第14話(+3)エミーリアの訓練


 「あれ?」

 首を傾げているのはエミーリアである。

 その部屋には既視感があった。

 思い当たるのは、こちらの方が かなり広いが、大使館にある部屋と何だか似ているような気がする。

 日当たりの具合までも同じように感じる。


 「どう、なるべく似せたのだけれど」

 やはり そうだったようだ。明るい笑顔で礼を述べる。

 「はい、ありがとうございます。

 慣れた場所に似ていると、とっても落ち着きますね。ス、スミラ……姉さま」


 スミラーレ、家族や親しい者は『スミラ』と略して呼ぶ。本人も その方が嬉しそうだ。


 「俺はタルクだ。学校でちょっとした失敗ヘマをしてね、それ以来 こう呼ばれたいる」

 「タルク兄さま。何をなさったのですか」

 当然の疑問なのだが、問われた方は気まずいようで、言葉を濁す。

 「いや、その……」


 「あっと、それは聞かないであげてね、可哀想だから。

 そう そう、両隣は貴女の専任侍女達が使うと良いわ。どちらも12人部屋だから十分な広さがあるわ」


 本来護衛が泊まる部屋である。非常時には24人の戦士が待機可能な場所だ。

 これの設置は貴族の常識となっていて、少なくとも建物の構造は、そうでないと面倒な事になる。

 確かに4人で使うには十分な広さだろう。


 「ところで、エミーリア。君は北公国ノースデンの侯爵子息と決闘して、勝ったと聞いているが」

 あまり面白くない話題であるが、胡麻化す訳にはいかない。


 「単なる模擬戦でしたし、恥ずかしながら、力不足で 完全な勝利と迄はいきませんでした」

 「3人相手だったと聞いたが」

 「4人だったら、逃げ回っていたと思います」


 「俺と一戦してくれ……」

 「兄さん! 女の子に不躾ですよ」


 どうも タルクとは、認識に大きなズレがあるように感じたエミーリアは、ちゃんと説明する事にした。

 「私の習っているのは護身術なので、一般的な戦闘には向いていません、しかも『棒』しか使えませんよ」


 「構わないさ。じゃ、早速」

 「ダメです。何を考えているのですか、相手は10歳以上も年下の、それも女の子に対して。非常識です」


 兄と姉が言い争う場など見たくないので、エミーリアは折衷案を提示する事にした。

 「じゃ、模擬戦じゃなくて『受け手』をしてくださいませんか。毎日の訓練なのですが、今日はロミリが忙しそうなので」

 「良いよ、受けるだけなんだね。

 これなら問題ないだろう。……スミラお姉さま」


 「ま……まぁ、それなら」

 実は スミラも武術に対しては全くの素人という訳ではない。

 興味は 十分あるのだ。

 武術を習っていたという 年上の男子3人を、完膚無きまで叩きのめしたという、その技を見たく無い訳がない。


 ■■■


 タルクは驚いた。

 練習着に着替え、柔軟体操を終えて姿を表したエミーリアは、さっきまで話しをしていた 小さな女の子とは思えない雰囲気を醸し出している。

 どこからか持って来たのか、確かに『棒』ではあるが、通常の、武術訓練用に使われている物とは明らかに違っている。


 「その棒は……」

 何だろうか、妙な違和感を感じるタルクである。

 「あっ、これは さっきの『決闘事件』の後、侍女のレニンが造ってくれた、『軽くて強靭な棒』です。

 通常は これを使うように言われているのですが、ダメですか」


 「イヤ、構わない」

 当然だが、こう答えるより他に選択肢など無い。

 「では、型取りを行います。

 えっと、最初は上段で 少し前に出してください」


 「こんな感じかい」

 「もう少し前に……。あっ、その辺りです。

 次は正眼、いえ 中断に構えて下さい。……はい。

 次に下段ですが、少し斜め前くらいで。……はい、その辺りです」


 「これが受ける構えなのかい」

 「はい。上段、中段、下段の順に動かして見てください」


 「……っむ、……っむ、……っむ。速さは、こんな感じかな」

 「そうですね。それを なるべく同じペースで続けてください。

 それを 私が、1動作に付き2打づつしますので宜しくお願いします」

 「分かった」


 「では、1周目、1セット」

 タルクは当初『1周目』と『1セット』どちらの意味も分からなかった。

 それでも奇麗な打ち筋である事は分かる。受けると、見た目より 重い打撃である事事に驚いた。あくまで見た目よりは、程度だが。

 「ほう、中々……」


 型としては、先ず上段に構えた木剣を、棒で左側を打ち、反動を使って半回転させて反対側から打つ。

 ――これは軽いな。

 中段に剣を移動させると、エミーリアは立ち位置を遠ざけ、上段と同じように2打する。

 ――これも そう重くない。

 下段に移動すると また立ち位置を変え、同じように2打。

 ――これが本命か、他の2打よりは鋭く重いようだな。


 「この往復で1セットです。だから下段は4打になりますので注意してください。これを10回繰り返して1周になります」

 半セット終え、エミーリアが解説する。

