第15話(+4)ソーン家の家族会議


 ソーン侯爵家、執務室に隣接している会見室に エミーリアを除く家族が揃っている。

 彼女が除外されているのは、当人に関する事を話し合うのに まさか本人を呼ぶ訳にはいかないからだ。


 「さて、どこから話せば良いのでしょうか。彼女に関しては 知っておくべき項目が在り過ぎて困るのですが」

 現侯爵が開口一番、いきなり弱気な発言をした。予想外の事が多過ぎて 彼自体、混乱しているのだ。


 「ふむ、先ずは学生の本文である勉学について聞きたいのう」

 前侯爵が、迷わず上げた項目である。

 まぁ、当然こうなる事は予想していた。しかし最初から面倒な事になりそうだと思った侯爵だが、後回しにしても同じなので要求に従う事にした。


 侍従に告げて、大きな書類ケースを持って来させ、それを示して回答とした。

 「これが、エミ―リアが1年半足らずで得た 学校の評価です」


 他の参加者はその量に驚いているが、禿頭の前侯爵は 早速とばかりに その内容を確認しようと手を伸ばした。

 「あ、お待ちを」

 「なんじゃ、何か問題でもあるのか」


 「いえ、見るには順番が御座いますので」

 「順番とは」

 「どうせ見るなら、その方が楽しいのではないかと思いまして。私自身 本当に驚きましたから」

 「ほう。では順に見せて貰おうか」


 侯爵は、先ず 例の、リンデが持って来た 初等部から中等部最高学年までの『試験成績票』、10枚と見せた。


 「えっ。ちょっと見せて。兄上、これって」

 それに気付いたのは、やはり学生に一番近い年齢のスミラであった。それを手に取って兄にも示す。

 タルクは、それを1枚づつ見ていき 驚きの声を上げた。

 「……何だと。この成績は何だ、信じられん」


 悪戯気な笑顔を浮かべ 侯爵が注釈を付ける、それは更なる驚きの前哨戦だった。

 「その成績、全く本人に知らせずに行った、本物のによるものなんだ。

 つまり本人は試験を受けたとは知らない。当然だが特別な試験勉強などしていない」

 「何と」

 ソレが回って来て その内容に驚愕したのは前侯爵夫妻である。


 「驚くのは まだ早い。これを見ると良い。特に備考欄をな」

 「備考欄? 何の事ですか」

 受け取ったスミラには何の事だか意味不明だった。


 「そう……そこだ。エミーリアは、一般科を勉強していたし、その成績票は見ての通りなんだが」

 父親に指摘された箇所を見たスミラは顔色を変えた。

 「……」

 「どうした。何て書いてあるんだ」

 サッとそれを兄に渡した彼女は、父親に詰め寄った。

 「何で一般科の彼女が、『魔法科の授業単位・取得修了』などになっているのですか」

 「なに!」「何ですって」「ほほぅ」


 それを受け取っていたタルクは、備考欄を確認した。確かに妹が言った事が記載されている。

 それを祖母が受け取った。

 「あらまぁ」

 妻の手元を覗き込んだ前侯爵も、目を見開いた。


 「何でも、本人は時間が余ったので覗いた。程度の積りだったようですが、何でも 魔法科担当の教師達の方から、学校側に それを記載するよう訴え出たそうです」

 「……時間潰しって、一般科の授業を受けていたら そんな時間は無い筈ですが」

 スミラな戸惑っている、当然だ。普通に授業に出ていたら こんな事、出来る訳がない。


 「いや、エミーリアは幼年部にいたのでね」

 それこそ爆弾発言であった。

 「えっ」

 全員の合唱である。


 「これが、初等部は就学不要の証、こっちが中等部卒業試験の結果だ。それ等はは 本来は貰えないのだが、点数がアレなので特別に許されている」

 「……特別って」


 「点数を見ると分かるだろうが。彼女は 今迄受けた試験、全てで満点を取っている。つまり評価出来ないので特別なんだよ。

 あ、これが高等部の入学試験のモノだ。同じ理由で貰えた。

 高等部では編入試験を受ける事になるだろうね、さて何学年に入るのやら 興味深いが恐ろしくもある」


 「編入って、高等部でですか」

 タルクは中等部では1度飛び級をしている、しかし高等部では 飛び級どころか2年間余分に掛かっているのだ。

 それを最初から途中編入するとは、とても信じられない。

 スミラもそうだ。彼女も中等部では飛び級出来たが、高等部では不可能だった。


 「だから、高等部の入学試験で満点を取ったので、編入試験を受ける資格を得たんだ。それ以外では考えられないだろう。

 まぁ、それは良いとして」


 他の者に取っては ちっとも納得していないし、良くないのだが侯爵には、こんあ事は序の口である。

