第29話 日常編 倉島うさぎの冷戦Ⅲ


 「んで。何の様だ倉の氏?」


 これは、とある日の事。倉島うさぎは一人。情報屋の元を訪れていた。


 「はい。今日は知りたい事があって来ました」


 「ほう? 今日は暮の氏が居ねぇんだなぁ」


 学園内で最も情報通な男。飛鳥虎太郎は、いつものように胸ポケットから手帳を取り出す。


 「んで? 何が知りたいんだぁ?」


 「もうすぐ、暮人の誕生日なんですが、何をあげたら喜ぶでしょうか?」


 うさぎがそう言うと、飛鳥虎太郎は意表を突かれたように驚きの表情を浮かべる。それもそうだ。基本的に飛鳥虎太郎に情報提供を頼みに来るような奴は、決まって他の生徒の弱点やら行動パターンやらを聞きに来る者ばかり。

 要するに、飛鳥虎太郎にとってこの手の質問は、言ってみれば初めての代物。もはや情報提供ではなくただの相談だった。


 「おいおい……、そんな事聞きに来たのかぁ?」


 「そんな事、とは何ですか!」


 それでも飛鳥虎太郎には、情報屋としてのプライドがある。聞かれたからにはこたえなければならない。

 彼はやれやれといった様子で手帳を捲り、一角暮人の情報が書いてあるページを開く。彼の手帳には、ほぼ全校生徒の詳細な情報が詰まっている。それは新しく入った一年生でも例外ではない。


 「そうだなぁ。暮の氏は倹約家な男だ。オイラの調べじゃ、実用性の無い物は買わないし、必要最低限の物だけあれば良いって感じだなぁ」


 「そうなんです。暮人ってば、何が欲しいとか全然言わないんです!」


 「オイラもなぁ、贈り物なんざしねぇから難しいところではあるな。でもまぁ、気持ちが篭ってればなんでも良いって話はよく聞くよなぁ」


 そう、飛鳥虎太郎、この男もまた物欲という欲がほとんど無いような人間。まして、他人が何を貰えば喜ぶか、など考えた事も無い。


 「あら、具体的は何も思いつかないんですか? 思ったよりも役に立ちませんね」


 何気なくうさぎが言う。彼女には悪気はない。そもそも、飛鳥虎太郎ならば答えを出してくれるかもしれないという期待の元に彼女は此処に居る。したがって、飛鳥虎太郎の言う事を信頼していないという事ではない。ただうさぎは、自分の求めているような画一的な答えが返ってこなかった事に対して、素直に思ったことを口にしてしまったに過ぎない。

 しかしその一言が、飛鳥虎太郎の情報屋としてのプライドに火をつける。


 「おいおい……、確かにオイラはその手の事に疎いがなぁ、生徒の事ならなんでも知ってんだぜぇ? 勿論、暮の氏の事もなぁ。本人を除けば、この学園でオイラが一番アイツの事を知っている」


 飛鳥虎太郎は手帳に記された文字を目で追いながら、うさぎの言葉に返事をする。その声には、なんとなく苛立ちのような感情が混じっていた。彼にとって、彼女の言葉はそれほどに感に障っていたのだろう。

 だが、それは飛鳥虎太郎だけには止まらなかった。


 「ちょっと待ってください。こと暮人に関しては、いつも一緒に居る方が詳しいに決まっています。私を差し置いて一番とは聞き捨てなりませんね」


 「はぁ? お前が聞きに来たんじゃねーかよぉ。何を……」


 「あなたが意味の解らない事を言うからです。私より暮人に詳しい生徒など居るはずが無いでしょう」


 「ほう、お前がオイラよりも詳しいってかぁ?」


 「当たり前です」


 うさぎの言葉の一つ一つが、飛鳥虎太郎の感情を逆なでする。それも不思議ではない。そもそも、彼にここまで言うような奴はこの学園の中には居ない。それは、言わずもがな彼がこの学園の事を知り尽喧嘩を売られる事など夢にも思ったことは無い。