 「どうですか。受けた感じは」

 「あぁ、中々面白い」


 「2セット目から行きますね」

 速度も軌道も全く同じ、測ったかのように正確な打撃である。当然ながら威力も同じで、全体に軽い。

 10セット終わった。特に疲労は無い。


 「では2周目、行きます」

 スピードが少し上がった。しかし剣に当っている場所は同じ。ただ 打ち手の速度が上がった事で その打撃力が増している程度だ。

 全体としては1周目と大差なく、全体に軽い。本命の下段。

 ――ほう、さっきより鋭い。


 「3周目、行きます」

 更にスピードは上がっている、それでも当たる位置は変わらない。 一気に打撃力が上がったように感じる。うっかりすると剣を落としそうになる。

 これは重いのではない。速さが力に変換されているのだ。


 エミーリアの動きが素早くなった事で 6周目の6セット、下段3発目の打撃を受けた時、木剣が折れた。


 「あっ」

 少女が 中途半端な姿勢で体を捻り、棒が受け手に当らないよう外すと、ソレが地面を打って土埃つちぼこりが舞った。


 「大丈夫ですか」

 「あぁ、大丈夫だ。ところで これは何周あるんだい」


 「全部で10周ですが」

 当然のように答えている。

 いや間違いなく、エミーリアには普通の事なのだろうが、タルクには そうではない。


 「ご免、これ以上は受け切れない。悪いが 見学に回らせてくれ」

 「はぁ、構いませんが」


 「どうしたの。ただ型を追ってるだけじゃないの」

 「分からないか。あれは凄いぞ。多分だが、1周目だけで相手を沈めるだけの威力を持っている」

 「1周目だけって?」


 その通りである。体をほぐ準備運動ストレッチをするようになって、エミーリアには 少しづつだが筋力が付いて来ている。

 まぁ それでも、同年齢で一般的な者の筋力と比べれば かなり少ないのだが、彼女の習う『棒術』には十分なモノである。

 そして1種の魔法具でもある『棒』。レニンは錬成・錬金の技術を使い、エミーリアの動きに比例して可撓力が向上するように調整してある、軽く強靭だが硬くないモノとして造った。

 彼女の場合 相手の動きを止めるのが目的なので、その間に逃げる時間さえ稼げれば良い。

 戦闘とは違う、護身術とは そういう意味なのだ。


 エミーリアは7周目に入っているようだ。


 「なるほどな、分かって来た あの速さと動きで、戦闘向きではないとは そういう意味だったのか」

 戦士ではないが訓練を受けて それなりの経験を積んでいるタルクから見れば、彼女の動きが奇妙に見える。だが、それが『護身術』であれば、納得も出来るのだ。


 「どうしたの。何だか納得してるようだけど」

 スミラが腰に手を充て、不機嫌そうに追加説明を要求している。


 「エミーリアの打撃力そのものは、とても軽い。何の防御も必要ないくらうに」

 「えっ、でも」


 「もう少し聞け。

 打撃力は無いのだが それを補って余りあるのが、彼女の素早い動きと あの棒だ。それ等が合わさって全体的な衝撃力だけが増しているようだな」

 「何で そんなに面倒な」


 「8周目」


 「エミーリアを抱いてみな、多分予想以上に軽いだろうよ」

 「あっ、そうか運動速度」

 「そう、軽さを補うには速さしか無い。と考えたんだろうね、棒術を教えている者は」


 「違うの?」

 「あの棒だよ。よく見ろ、しなってるだろう。あれが力になってるんだ。

 棒を造ったのは かなりの腕を持つ錬金術師だろう。棒術の師範とは別人のね」


 「別人だって 何で分かるの」

 「彼女の棒術は『護身術』なんだよ。あれじゃ、積極的な攻撃は出来ない」

 「十分な攻撃力だと思うけど」

 「そう、それも1対多数を想定してる。だけど彼女の戦い方じゃ勝てない」


 「9周目」


 「何でそんな事を」

 「さっき彼女が言ってたじゃないか『4人だったら逃げ回ってた』って、つまり自分が弱い事を知っている。

 棒を造った者は『棒』でエミーリアの非力をカバーして、逃げるための時間を確保しようとした。

 棒術を教えている者は、棒術で身体の動作速度を上げて それをしたんだろうね。だけど、彼女が勝手に応用力を発揮したんだと思う」


 「10周目」


 「応用力って、何をしたの」

 「簡単だよ、単なる加法。足し算だ」

 「棒を素早く動かした?」


 「そう、あの撓りは偶然だろうね。想定以上の破壊力を生んでいる。もし俺が あの棒と素早さを持っていたら」

 「持っていたら どうなのよ」

 「勇者ヒーロに成れたかも知れないな」


 「はい。今日の訓練、終了」


 スミラは訓練が終わって、いつの間にか棒をどこかに仕舞ったのか手持っていないエミーリアに近付き、ヒョイと抱き上げた。


 「えっ」

 全く意味の分からない行動に驚いた顔をした少女を高く持ち上げて、スミラは兄の言っていた見解に同意を示した。


 「本当だわ、すごく軽い」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る