第28話 下剋上、運命の奇襲作戦Ⅲ


 いつになく穏やかな快晴の空。暖かな日の光が、秋の肌寒さを和らげる。そんな秋晴れの屋上に佇む男が一人。

 いつものように、真っ黒のローブを身に纏い手帳片手にペンを持つ男子生徒。片手に持ったボールペンをくるくると回し、手元で捕まえては再び弾くのを繰り返す。


 「……不殺の呪砲使い、パララマリスか。随分な大物テロリストじゃねぇか。相当おてんばな妹を持っちまったなぁ暮の氏」


 彼は手元の手帳をパタンと閉じて独り言を漏らす。


 「良くも悪くも台風の目になるかもなぁ。こいつはもしかすると……」


 波乱の幕開けを予感させる秋風が、人知れず西砲に吹いていた。




 とうとう襲撃作戦当日。僕らアンノウンは全員、放課後に所定の位置につく。廊下で待ち伏せして皇先輩を獲(と)る。飛鳥先輩の話が本当なら、相手は未来視能力者。だが、僕らだって完璧に爪を研いできた。

 勝負は、先輩の未来視が勝つか。それとも僕の読みが勝つかだ。紫銅との闘いを捨てたって事は、未来視能力者でも必ず勝てる訳じゃないという事だ。ならばアンノウンにだって、勝ち目はある。

 所定のポジションに着いてから数分後、皇先輩、いや皇刻成が姿を見せる。

 見たところ周りには誰も居ない。話には聞いて居たが、どうやら本当にソロらしい。飛鳥先輩と言い紫銅と言い、本当に自分に自信がある奴ってのは一人が好きだな。この学園においては、他人に裏切られない為の策とも言えるが、よくもまぁ単独でこんな環境を生き抜いていけるものだ。その自信を裏付けるだけの力は、全く持って羨ましい事この上ない。

 こちら側に少しずつ向かって歩いてくる皇が、急に廊下の途中で足を止める。


 「やぁ一角君。ちょうど君と話をしたい思って居たんだ」


 壁越しに見えないはずの僕に話しかける皇刻成。しかしこれくらい驚くほどの事じゃない。未来が本当に見えるなら、僕らの奇襲も予期しているのは必然だ。


 「一体、何の話をするんですか? 話の内容によっては聞きますよ」


 他の三人は姿を隠したまま、僕だけが敵の目の前に姿を現す。奇襲になっていない以上、隠れて居るメリットは少ない。ならばいっそ、常に視界内に敵を捕えておく方が良い。


 「いや、大した話じゃないんだけどね。どうしてボクを狙うんだい?」


 「それを教えたら、素直に言う事を聞いてくれるんですか?」


 もしも戦わずして、皇が下りてくれるというのならそれ以上の事は無い。いかに策を張り巡らせたと言っても、勝負に絶対はない。敵が強いならそれは猶更だ。


 「んー、そうだね。それは無理かもしれないけど。ボクと戦うのはやめるべきだ」


 「命乞いですか?」


 「いや、警告さ。此処で君を落としてしまうのは惜しいからね」


 「やっぱり学内ランク一位の指揮官(コマンダー)ともなると自信満々ですね」


 僕は皮肉交じりに言う。わかってはいた事だが、戦わずに済む道は無いらしい。


 「止せよ。そんなランキング、所詮は単位数でしかないさ。でもこの勝負はそんな指標に基づかなくても、君は負ける」


 両手をポケットに入れたまま自信満々に言い放つ皇を見て、僕はなんだか異様に腹が立った。実際、そう言い切るだけの実績も実力も伴っている。でも、それとは裏腹に、この人にだけは同じ戦型(タイプ)として負けたくないという気持ちが込み上げてきた。


