妃様や王子様や王女様を始めとして、城勤めの貴賤を問わない人々はもとより、王都の一般市民に至るまで、すべてが『転生者』だったし、こうして『魔王退治』の旅に出た後も、訪れる街や道中で出会う人間のことごとくが、一人残らず『転生者』だなんて。一応お約束として、俺たちのような『勇者パーティ』のメンバーが『転生者』であるのはわかるけど、何でモブのようなやつらまで『転生者』ばかりなんだ?」

「いやいやいや、私に言わせれば、勇者だって大概だよ! 何であんなに、の? 出会うパーティのリーダーって、ほとんどすべてが間違いなく、勇者じゃないの? 何この勇者の大安売り? これで本当にちゃんとした、『異世界転生』物語が成り立つの?」

「ま、まあ、勇者が多すぎるってのは、俺が言うのも何だけど、確かに同意だな。まさか自分以外に、こんなにも大勢勇者がいるとは思わなかったぜ。どうやらあの『エルフの女神様』ときたら、転生者の属性の要望は、すべてそのまま叶えているみたいだな」

「……ああ、やはりあなたも、転生する時、『エルフの女神様』に会ったんだ」

「俺が知る限り、すべての『転生者』は、彼女から転生の依頼を受けて、なりたい属性を申請すると共に、チート能力をもらったみたいだぜ」

「一体どうなっているのよ、この世界は? 全員『転生者』だったら、単なる楽屋落ちの茶番劇じゃないの?」

「いや、俺たち勇者の討伐対象である、魔王を戴く魔族の連中は、言葉も通じないみたいだし、間違いなく、この世界の土着の生き物みたいだぜ」

「そういえば、何度か見かけたことがあるけど、肌の色がやけに青っぽかったかな?」

「へえ、よく無事だったな? あいつらと俺たちとでは意思の疎通がはかれないから、出くわせば『殺すか殺されるか』の関係でしかないのに」

「へへへ、実は私のスキルって、実戦向きなんだよ? 魔族の一匹や二匹くらいなら、ちょちょいのちょいなんだから! ──どう、私をパーティに加えると、戦力倍増よ?」

「結構です」

「何で、即答なのよ⁉ 私の言うことが信じられないわけ? こっちの奴隷商の彼だって、いざバトルに突入すれば、ちぎっては投げちぎっては投げで──」

「ああ、わかっている、わかっているさ。むしろ、わかっているからこそ、必要無いんだよ」

「へ? どゆこと」


「俺たちが女神様から与えられたチート能力って、属性によって少々方向性の違いはあるものの、そのすべてが、『バトルにおいて相対する魔族の力を上回り、絶対に倒すことのできる、攻撃力と防御力』なんだよ。だからこれ以上パーティメンバーを増やしても、意味が無いのさ」


「目の前の敵に、絶対勝てるですって? 何その、御都合主義の反則技は⁉」

「……いや、むしろチート能力って、そもそも反則技のことだろうが?」

「くっ、何で女神はそんな無制限の、無敵チートなんかを、『転生者』の全員に与えたんだろう……」

「いや、別に無制限というわけではないようだぜ? この力にはきちんとセーフティがかかっていて、同じ人間同士には何の効果も発揮できないようだし。あと、話によると、『エルフ』に対しても、効果は無いってさ」

 そのように、俺が何の気なしに付け足した言葉に、予想以上の勢いで食いついてくる、奴隷少女。

「そうそうそうなのよ、この世界って女神がエルフであるくらいだから、当然普通の種族としてのエルフもいるはずなんだけど、さっぱり見かけたことがないんだよねえ。せっかく剣と魔法のファンタジー異世界に来たというのに、人間と魔族しか目につかないなんて、味気ないったらありゃしない」

「魔族も人間タイプのやつしかいなくて、ぶっちゃけ肌の色が少々違うだけだからな。いわゆる『魔物モンスター』って感じのは全然見かけないし、確かに拍子抜けだぜ」

「せめて、男女を問わず美形揃いのエルフさんがそこら中にいたら、目の保養になるのになあ」

「この世界においては、本来なら人間や魔族よりも上位の種族なんだが、ファンタジーワールドにおける御多分に漏れず、深い森の中で隠遁生活を送っているようで、都市文明等を築く気なぞさらさらないって感じじゃないのか? そしてだからこそ現状においては、人間と魔族との二種族間だけで、世界の支配権を争い合っているんだろうよ」

「ふうん、奥ゆかしい種族ねえ。つまり魔族はエルフにその気が無いようなので、自分たちこそが世界の覇権を握ろうと、人間の勢力圏に攻め込んできたってわけね」


「──いや、別に魔族は、攻めてきたりはしていないよ?」


 俺があっさりと言い放った暴露の一言に、目をまん丸に見開く、奴隷ちゃん。

「はあ、何それ? じゃあ何であなたたちは勇者パーティなんかを組んで、魔王討伐に向かっているのよ⁉」

「それこそが『エルフの女神様』が、俺たち勇者やその仲間に与えた、『クエスト』だからだよ」

「ふうん、絶対に魔族に勝てるチートを与えられた上でのクエストなんて、楽勝じゃん。いいなあ、私も属性を勇者にすればよかった」

「ばあか、何が楽勝なものか。確かに魔族そのものは何の脅威にもなっていないけど、とにかく勇者パーティの数が多くて、今や『どの勇者パーティが、一番最初に魔王城にたどり着いて、魔王を討ち取れるか』が勝負になっていて、俺たちもこんなところでグズグズしてられないんだよ! そういうことで、おまえらも変な色気は起こさず、奴隷は奴隷らしくロールプレイをしていな!」

「あっ、ちょっと、何よ、話の途中で駆け出したりして! ──いいもん、あんたみたいなつき合いの悪いやつじゃなくて、他のパーティを当たるから!」


 少女の怒声が聞こえてきたものの、もちろん無視。


 何せ我ら勇者パーティの旅も、すでに終わりにさしかかっているのだから。


 ──そう。最終決戦場である魔王城は、すぐ目と鼻の先に迫っていたのである。

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