 だが、ここで黙ってしまえば情報屋の名が廃る。飛鳥虎太郎は自分こそが最も情報通であると、目の前の小娘に教え込まなければいけない、とそう考えた。


 「良いぜぇ。なら、どっちの方が暮の氏の事を知って居るか、勝負しようじゃねぇか」


 「ふんっ、良いでしょう。私が負ける訳ありません!」


 こうして本人の居ないままに、校舎の一画、人気(ひとけ)の無いピロティで『一角暮人王決定戦』が開幕する。


 「まずはオイラが先行を貰う!」くしているからだ。

 当然、自分の情報を役立たず呼ばわりされたのは初めての事。まして、「自分の方が分かっている」などと


 「良いでしょう!」


 飛鳥虎太郎はそう言うと、再び手帳に視線を落とし問題になりそうなものを探す。


 「なら、最初は簡単なところからいくぜぇ。暮の氏の好物は?」


 「ふん、そんなもの! 暮人のお弁当を作っている私には簡単です。から揚げです!」


 「なら次だ、趣味は?」


 「盤上遊戯(ボードゲーム)」


 「くっ、じゃあ好きな言葉は?」


 「居玉は避けよ。です」


 次々と繰り出される飛鳥からの質問に、うさぎは淡々と答えていく。そして、数問答えると攻守交替。今度はうさぎが質問し、飛鳥が答える。

 お互いに、一角暮人にまつわる問題を無数に生成し続け、相手はそれに答え続ける。本人が居ないのにも関わらず答え合わせが成り立つのは、二人の情報量がほぼ拮抗してるからである。

 逆に言うなら、お互いにカマをかけるつもりで知らない事を出題しても、相手が答えてくることすらあった。


 「や、やるじゃねぇか……倉の氏……」


 「はぁ……はぁ……、あなたこそ」


 満身創痍の二人。思いのほか長期戦になり、お互いに未だ倒れぬ相手を賞賛する。しかし、まだ勝負はついていない。

 お互いが自分の矜持故にこの勝負、負けるわけにはいかない。正直なところ負けたところで何があるというわけではないこの戦い。それでも何故か二人は一歩も引かない。

 一体、何が二人をそこまでさせるのかは、本人たちにしかわからない。


 「まだ、終わって居ませんよ」


 「言われなくてもわかってんだよぉ。なら次だ……、暮の氏の座右の銘は?」


 「半目(はんもく)だって勝ちは勝ち」


 「なら、暮の氏が如何わしいデータを保存しているファイル名は?」


 「お夜食」


 もはや本人のプライバシーなど、一ミリも介在する余地は無い。

 二人はそれからもお互いの出す問題に答え続ける。本人がもしこの場に居れば、「なんでそんなことまで」というようなことまでもが、さも常識かのように二人の間を飛び交っていた。

 そして戦いの中で、当初お互いが知り得なかった情報までもが飛び交い、相手と高め合う事によりお互いのデータベースはさらに精度を上げていく。


 「はぁ、はぁ、そろそろトドメを刺してあげましょう」


 「ほぉ? 良いぜぇ。かかって来なぁ」


 痺れを切らしたうさぎは決着を着けるべく、最後の大技を繰り出そうとする。この攻撃で、とうとうこの長い戦いに終止符が打たれるのか。

 不意に横から吹き付けた風が、二人の死闘に終わりを予感させる。


 「では、暮人の……スマホの暗証番号は?」


 一瞬、辺りが静寂に包まれる。二人はお互いにジッと見つめ合い、ピクリとも動かない。


 「答えは……」


 飛鳥虎太郎が、うさぎの問題に答えようと沈黙を破る。


 「「0010(王手)!」」


 飛鳥の回答に被せ、うさぎも同時に正解を明かす。そして、二人は笑みを浮かべた。


 「やりますね」


 「お前もなぁ。今回は引き分けって事にしておいてやる」


 「良いでしょう。勝負はお預けです」


 大激戦の末、二人は互いを認め合い、健闘を称えて握手する。

 こうして、本人の知らぬまま、一角暮人王決定戦は引き分けで幕を閉じた。


 「んで、プレゼントの話だったか」


 「はい。と言いたいところですが、もうそれは良いです」


 「ほう、理由は?」


 突然引き下がろうとするうさぎを見て、飛鳥虎太郎は理由を問う。


 「あなたの言う通り暮人なら、気持ちが篭って居れば何でも喜んでくれる気がします」


 「そんなアバウトな答えで良いのか?」


 「あなたの情報なら、信憑性が高いですから」


 うさぎはそういって去って行く。もう気付けば昼休みもほとんど終わっていた。


 「……毎度、またオイラをご贔屓に」


 後ろ姿のうさぎに、飛鳥が決まり文句を言う。しかし、うさぎは何も返さなかった。

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