 「なんでそう言い切れるんですか?」


 「結果を知ってるからだよ。戦いは論理(ロジック)だ。どの手順で敵を攻めるのか、どうすれば敵を詰めるのか。ボクの言って居る事、わかるよね?」


 「……気が合いますね。それで?」


 考え方としては確かに僕も同じだ。でも、僕の場合は正面から戦っても勝てないからという理由もあるが。


 「この世にはね、考えて解ける問題と知って居れば解ける問題の二種類が存在するんだよ。確かに、前者の問題を解ける人は凄いかもしれないね。でも」


 「でも?」


 「答えを知って居れば両方とも解けるのさ。逆に君のような人は、答えを知らないと解けない問題は幾ら考えても出来ない。それが僕と君の差だ」


 言いたいことは分かるが、随分と好き勝手言ってくれる。でも、こっちにだって言い分はある。わかったような事を言って、僕の理論を否定させたりしない。


 「まさかあんたは、今存在する定理だけが全てだと思って居るんですか?」


 「んー?」


 「論理主義(ロジカリスト)なら、不可能と言われた事を覆してみたくなるものでしょう? 計算式を暗記しているだけのあんたが如何に間違っているか。これからじっくり証明してやるよ」


 「へぇー、面白いね……。良いだろうボクも試してみたくなったよ」


 皇刻成の瞳に生気が宿り、彼の顔つきが目に見えて変わる。傍目から見ても、彼が本気になったという事が伝わってきた。


 「四十七手で、詰ませてやる!」


 僕は密かに合図を出して作戦を開始する。

 魔砲を構え、敵に向けて空砲を鳴らす。すると、それと同時に皇は上体を逸らした。直後、空砲の音に紛れて向かいの校舎から放たれた靜華の銃弾が、窓を抜けて皇の元へ。しかし、皇は上体を逸らしていたため銃弾は当たらない。空砲で意識を逸らして静華の無音発砲での奇襲だったが、やはりそう簡単にはいかない。


 「ちっ、やっぱり見えてんのか。次だ、立て直すぞ」


 「「「了解!」」」


 無線越しにみんなに呼びかける。まだまだ勝負はこっからだ。僕も、皇が態勢を崩している間に移動する。あれだけ焚きつけて、あっちもやる気になったんだ。多少距離を取ったくらいで、そのまま逃げられるという事は無いだろう。とはいえ仮に逃げられたとしても、またこちらから仕掛けるだけだ。


 廊下から階段を下り、一つ下の階に敵を誘導する。そして、僕は校舎の端、廊下の行き止まりまで全力で走った。

 突き当りの壁まで着くと、僕はくるっと後ろを振り向く。僕の事を追ってきた皇は、既に目前まで迫って来ている。後方は壁、完全に袋小路、退路はない。しかし、もとよりここで勝負を決めるつもり、何の問題も無い。


 「自分から吹っかけておいて、いきなり逃げるのかい? でも、それもここまでみたいだけどね」


 ジリジリと距離を詰めながら皇が僕に話しかけてくる。


 「さて、逃げられないのはどっちですかね?」


 僕がそう言うと、皇の背後、空き教室の扉が勢いよく開きうさぎが姿を見せる。今僕らが向かい立っている場所の側面、普段あまり使われていないこの教室にうさぎを潜ませていたのだ。


 「挟撃かい?」


 皇は顔色一つ変えずに言う。相変わらず両手はポケットの中に入れ、余裕綽々の様子だ。まぁこの状況すら「見えていた」と言うのならば、それも不思議ではないのか。

 どちらにせよ、こちらとしては理想通りに事が進んでいる。予定通り此処で敵を仕留められなければ、間違いなく僕らの負けだ。

 僕とうさぎは皇を両側から挟んで、じっくりと機を伺う。次に僕らが何をするのか、やはり敵には既にバレているのだろうか。しかし、今更作戦を変える気は無い。


 「うさぎ!」


 僕の合図でうさぎが動き出す。うさぎは、あらかじめ用意しておいた小石を廊下の脇にある消火器に投げつける。すると直後、消火器に仕掛けておいた地雷に誘爆し、皇の周囲に大量の泡が拡散する。

 

 「目眩ましかな? 無駄だけどね」


 宙を舞う大量の泡が皇の周囲を取り囲み、敵の視界を真っ白に染める。仕掛けるならば今しかない。

 僕とうさぎは共に魔砲を抜き、泡の中に狙いを定め引き金を絞る。一瞬、緊張で震える銃身がピタリと止まり、僕は息を止めて指を引いた。

 それに合わせてうさぎも発砲し、皇を挟む形で両側から同時に二発の発砲音が廊下に響く。


 「悪くない。でも、残念ながら見えてるよ」


 泡を貫通した銃弾が僕の横を通過する。弾がこっち側まで飛んで来たって事は、やはり当たっていないのか。察するに、周囲の泡の動きで弾道を読んだのか。

 こんな不利な状況でも、弾が掠りすらもしないんだ。きっとこれまでの学園生活も、さぞかし圧勝してきたんだろう。

 