 机の上に封書の束を重ねている彼を、他の者は呆然として眺めている。まぁ、それしか出来ないのだが。


 「そうだった。言い忘れていたが エミーリアが礼儀作法を習ったのは、引き取ってから6箇月間だけで 約3箇月で実質完了していた。

 あの子は、物覚えが本当に良いからね」

 「何ですって」

 前侯爵夫人と現侯爵夫人の合唱である。


 「……たった3箇月なんて、信じられない」

 呟いたのはスミラである。エミーリアの所作は、社交界に 既にデビュしている彼女から見ても、非の打ち所がないようだったからである。

 「もっとも彼女自身は、社交より他のものに興味があったようだがな」

 「他のもの……。何に興味を持ったっていうの」

 奥方である。彼女は社交が如何に大切かを知っている。それを否定されたと思ったようだ。


 侯爵は溜息を吐いて、妻に当然の事を説明した。

 「エミーリアは まだ9歳だぞ。学生の本文は学ぶ事にある。そちらに集中するのは当然だと思うが」

 「あ、あぁ。そうでしたわね、まだ9歳……、でしたわね」

 夫人は ゆっくり周りを見回した。皆 その事を忘れていたようだ。


 その時、封書の1つを開き見ていた前侯爵が 驚きの声を上げた。

 「これは何だ」

 「あぁ、それも時間潰しのに受けたらしいですね。中等部で卒業して困らないようにとの学校の配慮で設けられた『専門職・初級修業教室』におけるエミーリアの評価です」


 「……しかし、この評価は」

 全員が他の封書を手にし、中身を確認する。

 「何とまぁ」「凄いな」「何なの あの子」


 「エミーリアは貴族として十分な教養を身に付けている。まだ高等部には通っていないが、それを見ただけで その内実が分かると思う。

 どうですか。何か異論は あるでしょうか」

 「本物の貴族だと言うておったのは これに依るのか」


 「まぁ、それもありますが。彼女の専任侍女に会いましたか」

 「いや、まだ会ってはおらぬが」

 「近侍侍女のリンデは、元子爵令嬢です。彼女は個有爵位子爵。高等部への受験が認可されている程の秀才です。

 その彼女が、エミーリアを一目見て『専任』を受諾しました」


 「一目で……」

 「そうだ。私は それを見て養女にする事を決意した」


 「そんなに優秀な侍女なんだ」

 スミラは まだリンデに会っていいない。評価のしようがないのだ。

 「そうだな。だが、彼女が選んだ 他の専任侍女3人が誰かを知れば驚くぞ」

 他の3人。専任侍女が4人だとは聞いている。しかし それが何者かは巧妙に伏せられていたのだ。

 「誰なの」

 痺れを切らしたのは現侯爵夫人である。


 「レニン、ロミリ それとルビイだ」

 「何だって」「何ですって」

 彼等は皆、その3人を知っている。非常に有能な侍女である事、専門家も舌を巻くほどの特殊技能を持っている事、そして非常に個性が強く御する事が困難である事などだ。


 「そのリンデが、あの3人を説得したって言うの。『専任侍女』になるようにって」

 「あぁ、少し違うな。確かに紹介したのはリンデだが、決めたのは彼女達だ。本人に直接会って決めた、と聞いている。

 その上で リンデが筆頭侍女になっているとう事実があるんだ」


 侯爵を除く家族は、全員 脱力して椅子に座り込んだ。


 彼等とて あの3人を説得した事があるのだ。

 だがキッパリ断られた。彼女達には権力や権威は全く意味を持たないようで、強制しようとすれば、現在の 侍女の職をさえ簡単に投げ捨ててしまうだろう。

 そして、ソーン家に仕えている理由を問うと「そうですね、感性が合うからでしょうか」と答えであった。

 確かに これは致し方ない理由ではある。だが、それを人物に特定した場合、十全に、満足させるに足る者が、実際にどれ程の数 存在するだろうか。


 その彼女等がエミーリア選んだのだ。

 ソーン家の人々にとっては、色々な資料よりも その事実の方が重い意味を持っているのであった。


 「あの子の持っている『棒』、そして『技』は彼女等に教わったんだろうな。

 それにしても エミーリア、とんでもねえ少女ちびだ」

 タルクの呟きは、何となく燻っていた、彼の納得出来なかった部分の回答であったようで、無意識に笑みを浮かべていた。


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エミーリア・ソーンと、その侍女達 芦苫うたり @Yutarey

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