 「ん? 一発しか来ない……。あぁ、空砲か」


 でも、それも読み筋だ。最初からこの程度で仕留められるとは思って居ない。


 「っ! いや、まだ何か来る! この膨らみ方は銃弾じゃない!」


 皇は視界の悪い中、とっさに飛んできた何かを最低限の動きで回避する。首を曲げて飛来物を躱す皇は、自分の顔前を通過するソレを視界の端にしっかりと捕えていた。


 「……魔砲? あぁ、なるほど」


 僕の手を離れくるくると回転しながら、魔砲はまっすぐにうさぎ目掛けて飛んでくる。うさぎは僕の投げた魔砲を片手でキャッチし、再び照準器に目を合わせようとする。

 未来視が出来るとはいえ、飛んできたものが何かわからなければ回避するしかない。ここまでは予定通りの展開だ。


 「解ってるよ、本命はそっちなんだろ?」


 しかし、泡が晴れ始め姿を現した皇の手には魔砲、うさぎが構えるよりも早く、既にうさぎに銃口を向けていた。つまるところ、ここまで全て相手に読まれていた。

 

 「当然、読まれていると思ってたよ」


 そう、この展開が皇に読み切られている事ぐらい、少し考えれば幾らでも想定できる。だからこそ、見えないところに張っておいたんだ。


 「読まれてるとこまで読み筋なんだよ! コウヘイ、今だ!」


 無線越しに耕平に合図を送る。その直後、ドスンという強い振動が響く。震源は皇のちょうど頭上、廊下の天井だった。その大きな衝撃に反応して、天井に仕掛けておいた榴弾地雷が起動。皇の死角から榴弾の破片が無数に襲い掛かる。

 未だかつて、耕平の体重にこれ程感謝したことは無い。


 「くっ! ……危ない、まさかね。本当に負けるところだったよ」


 一見仕留めたかに思えたものの、間一髪榴弾から逃れた皇は、廊下の床に伏せるように倒れ込む。常人に比べ、ずば抜けて高い状況判断能力がギリギリでの回避を可能にした。

 明らかに完全な不意打ち。タイミングも位置取りも文句なし、仮に他の生徒なら確実に仕留められるはずだった。それでも、皇刻成を仕留めるのにはあと一歩足りない。彼の真に恐ろしいところは、未来視という 能力ではなく、それを完全に生かし切るだけの戦術レベル。それに伴う判断力。

 

 「まさか本当に避けるなんて……、やっぱり、僕の想像通り本当に凄い人だ」


 録画映像を見ている時からずっと思って居た。指揮官(コマンダー)でありながら攻撃手(アサルト)にも劣らない戦闘力。あの飛鳥先輩の猛攻を三分間凌ぎきり、戦況を完全にコントロールする立ち回り。極め付けには、指揮官(コマンダー)でありながら単独、チームを持たずに学内一位。

 まさに天才。一人で何でもこなせる優等生。僕の理想を象ったような人だ。正直なところ憧れはある。


 だから、僕一人だったら負けていただろう。


 「これで詰みですね先輩。この状況じゃ、見えていても躱せませんよ」 


 床に伏せた皇が、顔を上げて立ち上がろうとしたその瞬間、僕は彼の額に銃口を突き付ける。

 

 「お、おや? どうして君が魔砲を持っているんだい?」


 「最初から持って居ましたよ。ずっと僕から目を離さなければ、こうなる前に気付けていたかもしれませんけどね」


 「ボクが君から目を離した……、なるほど。そういう事か」


 皇はゆっくりと体を起こし、星座のような体勢で両手を上げる。僕は皇の額に銃口を突き付けたまま、人差し指を引き金に掛けていた。


 「途中で君が投げた魔砲、あれはブラフだったんだね?」


 皇が僕に語り掛けてくる。引き金はいつでも引ける。でも今更勝手ながら、僕は皇、いや皇先輩と少し話してみたかった。

 

 「はい。あれは上の階に居る僕の仲間の魔砲です。だから弾はもう入っていない」


 「でも、ボクはそれに反応してしまった。彼女がボクに魔砲を向けるのは見えていたからね。まんまと視線を誘導されたわけだ」


 僕は皇先輩の言う通り、耕平の弾切れの魔砲を使って先輩の視線をうさぎに誘導した。

 最初に消火器で煙幕を張ったのは、皇先輩の視界を奪うため。どこまで先の未来を見れるかはわからなくとも、先輩の未来視が主観的な視点なのは、戦い方から推測できた。だからこそ、常に先輩の見えない所から攻撃を仕掛け続けた。

 そして煙幕が晴れた時、視野を回復した先輩の前に魔砲を構えたうさぎの姿。当然、予期している先輩なら警戒せずには居られない。


 でも、もうこの時点で僕は、完全に先輩の視界には居ない。


 煙幕も、魔砲を投げてパスしたのも、所詮は陽動。僕が皇先輩の視界、未来視から外れる為のものでしかない。

 だからこそ先輩は僕が魔砲を隠し持っている事に気付けない。トドメのその瞬間まで見ることは出来ないからだ。あとは死角から榴弾で体勢を崩し、躱せない状態でチェックメイト。


 「ねぇ、聞いてもいいかな?」


 「何ですか?」


 先輩が僕に問う。


 「ボクには戦う前に勝てるビジョンがあった。でも結果はこの通り、ボクの負けだ。どうしてかな?」


 先輩はじっと僕の目を覗き込んでくる。これだけなんでも持って居て、何でも知って居るような人が僕の答えを待っている。きっと、これから僕が何を言うのかも、この人だけは分かっているのかもしれない。

 それでも僕は声に出して言う。


 「一手先を読むのは凡人。百手先を読もうとするのは愚か者のする事です。どんな時でも最後に勝つのは、二手先を読み続けた方だ」


 僕の答えを聞いて、先輩は軽く鼻で笑う。


 「なるほど。ボクは最初に勝ったと思い込んで、思考を停止していたんだね……。ねぇ、君ならわからないかな?」


 「何がですか?」


 「君もボクと同じで、随分と未来が見える。だから思わないかい? つまらないなって。大抵の事が予測通りに動くこの世界がさ」

 

 さっきまでとは裏腹に真剣な眼差しで先輩が僕を見る。

 確かにこの戦闘において、僕は先輩よりも正しい未来を見ていたかもしれない。皇先輩は間違いなく、これまでアンノウンが戦ってきたどの生徒よりも強かった。それでも僕らが先輩に勝てたのは、なぜか皇先輩の思考だけは手に取るようにわかったからだ。もしかしたら僕と皇先輩は、思ったより似た者同士なのかもしれない。

 でもこんな問いの答えは決まっている。考えるまでも無く僕がいつも思って居る事だ。


 「思いませんよ、つまらないなんて」


 「……本当に?」


 「本当に思った事ないんです。だって僕は何でも予測出来るほど、エリートじゃなかったから」


 僕の答えに先輩は少しだけ驚いたような表情をした。先輩は僕の答えを予め知っているのかとも思って居たが、もしかしたら今の答えは、先輩の見ていた未来とは違ったのかもしれない。とは言っても、実際の真偽は先輩にしかわからないが。


 「……そうか。君の言う通り、思ったよりこの世界も面白いのかもしれないね」


 皇先輩はそう言うと、今日一番の晴れやかな笑みを浮かべた。 


 「先輩……違う形で、会いたかったですね……」


 「そうだね……」


 パァン。僕は魔砲の引き金を引く。皇先輩は額に魔砲が着弾し、ノックバックの衝撃で意識を失いそのまま倒れ込む。

 学園内で制服を着て居れば、衝撃はあるものの傷を負うことは無い。さらに言うなら、仮に体に銃弾が当たったとしても、この学園では威力を調整している為、絶対に死ぬ事は無い。

 こうして僕らは、何とか対抗戦の選抜枠を一つ奪い取った。本線まではあと一週間。ここまでしたんだ、絶対に負けるわけには行かない。

  

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